第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第12話 戦場で芽生えたもの
「何で! 裸なの!?」
外の風雨の音にも負けず、その声は部屋に響いた。
頬を上気させて叫ぶ母――ウィンリィ。
こんな母の姿を見るのは初めてだった。
しかし、動揺するのも分からないでもない。
ルートさんは、着痩せするタイプだ。そんな彼の鍛え抜かれた立派な筋肉は、普段のスマート体型からは、かけ離れていて……僕も温泉では驚いてしまったから。
「ああ、これはね、今朝寝坊しちゃってさ。ミーティングに遅れそうだったから、慌てて準備したらシャツ着るの忘れちゃったんだ。目のやり場に困るならシャツ着るけど?」
ルートさんは、ウィンリィに背を向け、アイテムボックスに代えの服があるからさ……とそれをゴソゴソと漁り、自前のシャツを着た。
「ぶっ!!」
『ええ……ルートさん……』
僕らの目の前には、背中にビールジョッキと枝豆のイラストが描かれ、「枝豆命」と異国の文字ででっかく書かれた可笑しなTシャツ。
「何、それ、ふっ、はっ、変なシャツっ!」
「そんなに変かな? 愛用の部屋着なんだけど?」
「凄いセンスだね……子供の僕でもそれは着ないよ。面白すぎてさ」
その時、ぐー!! とウィンリィのお腹から盛大に腹の虫が鳴いて、今度はルートさんが吹き出した。
「なあに? お腹空いたの? 携帯バーならあるけど、いる?」
と、ぽいっと一本、先ほどのアイテムボックスから取り出してウィンリィに投げる。
しかし、母は不服そうな顔をして、結局、計40本の携帯バーをルートさんから巻き上げてしまった。
外の風雨は嵐に変わり、雷鳴まで轟き始める。
今、ウィンリィが羽織っている黒のジャケットはルートさんのものだ。
母の隊服は、拳闘士タイプではスタンダードなノースリーブタイプ。
雨の日にそれでは寒いだろうと、彼がかけてやったのだろう。
携帯バーを食べるウィンリィの隣に腰を下ろしたルートさんは、ニコニコとそれを楽しそうに見ている。
そこにあるのは、敵同士とは思えない雰囲気で、僕のよく知る異世界での二人と違わぬ光景に見えた。
しかし、僕はこの二人の結末を知っている。
それを思うと、辛くて、仲良さげな二人から逃げるように目線を下へ向けた。
「何? ジャケットだけで充分暖かいんだけど?」
訝しげな母の声に、顔を上げると、ルートさんがウィンリィの肩を抱き寄せていた。
迷宮でも、よく見た光景。
母が――ウィンリィが、寂しそうにしている時、気付けば彼は、いつも肩を抱き寄せていた。
そうされることを当たり前のように受け入れて、ルートさんに寄りかかるウィンリィを見る度に、母からこの温もりを奪いたくないとの思いが胸の内に溢れた。
僕は、スノークとウィンリィの息子なのに。
「ふふっ! 君がさ、泣きそうだから。ついね、こうしちゃうね?」
そう話す彼の表情は、僕の知るルートさんと寸分違わず同じで、ずっと心の底にあった考えが確信へと変わる。
ああ、そうか。ルートさんは、やはり……
「あ! 雨やんだね。転移紋のところまで送るよ、立てる?」
先に立ち上がった彼は、ウィンリィよりも大分高い背を屈めて、手を差し出す。
しかし、ルートさんは、急ぎの仕事を思い出したらしく、母が手を伸ばす前に、慌てて外へ飛び出して行った。
そんな彼を見送った母は、
「変な人! でも、憎みきれないなあ」
と、何処か嬉しそうに笑って、ルートさんのジャケットを丁寧に畳み……
ポトリ。
「? 手帳?」
『!!』
胸ポケットから小さな手帳が落ちた。
あの温泉で、彼が、"お守り"と言って、大事そうにしていたものだ。
「これ、大事なもののような気がする……」
母はそれを拾い上げ、大切なものを扱う手つきで両手に納める。
『ルートさん……チェーンで首から下げて、お風呂の時はアイテムボックスにしまうくらい大切にしていたのに……』
それを、敵国の魔法少女に預けてしまう行為の指す意味に、胸が締め付けられる。
そして、また風景が流れ、戦地の森の中で止まった。
そこには、第三国の魔獣生成兵器を協力して、撃破する母とルートさんの姿。
第三国の兵器は、予兆なく戦線に現れては、両国を混乱させてきた。史実にも残る厄介な存在だ。
発見次第、破壊が両国間の共通認識。
それ故に、望まぬ共闘を強いられることもあったと、伝え聞いてはいたが、ルート=インターとウィンターコスモスの共闘は、戦争記録でも見た記憶がない。
「仲間が全滅した時は、どうしようかと思ったけど、やっぱり君と僕なら楽勝だったね」
「楽勝……ね。僕はへとへとだよ。魔力も空っぽ。始末するなら、今が好機だと思うけど?」
「しないよ。そういう約束だったでしょ? リィ?」
「……むう。その呼び方、続けるんだ……」
「呼びやすいし、君、本名教えてくれないからね。嫌かな?」
"リィ"とは、父――スノークだけが呼んでいた母の愛称だ。
あの軍命以降、目にした父と母の過去は、スノークの背中に向かって、何かを言っているウィンリィと、それを無視する彼の姿だけだ。
「嫌じゃないけど、考えちゃうんだ。僕が"汚くなった"から、もう彼にリィって呼んでもらえないんだって」
父が、どうして母を無視しているのかは、過去を見てきた僕にも分からなかった。
僕が目を背けた、あの軍命の最中に何かがあったことだけは、確かなのだが……
しかし、それよりも、気になることがある。
今、僕が旅を共にしている異世界でのルートさんは、母を襲った軍命の事を明らかに知っていた。
そして今、僕が見ている僕の世界の過去のルートさんも、そのことを知っているようなのだ。
『っ!』
ふと、彼の方を見ると、悲しそうな顔で俯いた母を、これ以上ないほどの優しい表情で見つめているルートさんの姿が目に入る。
「初めて君と出会った時さ」
「あ! 木の上でサボってた時でしょ?」
「ああ、うん、その時ね、本当はサボってたわけじゃないんだ」
「? 様子を見てたの?」
「ううん。見惚れてたんだ……月明かりの下で、舞うように戦う君にね」
「……」
ルートさんが、ウィンリィの頬に触れた。
まるで壊れ物を扱うように。
「リィ、君は綺麗だよ」
そう言って微笑む彼の顔は、恋をしている人の顔だった。
しかし、
ポカーンとしてしまった母の顔に、ルートさんは、吹き出してしまう。
「あっはは! 分かってた、分かってたよ、君はそういう子だよね……」
その時、遠くに微かな人の気配を感じて、ルートさんは、そちらを見遣り、また母に目線を移すと、
「それじゃ、ここでお暇するよ。またね、リィ。気が向いたら、また助けてあげる」
『え?』
僕の横を素通りしたその時、彼がぼそりと小さな声で呟いたのが、聞こえてしまう。
「えっ? あ、インター!……また、返しそびれちゃった……」
そして、母が声を上げた時には、その場から消えていた。
母は、胸元の内ポケットから、あの手帳を出して見つめる。
「どうして? 渡すチャンスはいくらでもあったのに」
渡してしまえば、接点が無くなる訳ではない。本来の二人は敵同士で、出会えば、否応なしに戦闘になる間柄だ。
残されたウィンリィは、胸の辺りをきゅうっと握り締め、
「……あれ? 胸が、苦しい?」
ルートさんの気持ちは、確かに届いていた。
そしてウィンリィの心にも、小さな何かが、芽生え始めているのは明らかだ。
ときめいて、赤面するような恋ではない。
そうしようにも、その先に待ち受ける非情を知っているから、苦しいんだ。
それに……
『いつか、僕を殺しに来てね』
確かにルートさんはそう言っていた。
ウィンリィには、届かぬ小さな声で。
僕の知る彼は、あの手帳を"お守り"と言って肌身離さず身に付けていた。
でも、この彼は、それをウィンリィに渡したまま、返してもらおうとする素振りもない……
『本当に、死にたいってことなのか? ルートさん……』
どうして?




