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娘を置いて異世界へ――飛ばされた夫婦の帰還冒険譚  作者: 相沢春人


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第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第13話 喪失と安寧と

 ――いつか、僕を殺しに来てね


 これが、本当にルートさんがウィンリィに望むことなのだろうか?


『僕の知るルートさんからは、ウィンリィを大切にしたい気持ちしか感じたことがない……』


 それは、敵国の軍人同士というしがらみのない異世界に飛ばされたからだろうか?

 それとも――


『異世界にいる彼も、本心では死にたがっているのだろうか?』


 こればかりは、元の時間に戻って、本人に聞いてみるしかない。


 それに、


『異世界のルートさんは、まだ、あの"手帳"を手放してはいない。あれの詳細は不明だけれど、大切なものだってことは、分かっている――なら!」


 とりあえずは、手放さないか、気をつけて観察することが、僕に出来ることだ!


 決意新たに、母の過去に向き合うと、流れていた風景が止まり、見知った人物が目に入る。


 それは――


「スノーク、待ちなさいよ」


 何やら、怒っている様子の、我が師リアさんと、同じく不機嫌そうな顔の父――スノークの姿だった。


 訓練施設の居住棟の廊下で、立ったまま、険悪な空気を醸す二人は恐ろしいが、見たところ、まだ14、5歳ほどの子供に見える。


 呼び止められた父は、あからさまに嫌そうな顔で、リアさんを一瞥し、また歩き出そうとした。

 が、めげなかったリアさんに腕を掴まれて、足が止まる。


「アンタ、いつまでウィンリィを無視するつもりなのよ、いい加減に――!」


 思い切り、リアさんの腕を振り解いた父は、はっきりと彼女を睨みつけた。


「何よ。何にもしらないくせにって顔して……私が知らないことが、知らないくせに物申すのが、気に食わないなら、『本』を出すわよ?」

「それだけは、やめろ、リア」


 それまで黙っていた父から出た低く怒気を孕んだ声に、リアさんはビクッとして怯む。


 そのまま踵を返し、父はスタスタと行ってしまった。


「何なのよ! あいつ!」


 荒ぶって、怒りのままに、声を上げているリアさんに、僕は驚く。


 彼女は、僕に調整魔法を教えてくれた師で、母――ウィンリィの親友でもあった。

 いつも落ち着いていて、冷静な魔導士、そんなイメージの人だったのだが……


「あ〜! ムカつくわね! 本当に!」

「リア、どうした? お前がそんなに怒るなんて珍しいじゃねえか……ウィンリィ絡みか?」


 父が去った方向とは、反対側から歩いて来たのは、リアさんの3個上の魔法少年、ジンだ。


「ジン……別に、そんなんじゃ……あるわよ」


 先輩である彼の目の前で、荒ぶってしまい、リアさんは、少々、バツが悪そうだった。

 対してジンは、カラッとした表情で、爽やかに話しかける。


「ははっ! そっか、それは大変だな?」

「……そうよ、大変よ」

「ま、お前がさ、自分のためにそんなに顔真っ赤にして感情を露わにしてること知ったら、あいつ、喜ぶだろうな」


 心なしか、ジン自身も嬉しそうだ。


「買い被りすぎよ。私なんか、大したことも出来ない、あの子の友達として、何の役にも立たないってのに」

「そんなことないだろ」

「あるわよ。それよりも私は、アンタの方こそ、あの子の助けになると思ってるわ」

「それこそ、買い被りだな」

「……彼女のいるあなたにこんなこと頼むの間違ってると思うけど、私は、あの子を助けてやれるのは、アンタだけだと思ってる。ウィンリィを頼むわよ」

「リア、お前……」

「私は何にも知らない。知らされてない。だけど、あの子に、スノークに、何かとんでもない事象が襲いかかったことは、わかるわ。ジン、あなたは、その内容を知ってるわね?」


 ! ジンも、あの軍命のことを知っているのか!?


「……ノーコメントだ。俺から話せることはないんだ、ごめんな」

「はあ、軍の箝口令よね? 全く不便なものよね、私達の人生は」

「……だな。それでも、その中で出来ることは全てやるさ。ウィンリィのことも、俺に出来る範囲で気にかけるつもりだ」

「それ聞いて、安心したわ」


 リアさんがふっと、ジンに笑いかけ、彼もそれに応えて、笑みを浮かべる。


 改めて、母は仲間に恵まれていたのだと、安心した。

 リアさん達がいたから、辛い事があっても、僕の知る、強く、優しい母たり得たのだろう。


 そしてまた、風景が流れて行く。

 その中に、ルートさんのジャケットと手帳を神妙な顔つきで見つめるウィンリィの姿と、そんな様子の彼女を気にかけるココや、ジンの姿が見えた。


 敵国の魔導士に思いを寄せているのではと気を揉む彼らの心中を他所に、時は流れて、配属戦地が変わった母は、ルートさんに会うこともなく――


 二年の月日が流れて行った。


 16歳になった母は、変わらず父に無視をされていて、彼が横切る度に、切なそうに目でそれを追っている。


 ルートさんに抱きかけていた恋心は、二年のうちに風化し、結局は、スノークの元へ帰結したのだと見てとれた。

 

 敵国の魔導士に思いを寄せるよりはと、安心したのか、周りもほっとしているようだが、何にも解決はしていない。


 この時点では、母はまだ自分のことを、"汚れている"との思いを払拭出来ていなかったと思う。


 誰とも付き合わず、父のことを見つめる母は、自分の事情を知るかつての恋人に期待することしか出来なかったのではないだろうか?


 ルートさんが敵国の軍人でなければ、ウィンリィと絶えず接点があれば、また違ったのかもしれないが……


 父のことで悲しそうな母を気遣うのは、同じflowersフラワーズのリアさん、チュラさん、ガレット……そして、ココだった。


 特にココは、事務職員だったから、様々な戦地でバラバラになってしまうリアさん達よりも、安定して、母と交流することが出来ていた。


 母にとってのココが、大好きな頼れるお姉さんと化した頃、ついにその時は訪れた。


「……え」


 母が戦術書を提出に、ココのいる窓口へと行った時だった。


「ココウェル=ランガードは没しました。先日の、補給部隊任務の最中に」

「……そ、それは、その、ジンには……」

「親類と、flowersの親しくしていたメンバーには、今、伝達をしているところです。ウィンターコスモス、あなたのところにも書簡が届いているはずですよ」

「……あ」

「うちのココウェルと親しくしてくれて、有難う御座います。でも……あなた方と交流がなければ、あの子も、補給部隊に志願など、しなかったでしょうね」


 母は、俯いて動かなくなってしまう。


 その後、よろよろと自室に戻った母は、ベッドに突っ伏して啜り泣いていた。


 この日から、一月後、ジンと共同任務に就くことになった母は、重そうな足取りで、彼の元へ向かう。


「ジン……」

「お、ウィンリィ、丁度良かったぜ! これさ、見てくれよ」


 戦関連の情報が全て揃っている資料室の机の上で、ジンは地図を広げていた。

 母は、ここに来る前、ジンのことをとても心配していた。だからか、明るい声音で話しかけてきた彼に面食らっている。


「今回、俺たちが守るのはここだろ?それならさ、東の森のこの辺りにスノークを配置して」

「!? スノーク!? スノークがいるの!?」


 父――スノークの名前に過剰に反応する母の姿は、今の母の想い人がスノークだと物語っていて、本来の僕なら、喜ばしいことだった。

 しかし、ルートさんのことが過り、その気持ちもかき消える。


「先月からな、俺の隊に居るんだ。スノークの実力なら、もうとっくに自分の隊を率いててもおかしくないんだがな」


 母の過剰反応にも、落ち着いて返すジンに、この人が母を気遣って、言葉を選んでいるのを感じた。


「ごめん。もう、名前聞いたくらいで過剰に反応したりしないから。それよりも、ジンは辛くないの? ほら、彼女さ……」


 ジンを気遣うつもりが、逆に気を使わせてしまったと気付いたのか、母は、バツが悪そうに肩を竦めている。

 しかし、ジンは、母の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、


「わっ! わわっ! ちよっと!」

「あっはは! 子供が余計な心配してるんじゃねーよ!」

「こ、子供!? 3つしか違わないのに!?」

「3つも下なら、十分子供だろ……お前のこと、5歳の頃から知ってっし?」


 場を和ませる彼に、僕は何故、ジンがウィンリィの最愛になるのか分かった気がした。


 似ているのだ、この二人は。底無しの優しさが、自分が辛い時に、他人を思いやれる強さが。


 尚も、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくるジンの手をどかす気力もないのか、母は、されるがままにその手を放置していた。

 すると、頭を撫でていた手は、するりと首筋に移動する。


「ジン?」

「細い首だな……相手方の魔法剣で簡単に落とされそうだ……」


 ジンは首の手をそのままに、今度は、頬に反対の手を添えた。

 えと、あれ? これって、この流れって……まさか。


「大きな瞳だな……ゴミ入りやすくねえか?」

「むう……そんなことないよ!ジンだって、大きい方だと思うけど?」

「そうか? 初めて言われたわ、それ」


 今度はウィンリィも、ジンの頬を両手で包み、


「大きいよ。赤くて、宝石みたいで、綺麗」


 そこから、しばらく見つめ合う二人に、僕はこの場にいていいのか分からず、オロオロした心持ちで行末を見守った。


「ウィンリィ……このまま、タグ付けてやろうか?」

「ええ……いいよ、前の戦場で付けてもらったのが残ってるから。ジンもこんなアバズレよりも、他を当たった方がいいんじゃな」


 ウィンリィが言い終わらないうちに、ジンの口が言葉を奪う。

 それは、触れるだけで付くタグ付けとは、全く違う、恋人同士がするような深いもの。


 とうとう始まった母のラブシーンに、思わず目を逸らした。

 しかし、あの軍命から目を背けたせいで、知ることが出来なかったことがあると、背けたくなる気持ちを必死に律して、目線を戻す。


 唇を解放されたウィンリィは、呆然とした面立ちで、ジンを見つめて、キスの理由を聞いたが、彼が軽口を叩くので、訝しんでいるようだった。


「……ジンさ、辛いんだね。でも、それを補えるのは僕じゃない。それに、君のことを好きな子を何人か知ってる」

「は……そんなの知ったこっちゃねえよ。俺は、俺のやりたいようにやる」

「ジンのやりたい事って何?」

「分からねえ? 俺さ、ずっとお前のこと好きだった。でも、お前はスノークと相思相愛だったから別の子と付き合ったんだ」


 ウィンリィは、鳩が豆鉄砲をくらったような顔になっていた。僕も同じ顔をしていたと思う。


「あはは……その顔! ホントに何にも気付かなかったんだな。あ、言っとくけど、彼女のことはちゃんと好きだったぜ? 一生大丈夫にしたいとも思ってた……でも、もういない。なら、」


 ジンは、ウィンリィの腰と頭を掴んでいた手を離し、


ドサっ!


「後悔のないように行動あるのみだ」


 机の上に押し倒されて、ようやく呆けていた頭が現実に戻ってきたのか、ウィンリィは、慌てて口を開く。

 

「そっそうなんだ! 後悔はね、残さない方がいいよね! 僕ら、いつ死んでもおかしくないしっ!」

「だろ? だからさ」

「待って! 待って! 待った! 誰か来るよ! 足音! 聞こえてる!」


 ガチャ……とドアを開けて、入って来たのは……


「はあ、何だよ、いいところで。邪魔しに来たのか? スノーク?」

「別に、次の戦地での狙撃ポイントを確認したくて、過去の戦記録見に来ただけだよ」


 想い人の登場に、押し倒された格好の母は、固まっている。


「取り込み中なら後にするよ、じゃ」


 バタン。


 呆気なく退出した父――スノークに、僕もジンも拍子抜けした。

 しかし、それよりも、


「ウィンリィ、分かったろ? 待ってたって、無駄なんだ。もうスノークは、お前のことを見ていない」

「ひっ……うっ……うん……」


『え?ジン?それは違うだろ?』


 父の顔は、押し倒されていた母からは、見えなかったが、僕は、はっきりと、ジンを睨み付けるスノークの姿をこの目で見た。


『嘘をついた? あの、ジンが??』


 僕は、泣き続ける母を、ひたすらに優しく宥めている彼に戸惑いの目を向ける。


 しかし、二人は、とうとう見ていられなくなるほどの親密さを見せ始めて……


 さすがに僕は目を瞑った。


 そして、次に目を開けた時、お祭りの屋台を楽しむ二人や、ホテルのベッドで抱き合う二人の姿が流れて行き……


「聞いたか? とうとうあのウィンリィが特定の恋人を作ったって!」

「マジかよ!? 相手は誰だ??」

「ジンさ。まあ、収まるところに収まったって感じだよなあ」

「あれ? ジン、彼女いただろ?」

「亡くなったんだよ。しかもさ、ウィンリィもその子と親しかったらしくて、だから、きっとさ」

「ああ、ウィンリィ、とんでもなく優しいからなあ」

「それ考えると、相手がジンでもそれくらい酷いことがないとダメだったんだなって思うわ」


 ココの死から、ニヶ月。

 休日に軍の中庭を仲睦まじく散歩する二人は互いの恋人が板についているように見えた。


 あの軍命から、四年。それは、母がやっと手に入れた安寧だったと思う。


 しかし、幸せそうな二人にも、懸念材料はあった。


 ジンとの交際が始まる少し前、母は、また第一国とのライン戦線上に戻って来ていたのだ。


 そこにいたのは――


「ルート=インター! コレをあなたは手にするべきだよ!」

「……」



 パァン!

 打ち捨てられた巨大な砦の中、短く響く発砲音。

 僕は、目の前の光景を受け入れられなくて、目を逸らす。


「っ!!」

「……しつこいねえ……リィ」


 聞いたことのないルートさんの恐ろしい声音に、顔を上げると、左腕を握り締めるウィンリィ。

 そして、その先にあったはずのものを拾い上げるルートさん。


 滴る赤で、口を濡らす彼の目に光はない。


手帳ソレは、もう必要ない」

「……エリィのこと、忘れたの?」

「忘れたよ? とっくの昔にね。今、僕の胸を占めるのは、君のことだけ」


 代わりに灯るのは、狂気の色。


「インター、私ね、手帳を読んだんだ。君と、エリィのこと、全部、全部、読んだんだよ! だから!」


『僕の"お守り"なんだ』


 ルートさんがお守りと言っていた、あの手帳……まさか――


「そう。だから何? エリィは死んだよ? ずっと昔に」

「死んでない! 手帳の中に彼女の意思は生きてた! 私には、見えてる! エリィの姿が!」


 撃ち落とされた母の手の中にあった手帳は、衝撃で遥か遠くに飛ばされていて、本来なら見つけるのに手間がかかる筈だった。


 しかしそれは、難なく僕の目に留まった。

何故なら――


『君が、エリィ? ルートさんの、亡くなった奥さん……の?」


 レモンイエローの緩やかな長い髪に、翡翠色の大きな瞳の少女が、僕の目にはっきりと映り――


『え? 何で……』


 その瞳は、確かに僕の姿を捉えていた。

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