第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第6話 大人達の対話とタイムパラドクス
「あら、随分、長湯だったわねえ」
男湯から出ると、女子三人はすっかり寛ぎモードだった。
子供組のアプリとウィンリィが、瓶牛乳を並んで飲んでいるのが、何とも微笑ましい。
ルートさんにこってり過去を搾り取られた僕は、ぐったりとコーラの隣に腰を下ろす。
アプリは飲み終えると、眠くなったのか、座椅子のクッションの上で丸くなってしまった。
「インター!」
「わっ! どうしたの? リィ」
牛乳をごくごくと飲んでいた僕の母――今は訳あって13歳の子供の姿のウィンリィが、飲み切った途端、ルートさんに飛びついた。
そして、鼻をくんくんと鳴らし、
「男湯は、白檀の香りかあ……女湯はね、柚子の香りだったよ!ほら!」
言って、背伸びをして、ルートさんの顔に、自分の頭を頑張って近付けるウィンリィ。
「……ほんとだ。良い匂いだね、リィ」
「えへへ! でしょ! 僕らしかいなかったからさ、アプリと一緒に潜りっこしたんだ!」
そうやって、無邪気に笑う13歳の母と、母に優しい笑みを向けるルートさん。
こんなに仲睦まじい二人が殺し合う未来をどうしても僕は受け入れることが出来ない。
しかし、潜りっことは。娘のウィンディも、乳白色の湯船に潜っては、僕とコーラを脅かしていたなあと思い出す。
さすが……血は争えないのかもしれない。
「サム、ルートさんに全て話したの?」
隣の妻が小声で聞いてくる。
「うん。母さんが、もうこの世にいない事まで、全部話したよ」
「そう……それで、大丈夫そうかしら?」
「うん。あの二人は、殺し合わない未来を選べると僕は思う」
「あなたがそう言うなら、大丈夫ね……きっと」
コーラが僕に寄せてくれる信頼にほっとして、僕は彼女に微笑みかけた。
「あっ、珍しくサムとコーラがイチャイチャしてる」
「しっ! リィ、そういうのは口に出さないで、そっとしとくのが礼儀だよ」
そんな二人のやり取りも見て、やはり、この二人は、殺し合わない未来を選べるはずだと確信する。
あれ? でも、そうしたら、僕は産まれて来れるのだろうか?
―――――
「僕って生まれて来れないのかな」
下の階層である落葉のフロアに降りてきた僕らは、ちょうど夜になったので、来て早々、結界を張り、就寝の準備をした。
アプリとウィンリィは、同じ防寒布に包まり、寄り添って寝息をたて、ルートさんは、先に辺りを確認してくると言って、席を外している。
先ほどの温泉で、ルートさんに未来の話をしてから、僕の頭の中は一つのことでいっぱいになっていた。
つまり、もし、彼らが元の世界に帰らなかったら、僕の存在は消えてしまうのではないかと。
「タイムパラドクスね。私は、あなたが今、存在してる時点で、それはないと思うわ」
妻の言葉に、安堵しつつも、懸念を拭えなくて、僕は疑問を口にする。
「じゃあ、13歳の母さん――未来では僕を産むはずのウィンリィが今ここにいることをどう説明付けるの?」
「……世界が分岐したのではないかしら? もしくは、あのウィンリィさんは、私たちの世界の彼女じゃない。並行世界のウィンリィさんなんじゃないかしら?」
並行世界――僕らの世界でも、ある程度研究されている分野ではあるが……
「はあ、コーラは、あのテレポート使い達が出した報告書、信じてるの?」
「ええ。だって、私にはテレポート魔法は、使えないもの。だから、使い手達が『見て来た』と、話すものを否定も出来ない。あなたは、違うの?」
『テレポート魔法と並行世界の理』という報告書が、うちの軍の図書館にある。
それには、高魔力交差によって、生じた次元の傷へテレポートすると、並行世界に繋がることがあると記載されているのだ。
「……面白いとは、思ったよ? でも、彼らが並行世界と目した世界で、撮った動画も写真も実存しないじゃないか……僕は、彼らは夢を見たのだと思ってる。
それに、」
僕は一度、言葉を切り、
「異世界転移だけでも、頭が、常識が追いつかないのに、並行世界まで絡んできたんじゃあ、もう僕、思考停止してしまうよ……」
「もう、あなた、私達のブレーンなんだから、しっかりして。気持ちは分からなくもないけれど、今の私たちはウィンディとアプリ、2人の娘達の親なのよ?」
「……う。ごめん、ちゃんとしっかりするよ。ウィンディに会えた時、父親として胸張りたいし!」
あれ? でも、その時には、アプリはこの世界に置いていくことになるのだろうか?
「コーラ、アプリは……」
「そのこともね、今はまだ、考えなくてもいいんじゃないかしら? アプリも、どんどん成長していくわ。気付いてる? あの子、スプリーンを出てから、背が5センチも伸びてるのよ?」
ええ!? 全然気付かなかった……流石、母親の目は見ているところが細やかだなあ。
「大人になったアプリが自分で決めるってことをコーラは言いたいのかな?」
「そうよ。子供はね、親にとっては、いつまでも何でもしてあげたい存在よ。でもね、それは、庇護下に置き続けるということではないと思うの」
話しながら、アプリを見つめるコーラの瞳は、とても穏やかで、優し気だ。
でも、僅かに揺らぐその瞳に、彼女の本心は、別のところにあると思わざるを得なかった。
僕は、彼女の唯一の夫として、コーラの肩を抱き寄せる。
「みんな、一緒にいられたらいいのにね」
「そうね……」
叶わない願いだとしても、捨てきれそうにない想いに、胸が締め付けられる。
この世界に来て、沢山の出会いがあった。
スプリーンで出会ったみんな。
誇り高く、深い優しさを持つ獣人たち。
星の冷徹なシステムでありながら、生き物の声に耳を傾け、寄り添ってくれた竜の一族。
皆、元の世界に戻ったら、二度と会えなくなってしまう。
「ただいまーあ。あらら、お邪魔だったかな?」
敵国の魔導士でありながら、頼れる異世界転移の先輩、ルートさん。
今は眠る、娘のアプリと、13歳の母――ウィンリィ。
みんな、これからもずっと関わっていきたい人達だ。
「ルートさん、お疲れ様です。で、この辺りは、分解系の虫型魔物でも出るんですか?」
「あっはは! サムってば、よっぽど虫がトラウマなんだねえ」
「で? 出るんですか?」
「それはね……」
僕は、無理に片目を閉じて、ウィンクを作り、ルートさんの顔を見上げた。
「見てのお楽しみ、でしょ?」
「あらま、言われちゃったね? その通りだよ、サム」
ふふふ……と互いに不敵に笑い合う。
「あらら、二人とも、随分仲良しになったのねぇ」
「あはは、最初から結構仲良しだよね? サム?」
「ふふふ。そうですよね? ルートさん」
僕らの間には、まだ埋まらない距離がある。
僕は、自分の持ち得る情報の殆どをルートさんに話したが、ルートさん側の事情は、何も聞いていないのだ。
でも、
「あなた、ウィンリィさんとルートさんの仲の良さも、いつの間にか許容しているものねぇ。もはや息子公認なのかしら?」
そうなのだ。
母の――ウィンリィの保護者としては、彼に絶大と言っても過言ではない信頼を僕は寄せている。
ただ、
「あくまでも、保護者としてね。ルートさんだって、15も下のウィンリィを、まさか、恋愛対象としては、見ませんよね?」
ルートさんは、眠るウィンリィに目線を巡らせてから、にっこりと僕に微笑みかけた。
「どうだろうね? 先のことは分からないよ? 誰にもね」
その笑みは、整った彼の顔を際立たせる素敵なものだったが、同時に背筋に冷たいものも感じてしまう。
彼の言う"先のこと"とは、元の世界の彼らが辿った結末のことなのか、それとも――
これから、この異世界で紡ぐ、ルートさんとウィンリィの未来のことなのか。
どうか、後者でありますようにと願う僕は、スノークの息子という立場を忘れてしまいそうなのであった。




