番外編 裏切り者の系譜
「お前らの命は一個しかねえ!
その一個を守れるのもお前らしかいねえ!
ヤバくなったら遠慮なく逃げやがれ! そのたった一個を全力で守れよ!」
これは、私が生徒にいつも言っていること。
生存率30%を叩き出しちまった前代、ロア=ライト。
その後釜に納まっちまった自分。
だからこそ、コイツらの生存率を上げたかったなんて、そんな殊勝な思いなんかじゃない。
『ライト先生!』
ちゃらんぽらんな私に纏わり付く小さな命。
ただただ、それを守りたかったロアの思いを知っちまったから。
守れなかった現実に、ロアが耐えられなかった結末を知っているから。
だからこそ、私は——
――――――――――
これは、サムの後輩リーン=ライトがチーフ指導教官になった時の話である。
「はあー今回の任務も、かったるかったああ!」
リーンは、軍の本拠地、『ガーデン』にて、任務完了の報告もせずに、中庭でだらけていた。
「リーン先輩、こんなところにいたんですか……探しましたよ、司令が呼んでます」
呆れ顔の後輩レクスに引きづられ、司令室へ向かうと、思いもがけない内容が彼女を待っていた。
「上級魔導士リーン=ライト、お前を本日より、flowersのチーフ指導教官に任命する」
「はあ!? チーフ指導教官て、正気すか??
こんな自分のことしか考えてないちゃらんぽらんぽらりーのな私に!?」
司令は、はあ……とため息を吐いて、
「そうだ。ちゃらんぽらんぽらりーのなお前にやらせる事は、決定事項だ。覆らない」
「はあ、何でなんすか……そりゃあ、ライト家は、指導教官の名家ですけど、前代が脱国して、その風習も、潰えていたじゃないですか……」
「一時的にだ。後継が触発されて、脱国する恐れがあったからな。今は、一世代挟んで、再開するには丁度良い頃合いと見ている」
「ええ……それにしたって、他にいるでしょーよ、適任者が!」
「結界術は、身を守るのに、最も重要な魔法だ。この国一番の使い手であるお前以上に、それを教える適任者は、いない」
それまで、だらけ切った態度とはいえ、一応、司令の正面に立っていたリーンは、くるりと踵を返し、
「はあ、そすか、なら、私、脱国します」
「それは困るな。ならば、これならどうだ? 指導教官としての仕事が始まるのは、お前が最も世話になったサムとコーラの娘が訓練生になる年からだ」
(ウィンディが、訓練生になる年? てことは、あと4年は猶予があるってことか、でも、)
リーンは、また司令の方を向き、更に、不敬になるなどと気を巡らすことなく、机をバン! と叩く。
「同じことっすよ! 後か先かなんて!」
「22歳、魔力が一気に減退するこの時期に前線を離れられるのは、好都合だとは思わないか?」
「ていうか、その歳には、引退しますから」
「国一番の結界師にそれが許されると思うのか?」
(えー……マジで逃げられなそーだなあ。)
「てか、カルテット制は? なくすんすか?」
「ああ、元の訓練態勢に戻す方針だ。4人に1人、付けられるほど、人数に余裕はないからな」
(はあー、この前の小国一斉爆撃で大量に大人の魔導士失ったからなあ……)
「やらないといけないんすよね? 分かりました。前代の時みたいに、生徒の生存率30%とかになっても、減給しないで下さいね」
「そんな前例はないがな。安心しろ」
「へ? 前代は、それが原因で逃げたんじゃないんすか?」
「ロアは、別の理由だ」
小さな声で、ぼそっと、『優しい奴だったからな』と司令が呟いたのを、リーンは聞き取る。
「ただの裏切り者じゃないってことっすね? 分かります」
「とにかく、現場入りは四年後だが、立場としては、今日からだ。任務以外の日は、現場の指導教官達に付いて、勉強しなさい」
「へ? や、休みは?」
「月に2回は、やろう」
リーンは、すでに脱国したい気持ちでいっぱいになり、ちくしょー! と捨て台詞を吐きながら、司令室を出て行った。
―――――
「リーン、お前が担当した子供達の生存率が出たよ」
数年後、彼女にそれを告げる司令官は、サムとコーラの親友、オーレンに代替わりしていた。
「そっすか……何%なんすか?」
「驚異の80%超えだ。国も褒賞と功績授与をするそうだ。良かったな」
リーンは、はあ、と溜息を吐いて、オーレンから目を逸らす。
「司令の息子は死んだのに、よくそんなこと、言えますね」
「ジーニアスのことは、誰のせいでもない」
リーンは、ギリ……と奥歯を噛み締める。
ジーニアスは国一番の優秀な回復士だった。その上、オーレンの義理の娘、ウィンディの恋人でもある。
更に、オーレンはリーンにとって、サムやコーラと同じく敬愛する先輩の一人だ。
彼女は、そんな先輩達の子供の命を一番に守るつもりで、彼らを導いたつもりだった。
(生存率が高くても、一番守りたかった命を守れなかったんじゃ、意味がない)
リーンは、思う。ロアは、どれだけこの虚しさを味わってきたのだろうと。
(ロアさんよ、私も結局、アンタと同じさ。都合よく戦争が終わったから、解放されそうだけど、そうじゃなかったら、私もきっと逃げてたよ)
「オーレン先輩、今後、自分はどうなるんすかね?」
「授与が済めば、取り敢えずの長期休暇が与えられる。元・教え子達の顔でも見てきたらどうだ?」
80%もの生存者がいるリーンには、勿論、たくさんの"生きた"元・教え子達がいる。
その中でも、彼女の心に残るのは……
「じゃ、先ずはオーレン先輩の家にお邪魔しまっす!……ウィンディに会いたいんで」
サムとコーラの一人娘、ウィンディであった。
「ウィンディか。あの子はな、今はそれどころじゃない」
「? どういうことっすか?」
「恋愛沙汰で忙しいのだ、娘は」
途端、輝いたリーンの金の瞳に、オーレンは、慄き、しまったと思ったが、時既に遅し。
「それは大変だ!! 今すぐ先生として、助言しなくちゃ!」
「止めておけ」
「ああ! 相手は誰なんですか?? 天国のジーニアスに代わって、自分がそいつを見定めてやりますよ!」
はあ、と深い溜息を吐いたオーレンは、仕方なく、その男の名を口にする。
「ルーン……ルーン=インターだよ。第一国筆頭魔道士のな」
「インター?……ヤバいっすね。だって、その系譜は……」
「そうだな。しかし、二人には関係のないことだ」
サムとコーラは、娘の未来をまだ知らない。
そして、彼女の選択が、どこに繋がるのか——
誰も、まだ知らない。




