第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第11話 不幸な事実と幸せな現実
娘のウィンディが生まれた時のこと。
自分にそっくりな顔に、同じ魔法紋、高魔力を持つ孫を目の前にして、母――ウィンリィは、戸惑いの色を見せた。
しかし、それは一瞬のことで、すぐに満面の笑みに変わったので、僕は何ら不審に思うことなく、母に笑みを返した。
あの時の母の戸惑いは、ウィンディが、自分と同じ目に遭うのではと危惧したからではないだろうか?
だとしたら、僕は――
――――――――――
ロアが去った後、重い足取りで、あの広場に戻って来た僕は、目を見開く。
そこに居たのは――
白銀の髪に、分厚い睫毛に覆われた灰銀の瞳。
陶器のように白い肌の美しい少年。
写真や画像でしか見たことがなかった父――スノークの姿が、目の前にあった。
傍らには、母――ウィンリィ。
二人は、訓練前の準備体操をしているようだった。
遅れて、眠そうに目を擦りつつ入ってきたのは、
赤からピンクに変化するグラデーションの長い髪。
大きな同じ色の瞳の女の子のような可愛らしい顔立ちの少年。
「ベリー! おはよう!」
名を呼ばれた彼は、頬を赤く上気させて、嬉しそうに二人に向かって駆けて行く。
この3人は、訓練が始まる前からずっと一緒にいた幼馴染だ。
見た目からして、今、12歳前後だろうか。
ウィンリィの姿が、今、僕が行動を共にする13歳の彼女とあまり差異がない。多少、幼くは見えるが。
他にも、続々と子供達が集まって来て、各々準備体操を始めていく。
僕の時代と変わらない朝の風景だ。
「ベリー、タグ付けてあげるね」
準備体操を終えると、母は自分よりも小柄なベリーにキスをする。
訓練が始まる前にキスで発動する防御魔法の『タグ付け』をするのも、昔から同じか……
先程のショックが大きくて、働かない頭でその様子をぼんやりと眺めていた僕だが、母が放った言葉に現実に引き戻される。
「ベリーの魔力は、やっぱり苺味だね! 甘酸っぱくて、美味しいよ!」
苺……先程のクレープ暗号に出て来た"苺"は、まさか、このベリーのことじゃないよな……
「そんなこと言ってるの、イーリだけだよ……ねえ、スノーク?」
「そうだな。魔力に味があるなんて、分かるのは君だけだよ、リィ」
「……むう。こんなにはっきり分かるのに、みんなに伝わらなくて、僕もどかしいよ」
「スノークのは、白味のアイスなんだっけ?」
「そうだよ。食べたことのない味だからさ、そう表現するしかなくて……分かりにくくてごめんね!」
ああ、"白いアイス"とは、父――スノークのことだ……
このまま、ここにいたら、母がされたことを全て目の当たりにすることになるのか??
嫌だ、無理だ、そんなの……今だって、こんな、無邪気に楽しそうに会話している3人を目の前にして、心が張り裂けそうなのに!
僕は固く目を閉じて、頭を抱えた。情けないけれど、重すぎる事実に目を向けることが出来そうもない。
すると、回りの音が遠ざかって、また、時が運ばれて行く感覚に陥った。
恐る恐る目を開けると、目まぐるしく流れて行く景色の中に父の苦悩に満ちた表情が一瞬、見えた。
そして、無意識に強く鷲掴んだ胸元――自分の体に目を落とす。
母と父が、産み出した筈の、この命。
僕自身。
そうだ、二人がそれを乗り越えた証が、この僕なんだ。
『そうだよね……? 父さん、母さん……』
寄る辺なく、自分の身体を抱きしめる。
絶え間なく流れ続ける景色に、あの軍命の後、気丈に振る舞う母の姿が映し出されていた。
軍命で行われたそれを、他の仲間達に話すわけにはいかない。
誰にも話せずに、母は、どれほど辛かっただろう。
そうしているうちに景色は止まり、僕はとても綺麗な光景の中にいた。
一面、色とりどりの花で埋め尽くされた場所。
しかも、この花……
「凄い! 全部ウィンターコスモスだ!!」
最近聞き慣れた、母――ウィンリィの声に振り向く。
「こんな場所があったんだ! アベル!」
『あ……アベル先生』
母の隣には、榛色の髪に、同じ色の瞳の少年。
僕とコーラの世代の先生であるアベルが、子供の姿でそこにいた。
「ウィンリィが、喜ぶと思って……」
え……!? アベル先生が笑ってる!?
寡黙で、無表情……それが、僕らの中の彼に対する共通認識だ。
でも、
『こんな風に笑う人だったのか』
その笑みは、ウィンリィのことが好きで好きでしょうがないと物語っていた。
『ルートさんの言う通り、13歳のウィンリィの好きな人がアベルなら、二人は両思いってことになる……』
二人は花畑に腰を下ろして、紙袋から様々な種類のパンを出して、食べ始めた。
微かに笑い合って食べる子供の二人。
僕は、スノークとウィンリィの息子だ。
なのに、このまま、この二人が一緒に大人になれたら……と願ってしまいそうになる。
そのくらい、仲睦まじい光景だった。
でも、訓練施設に戻って来た母は、心配そうに見つめるアベル先生を振り切って、自室に入ってしまう。
そうして、ベッドに突っ伏した母は、小さな声をあげた。
「アベルに甘えちゃダメだ……綺麗な彼に僕は、ふ、相応しくないから」
続けて、うっ、ひっく……と啜り泣く声が聞こえてくる。
小さな肩も震えるように揺れていて、僕は、触れることができないと分かっていても、そこに手を伸ばす。
コンコン。
「……」
コンコン!
「……」
ドンドン!
「……」
ドドドン!!
「はっ、はあい!」
母は、慌てて涙を拭きとり、ドアに向かった。
ガチャ……
「えっ、リア」
「ガレットもチュラもいるわよ」
「突然どうしたの?」
「パジャマパーティーするわよ!」
そこには、僕もよく知る母の親友のリアさんと、チュラさん……話には良く聞いているガレットさんの姿があった。
「ほら、あんたの好きなチーズケーキ」
「……バタークッキーも」
「仕方ないから、餃子の皮でチーズ包んで揚げたやつ! 食堂で作って持って来たわよ!」
母は、きっと、親友である彼女達にも、何も話していない筈だ。
だけど、彼女達には、お見通しだったのだ。
きっとその上で、いつウィンリィに優しくするべきか、タイミングを計っていたのかもしれない。
「……みんな、有難う。でも、良いのかな?誕生日でもないのに」
その言葉に、リアさん、ガレットさん、チュラさんの3人は、顔を見合わせた。
「はあ、あんたね、誕生日とか関係ないでしょ。私達がウィンリィに優しくするのに」
「……そうだよ、君が好きだから、思い立ったらいつでも、こうして集まるんだよ、僕たちはね」
「べっ、別に! 私は暇だったから! 来ただけよ! ふん!」
ああ、チュラさん、この頃から、ツンデレだったのか。僕の回復魔法の師でもある彼女。
ふんわりとした黄色のボブヘアを揺らし、大袈裟にそっぽを向きながら、ウィンリィに話している。
「っ……みんな、ありがとう。僕は幸せ者だね」
涙を堪えているのだろう。母の目元にはうっすらと雫が浮かんでいる。
女の子同士の友情がこんなに美しいものだったとは……
泣き笑いをする母を3人がきゅっと抱きしめるのを見ていたら、場面がまた、流れて行く。
「わあ! ココさん! これ、本当に全部僕の分なの??」
「そうだって何度も言ってるのに。ぜえんぶ、ウィンリィちゃんのものよ」
母の両手の中には、大きなクッキー缶がある。
「ココさんのクッキー、とっても美味しいから、あっという間に食べ切らないように、大事に食べるね!」
「いいのよ、そしたらまた、たくさん作ってあげる!」
「えー、でも、悪いよ……だってさあ……」
母が、ちら……と、ココの隣で、複雑そうな顔をしている男に目を遣った。
「別に構わないぜ? 俺への差し入れが滞ったりしないならな」
ははっ! と笑ってそう答えたのは、燃えるような赤い髪に、真紅の瞳の、
「ジンの分は、今まで通りにちゃんと作るわ? 彼女を舐めないでほしいわねぇ」
将来、ウィンリィの最愛になる筈のジンだ。
彼には、母と父が相思相愛だった頃から、付き合っている彼女がいた。それが、このココだ。
『ココさんの作ったクッキー、また食べたいな……』
僕が子供の頃、彼女の墓の前で、寂しそうにそう呟いた母の声をよく覚えている。
母から彼女の話はよく聞いていた。
それこそ、最愛だったジンよりも、最後の夫だったはずの、スノークのことよりも。
楽しそうに談笑する三人の姿も、流れて行く。
その後も、親友のリアさん達、ココとジン、他の仲間達と、楽しそうに過ごす母の姿。
その中には、あのロア=ライトと焼肉を食べている光景まであった。
『母さん、楽しいこともあったんだね……良かった』
ポロポロと涙が流れて、情けないけれど、嬉しかった。
母を、大事にしてくれる人が何人もいてくれたこと。酷い目に遭った母に、笑って過ごせる時間があったことも。
ただ、その光景の中に、父であるスノークの姿も、幼馴染のベリーの姿も何処にもなかった。
そのことが意味するのは、あの軍命の後、彼らの関係が壊れたことに他ならない。
『父さん……』
幸せな光景が続いた後に、目を背けたくなる戦争の光景もあった。
何人も何人も、仲間が倒れても、最後まで諦めずに、一人でも多く救おうと、前線に立つ母の姿がそこにはあった。
そして、止まった風景の中、僕は目の前の人物に目が釘付けになる。
「何で! 裸なの!?」
打ち捨てられた古い砦――その中に、黒の軍服を羽織った14.5歳くらいの姿の母と、
鍛え抜かれた筋肉を惜しげもなく晒す、上半身裸の男。
『ル、ルートさん??』
漆黒の髪に、黒曜石の瞳の第一国筆頭魔導士の姿がそこにはあった。




