第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第9話 吹雪く最下層と魔力の星
時渡りの迷宮――最下層、地下4階。
僕らは、今、猛吹雪の中を進んでいる。
「アプリ! 大丈夫?!」
「……大丈夫だよ、ウィンリィ」
「辛かったら言ってね! 僕、おぶってくからあー!」
先頭をルートさんにして、ウィンリィとアプリ、僕、コーラの順で、一列になって歩き続けて、どのくらい経っただろうか……足の疲労具合から考えると、3時間は経っていると思う。
「みんな! 屋敷が見えてきたよ!」
先頭のルートさんが叫ぶ方向を見ると、吹雪の中で見えにくいが、前方に大きな建物が確かに見えた。
「中に入ってすぐのリビングに行くよ。それ以外の部屋は、絶対に開けないでね。どの部屋で時渡りが作動するか分からないから」
ルートさんの注意をよく聞いてから、重そうな扉を開く。
彼が出した、明かり代わりの魔法の炎は、黒い炎なのに、周囲を明確に照らし出し……
「あっ暖炉だ! インター!」
「ん、はい」
ふっと、手の中の炎から、小さな炎が飛んで行き、暖炉に火が灯る。
「ありがと! ほら、アプリ、真ん中においで」
ウィンリィは、暖炉の真ん前にアプリを座らせて、自分はその後ろに回り、小さなアプリを抱きしめるように座った。
「はあ〜、あったかいね、アプリ」
「……うん、ありがとう、ウィンリィ」
「サム達も、暖まりなよー」
今、僕とルートさんとコーラの大人組は、このリビングに仕掛けがないか、探査の魔法を巡らせて調査中である。
「リィ、前回と似た作りだからって、気を抜き過ぎだよ……ま、リビングには何もないようだけれども……」
言って、僕とコーラに目線を送るので、僕らも危険は感じないと頷いた。
「……むう。それは、ごめんなさい。でもさ! 三時間くらい吹雪の中を歩いたじゃん! 僕、もう、凍えすぎて氷になるところだったよ! 暖かみが恋し過ぎて、ジンのことばっかり思い出しちゃったし!」
おや、ジンの話だ。スノークとウィンリィの息子の僕は、彼の名前が母から出ると、少しだけ複雑な気持ちになってしまう。
だが、それよりも……
「ふうん。ジンは炎属性なんだ?」
将来、ジンがウィンリィの恋人になることを知って、激怒していたルートさん。
僕は、彼の怒りが漏れ出ていないかが気になってしまう。
しかし、僕の心配を他所に、ルートさんは至って平静にアイテムボックスから出した毛布を2人にかけてやっていた。
「ありがと。そうだよ、ジンはね、僕らflowersの共有ホッカイロなの! ポッカポカなんだ!」
「ふっ、そう」
自虐的な笑みを浮かべた彼に、やはり平静ではなかったと思い直す。
この笑みはきっと、"将来的には、君専属のホッカイロになるんだけどね"の意だな……
「本当にあったかくてね……真冬になると、あのスノークですら、彼に寄っていってたな……」
後半は小声だったが、母の口から、父――スノークの名前が初めて聞けて、僕は驚いて母の方を見た。
もちろん、暖炉の方に向いている母の顔は、僕からは見えない。
暖炉の灯りに照らされて、その後ろ姿の輪郭だけがぼんやりと浮かび上がっているだけだ。
「ねえ、サム、これを使って、リビングのランプに火を灯せるかな?」
先ほど、少し機嫌の悪そうな素っ気ない返事をウィンリィにしていたルートさんは、すっかり元の調子を取り戻して聞いて来る。
「あ、はい。やってみますね」
話しながら、彼の手の中の黒い炎を両手で受け取る。
その瞬間、驚愕する。その小さな炎は、高密度に圧縮された高魔力で満ちていて、ずしりと、濃密な魔力質感を持って、僕の手の中に移された。
見た目のサイズとはかけ離れたそれに、畏怖を覚えつつも、これならいけるかもと、分散の魔法を発動させる。
ぽぽぽぽぽっ!
リビングが明るくなり、部屋の調度品やソファが綺麗に掃除されているのも確認できた。
「凄いね、サム。僕は、リビングだけ灯りが付けば良いと思っていたんだ。これ、屋敷中の全部屋のランプに灯したよね? 君」
「はい。ルートさんの炎がかなりの魔力密度だったので、足りるかなと思って」
「元手があったとしても、それを分散して、正確な位置に行き渡らせるなんて、誰にでも出来ることじゃないよ」
「いやいや、みんな練習すれば出来ますよ。
僕は魔力が高くないので、少ない魔力量で、多くの魔法を広く使う術をたくさん練習しただけなんです」
「サム、君、もしかして、100の魔法持ち?」
「あはは、そこまでではないですけど、仲間達の魔法は、全部使えるようにしました。低魔力で発動できる分だけなので、劣化版ですけど」
ルートさんは、何故か困ったような顔をコーラに向け、
「コーラ、無自覚な夫を持つと苦労するね?」
「これでもマシになった方なのよ」
と言って、妻も困り顔を彼に向けた。
? どういう意味なんだろう?
疑問に思いつつも、僕は外に雪を取りに行く。
『ダンジョンのものはね、全て魔力で出来ているんだ。だから、摂取すれば、多少の魔力は回復するよ』
と入る前にルートさんに言われていたので、アイテムボックスにある飲み水は使わずに、ダンジョン産の雪を溶かして飲もうと思ったのだ。
その雪でスープも作り、みんなでお腹を満たす。
「しかし、ここのもの全てが魔力で出来ているだなんて、大盤振る舞いですね、魔力の」
ルートさんは、僕の言葉に、何故かにやりとした笑みを浮かべた。
「……大盤振る舞いでないと、いけないのさ。この星は」
「それは、どういう……」
「迷宮は、魔族が産み出しているって話したじゃない? 魔族はね、この星の有り余る魔力を消費する為に、迷宮を作っているんだ」
「やっぱり、魔族も竜と同じ、この星のシステムなんですね」
「その通りだよ」
「そんなに魔力を消費し続けなくちゃいけないって……この星は、一体……」
まさか『魔力の子』も、魔力消費の仕組みの一つだったりするのか?
だとしたら、星の都合でアプリは、酷な運命を背負わされたのか?
そんなこと、許されていい筈がない。
拳を握る僕に、ルートさんは少しだけ沈黙して、待ってくれてから話を続けた。
「サム、この星は、自力で魔力を大量生産する稀有な星なんだ。
それはね、この星そのものが、巨大な魔力炉だということなんだよ」
息を呑む。それが本当なら!
「魔力を消費し続けないと、溜め込んだ魔力が暴発するということですね?」
「そういうこと。いやあ〜、ヤバい所に来ちゃったよね〜」
僕らは今、魔力の爆弾の上で生活しているのと同義なのだ。
しかし、僕とルートさんの物騒な会話を意に介せず、アプリとウィンリィは、お腹いっぱいになると、すぐにソファで毛布に包まって寝てしまった。
極寒の中を長時間歩いたのだから、当然の結果だが、コーラまで、2人の横ですやすやと眠りについていて、僕も脱力してしまう。
「あはは。僕らも休もうか」
そう言って、ルートさんは微笑みながら、ウィンリィの頭をそっと撫でた。
目を閉じながら、僕は思いを巡らせる。
この星のことを、星が生み出したシステムである、竜と魔族のこと。
そして、『魔力の子』のことを。
ウィンリィがアプリを可愛がるのは、ただ、可愛いからだけじゃない。
きっと、高魔力で生まれた自分と魔力溢れるアプリを重ねているからだろう。
それ故の運命の過酷さも、失ってきたものの多さも、僕はこれから、ウィンリィを襲う多くの理不尽を事実として、知ってしまっている。
それでも、ウィンリィは――母さんは、元の世界に帰るべきなのだろうか。
向かいのソファで、コーラと共にアプリを挟んで眠る母の顔は、13歳の子供のソレで、僕はこの母が手にしている日常を奪うべきじゃないと思わずにはいられない。
それは、13歳のウィンリィに出会ったことと、これからの母の人生を知っているからに他ならなかった。
しかし、僕はこの後、母――ウィンリィのことを何にも知らなかったのだと思い知る。




