作動した部屋と鬼畜の所業
「これから、全部屋を探索して『時渡り』の術式が組み込まれている箇所を見つけるよ。
その前に、僕とリィが『時渡り』をした時のことを全部話すね」
朝食後、コーヒーを飲みながら話すルートさん。
僕らは……特に僕とコーラは、真剣にその話に聞き入る。
彼が語ってくれた話によると、二人が4年前に飛ばされた時は、部屋の中の姿見がトリガーだったとのこと。
姿見に映った瞬間、鏡の中へ引きずり込まれたそうだ。
それで、今回も、部屋の中の鏡に映ると発動するのだろうと僕らは思っていたのだが……
ドアを開けて、中に鏡が無いことを確認して、足を踏み入れた瞬間――体に鋭い魔力が流れたのを感知した僕は、とっさに真後ろのコーラを押し出した。
後ろに続いていたルートさん、母、アプリも、部屋に入る前に後ろに後ずさる。
良かった、みんなは魔法に捕まらずに済んだ!
そう思った瞬間、視界が真っ白になったかと思えば、頭だけ遠くに運ばれて行くようなおかしな感覚に襲われる!
僕は、瞑りそうになる目を懸命に開いて、辺りの景色を見ようとした。
目まぐるしく変わるそれは、世界を跨いでいるように見えて、僕は、まさか、元の世界に1人だけ戻されるのではと恐怖を覚える。
しかし、景色が止まった時、その場所は見たことのある思い出深いものであった。
『……いったい、どれだけ過去を遡ったと言うんだ……』
壁もタイルも何もかも真っ白な広い空間。
子供の頃、幾度となく行った訓練を思い出させるこの場所。
二国の軍本拠地、『ガーデン』にある、flowersの訓練棟だ。
飛ばされた場所を理解して、ふと、自分の足元に目を落とす。
足はあるし、地についているが、透けている。
更に、手近な壁に手を付こうとしたら、壁の中に手が入り込んでしまった。
『精神だけ飛ばされてきた……ということなのか』
誰も居ない広間に、今は何時なのだろう? と時計を探す。
僕の時代には、皆、腕時計型の端末を待たされていたから、この場所に時計は無かった。
だが、壁の高い位置に目線を向けると、大きな時計がはめ込まれており、時刻は7時を指していた。
更に、ぐるりと周囲を見渡して、僕は、違和感を覚える。
コーラやオーレン、アニと毎日、切磋琢磨した結果、付いた筈の……
『傷が……ない?』
コーラの斬撃で付いた斬り込みも、オーレンの弾頭で穿たれた穴も、リーンの強過ぎる結界術で擦った削り跡も、見当たらない。
『……やっぱり、僕らが来る前の時代なのか?』
その時、ツカツカツカツカと、早足で歩く音が聞こえて、振り向く。
輝く金のロングに、同じ色の瞳。
女性にしては、背の高い細身の体躯。
訓練棟は禁煙なので、口元には、その代わりのシガレットチョコ。
『っ! リーン!?』
すうっと、僕の体を通り抜けて行くその人は、
『リーンじゃ……ない?』
ちゃらんぽらんな僕の後輩、リーンは、あんな険しい顔はしない。恐らくあの人は……
『ロア=ライト、なの……か?』
ちゃらんぽらんな性格に似合わず、美人と言って差し支えのない端正な作りの顔は、リーンにそっくりだった。
広間を出て行く彼女を、僕は慌てて追いかける。
『あの人がロアなら、母さんの先生だった筈だ! 何か分かるかも!』
せっかく過去に来たんだ! 母さんに何があったのか、あわよくば、生きている父さんの姿も見たい!
ロアは、中庭まで来ると、木陰のベンチにドカッと座り、脚を組んで、手に持っていたタブレット端末を起動させた。
『あ、任務の時に渡される端末だ』
司令が入っているだけの端末だが、一度閲覧すると、オートで削除が始まる機密伝令用の端末だ。
表示された瞬間から、冒頭が消え始めるので、僕は慌てて、ロアの真後ろに移動する。
そこには、
〜最高のクレープの作り方〜
①大きなクレープ生地を一枚用意してね。
ただ大いだけじゃダメだよ?破れにくいものを丹念に作るんだ。
②生地が焼けたら、今度はトッピング。
最初は苺、その次は、黒のアイリス、白桃、赤の百合……ここまで来たら、お分かりの通り、順番に具材を散らしていって、最後に白のアイスを乗せること。
③10種の具を綺麗に包んだら、史上最高のクレープの出来上がり!
④出来上がったら、早く食べてね?制限時間があるよ。で、もし、時間内に食べ終わらなかったら……
⑤失敗作は、ぺっしゃんこにして、中のエキスだけ搾り取るよ。
あ!生地は、まだ使い道があるから、その前に剥がしてね。
〜おわり〜
読み終えた僕は、精神体だというのに、喉の奥が、ヒュっと鳴き、耳には、
ガリィっとロアが口の中のシガレットチョコを噛み砕く音がはっきりと聞こえた。
「くそが!!」
ガンっ! バリンっ!
端末も向かいのベンチに投げつけられ、派手な音を立てる。
「私は……こんなことのために、ウィンリィ達を指導してきたんじゃない……」
苦虫を噛み潰したような顔と感情を押し殺すように搾り出された声。
それは、リーンによく似ていたけれど、いつも明るく、砕けた話し方をする彼女とは、似ても似つかない話し方だった。
「本当に、本当に? これを、今日、決行しなくちゃいけないのか?」
最初から険しかった顔が更に厳しく顰められていく。
「嫌だ。ウィンリィは、まだ子供なんだ。あいつらだって、こんなこと……耐えられる訳がない」
ロアは、そうやって、暫く一人で押し問答を繰り返していたが、始業の予鈴が鳴り、ピタリとそれをやめた。
そして、す――とベンチを立ち、一本の杉の木のように直立した彼女は、決意の表情をして、その場を去っていく。
後に残った僕は、先ほど見た司令内容を思い返していた。
『あれは……禁書庫で見た術式だ』
クレープの作り方で濁されてはいたけれど、そこで読んだ内容とほぼ同じだ。
『果物も花も、僕らflowersのコードネームだ。10種は、10人で、搾る、は、魔力圧搾機にかけるってことだよな……』
本来、人をかけるような機械ではないけれど、人よりも大きな魔獣をかけて、魔力を搾り取るためのものなのだ……人だって……
そこまで考えて、うげええ、とえづいてしまう。
それほど衝撃的な内容だが、それよりも!
『ロアは、はっきりと、ウィンリィの名を口にしていた……』
ウィンリィ。
母さんの名前。
どうして、ここで、その名前が出てくる?
嫌な予感が、背中を這い上がってくる
まさか、そんな……
『これが、13歳以前の母さんと父さんの間に起こったこと……なのか?』
手が震える。ああ、会ったばかりの頃に、ルートさんに言われたことを思い出した。
『はあああー! まさか、リィがスノークと一緒になるなんてね……あんな事があったのに』
『あんなこと?』
『君は、知らない方が良いよ――
息子なら尚更ね』
ヒュっと、またもや、精神体だというのに、喉の奥が鳴った。
ルートさんの言った"あんなこと"
その内容を、僕は子供の頃、既に知っている。
あの頃の僕は、幼い頭で、自分なりに、偉大な両親に近付ける術を探していた。
そして、悪いことだと知りつつ、禁術を収めてある書庫にこっそりと忍び込み、
それを見つけた。魔力容量を広げる術式が書いてある魔術書。
「凄い、僕向きだよね?」
しかし、期待してめくったページに書かれていたのは、7歳の幼い頭でも、分かる程の酷い内容だった。
パタン。
本を閉じて、音を立てないように気を配りながら、慌てて外へ出る。
「あんな酷い方法で、魔力容量を広げても、心が壊れちゃうだろうな。
だから禁術なんだ。
やっぱり、自分の力だけで何とかしなくちゃ……」
今、あの方法を大人の言葉で表現するなら――鬼畜の所行――
そう形容する他ない。
でも、まさか、それを実際に施された可哀想な人間がいて、
しかも、自分の母親だなんて、思いもしなかったんだ。
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