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娘を置いて異世界へ――飛ばされた夫婦の帰還冒険譚  作者: 相沢春人


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第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第7話 落葉のフロアとサムの成果

 閑とした寂しい階層。


 それが、最終階層手前にある――落葉のフロアと呼ばれる場所の印象だった。


 進むと、落ち葉を踏み締める音と、冷たい風の音だけが響く。


 しかし、突如、不自然に止んだ風と、消えた落ち葉に、僕らは言葉を失う。


 今まで戦った魔物が、生優しかったのだと思い知る程に。


――――――――――


 昨晩は、アプリの魔力を借りて、強固な結界の中で過ごした。


 朝起きて、朝食を取った後、それを解除すると、今までの階層と打って変わって、とても静かな場所だと思い知る。


 枯れ木と落ち葉のみの寂しい世界に、たまに吹く風は、冬の始まりを感じさせる冷たさだ。


「サム、コーラ、ここから先は、魔力補給の術がないと思ってね」


 何故? と聞くまでもなく、それを考えて戦えるような生優しい魔物はいないということだろう。


「分かりました。なるべく魔力消費の少ない戦法で退治して行こう、コーラ」

「分かったわ」

「あと、アプリ、ここから先は、僕ら大人達の指示なしで前線に出ないこと。良いね?」


 これは、昨夜、ルートさんとも相談して決めたことだ。

 今まで、アプリは獣人とはいえ、4歳とは思えない立派な立ち回りを見せてくれた。

 それでも、ラスト二階層は、子供が立ち向かうには危険過ぎる。


 ギルドの受付で聞いた話によると、腕利きのAランク冒険者ですら、ここから先に立ち入って行方不明になる者が山ほどいるらしいのだ。


「……分かった。でも、魔力が必要な時は遠慮なく使ってほしい。私もみんなの役に立ちたいから」


 アプリは、莫大な魔力量を所持する『魔力の子』だ。

 スプリーンを出る時に竜の作った魔力転送の魔法具を付けているので、今は暴発する恐れはないが、この世界では危険視される存在。


 しかし、僕とコーラにとっては、異世界でできた可愛い義理の娘でしかなかった。


「アプリ、有難う。寝る時とか、必要な時はお願いするね?」


 こくり、と娘が頷くのを見届けて、僕は、前方に注意を向けた。


 いざとなったら、アプリの魔力を借りればいいとはいえ、僕とコーラ――特に僕は、なるべく娘の力に頼らないで戦い抜く術を身に付けるべきだと思っている。


 アプリの訓練を担ってくれているルートさんも、そう考えている筈。

 ここまでの探査で、彼は、ほぼ手を出さずに、なるべく僕ら夫婦に考えさせるように誘導してくれた。


 お陰で、この世界の魔物との戦い方を大分学ぶことが出来たのだ。


「サム、注意はそのままで聞いてね。自分の出来ることに自信を持って臨んで。君は過小評価が過ぎるから」

「そんなこともないと思いますけど」


 彼の言葉は嬉しいけれど、慢心は禁物だ。

気持ちを引き締め直したところで、


 風が、ぴたりと止んだ。


 そして、周囲の地面を覆い尽くしていた落ち葉が、目に見えて、消えて行く。


「!」

「出た! みんな下がって!」


 ウィンリィに従って、全員、後ろに大きく飛び退き、距離を取る。


 そして、硬そうに見えた地面が、不自然にモコリと盛り上がり、昨日倒したきのこ魔物と同じくらいの巨体を、茶色の土がさらさらと流れ行く。


 土が落ち切り、顕になったその魔物は、薄緑色の半透明な体を不定形に唸らせていた。


 その異様な姿に、消えたように見えた落ち葉の正体を知る。


「アメーバ?? まさか、分解したのか? 落葉を!?」


「その通り。触れると……」


 ルートさんが、胸元から白いスカーフを出して、アメーバ魔物に向かって投げた!


 魔物に触れたスカーフは音もなく分解され……


 ぼとぼとっ!!


「土塊になった??」

「そ。もし、体内に入ったら――分かるよね?」

「っ! コーラ! 脳食いアメーバ並に危険な魔物だ!!」

「そのようねぇ。ま、何であろうと……」


 コーラがコーラルフラワーの魔法紋をアメーバの前と自身の前に展開させる!


「切るだけよ」


 そして、目の前の魔法紋目掛けて、居合い抜きを繰り出した!


 上手いし、判断が早い――僕ら二国の魔導士達は、遠距離攻撃と増幅のための魔法紋を持っている。


 アメーバの目の前の魔法紋から発現した斬撃は、その不定形な巨体を横一文字に薙ぎ払う!


 しかし、


 ぴたり――と、切断面が合わさり、元の形を取り戻すと、体を不定形に変化させながらこちらに襲いかかる!


「あら、一筋縄じゃ行かないわね」


 言って、素早く立ち回り、アメーバを翻弄するコーラ。


「コーラ! 僕の魔法弾で蒸発させる事も可能なんだけど、それだと、分解液が飛び散っちゃうんだ! だから!」


 母――ウィンリィも、攻撃を交わしながら、ちら、と僕の方を見る。

 僕は、隣のルートさんの顔を見て、


「攻撃の瞬間に結界で覆うしかない?」

「それも一つの手だね。だけど、本当にそれしか方法はないのかな?」


 僕は、母とコーラがアメーバを撹乱してくれているのを見ながら、考えを巡らせる。


 ルートさんが、僕に出来ないことをさせようとしたことは一度もない。


 必ず、他の方法があるし、それをする事が、僕自身の成長に繋がるはずだ!

 僕の持ち得る術式で、彼に見せたことのあるものの中にヒントがあるはず……


「結界……覆う……あ!」


 一つだけ、誰にも危害が加わらない方法が、あるには、あるが、まだ……


「コーラ!!」


 ウィンリィの叫び声が響く!

 

「え?」


 目の前には、纏う隊服の左半身部分を失った妻の姿!


「わあああああー!! ルートさん! 見ないで下さい!!」

「大丈夫だよ、サム。僕、人の物に興味ないから」


 半裸の妻の姿に、慌てふためく僕を彼は、顔色を変えずに、片手で制する。


「っ! コーラ! 体は無事!?」

「タグが作動したから無傷よ! だけど……」


 タグが発動したのに、服が分解された??

 つまり、タグが服まで覆うよりも分解スピードが早かったということだ。

 思った以上に、危険な魔物だ……悩んでいる暇はないか!


 改めて、コーラ達とアメーバの攻防を観察すると、分解スピードだけでなく、アメーバ自身の動きも早くなっているのが、見てとれる。


 更に、アメーバが体の一部を腕のように振るうと、濡れ雑巾を振り回した時のように、びしゃあっ! と分解液が飛び散った!


 それは、後ろに飛び退いた妻の体にかかりそうになり、


 じゅうっ!!


 すんでの所で、ウィンリィの拳のひと突きで出た魔法弾によって、蒸発した!


「有難う! ウィンリィ」

「ん! でも、そろそろ、僕らの動きの全てを読み取られちゃうね……サム!」


「分かってる!」


 僕は走る! アメーバに向かって。


 ウィンリィとコーラが相手をしているので、背中に難なく回り込めた僕は、術を発動させた。


 瞬時に透明な結界がアメーバを閉じ込める。


 しかし、アメーバの体がブワァッと膨らみ、結界全体に内側から張り付いた。


ミシ……ペキ……と崩壊の音を立てる結界。


 だが!


 僕は、結界の天井中央に向けて、魔法具を投げる。

 それは、小さなウルツ鋼が嵌め込まれた縄状の紐で、僕の魔力系で編まれたものだ。


 脳内で、拘束のイメージを念じると、その縄は、結界そのものを締めていく。


 締め付けが完了した頃あいを見計らって、頂上に登った僕は、ウルツ鋼に触れ、呪文を唱える!


反転インバート!」


 すると……


 見る間に土塊に変わっていくアメーバの体。


 ボトボトボトッ。


 終には、全て土塊に変わり、地面へと落ちて行った。


「お見事。外に向かう分解液の効果をアメーバ自身に反転させたんだね」

「はあ、はあ、はい……まだ未完成なので、発動核――ウルツ鋼に直に触れないと発動出来ませんが」


 本当は、あらかじめウルツ鋼を付けた魔法縄に反転結界の術式を組み込みたかったのだが。


「上出来でしょ。ウルツ鋼を手に入れてからほんの数日でここまで完成させたんならさ」


「は、はは……そうですかね……」


 正直、実践で使用するつもりはまだなかったから、ルートさんの意図が分かっても、逡巡してしまったが。


「でも、これが出来るなら、服が土に変わる前にやってほしかったわ……」


 はっ! コーラ! 汗をかきつつ、妻の方に振り返ると、半裸だった彼女は、替えの隊服を身に纏っており、僕は心底ほっとした。


 それにしても、結界の中で土に帰れば、その土が魔力に戻らないかと期待したのだが、


「倒したのに、土塊のままなんですね……」


 結界の中で魔力に戻るのなら、また、魔力吸収にありつけると思ったけど、そう上手くは行かないか。


「まあまあ、サム。ここの魔物は、魔力吸収を考えられるほど甘く無いって分かったでしょ? 無傷で倒せただけで、充分だよ」


 そうは言っても、考えてしまう。もっと良い方法があったんじゃないかと。


「分かってはいるんですけど、他の方法があるはずだと思うと悔しくて……」

「あはは、サムらしいね。僕、嫌いじゃないよ、君のそういうとこ」


 ふふふ、と笑うルートさんの笑みは、とても楽しそうだ。

 その表情に、強者の余裕を感じた僕は、この人は、その術を知っていると確信する。


「絶対、自力で術を見出して、いつか試してやる」

「頑張ってね。応援してるよ?」


 はあ、余裕だなあ。

 正直、僕はルートさんが羨ましい。

 第一国の筆頭魔導士を務めるほどの高魔力に、それを扱う技術力、その上、指導力まであるとは、非の打ち所がなさ過ぎる。


 もし、ルートさんが、ライトノベルの主人公だったら、確実に『俺TUEEE!!』系だろう。間違いなく。


「……サム、すごかったね。さっきのなんて言う魔法なの?」


 くいくいと、服の袖を引かれて、下を向くと、アプリが大きな赤い目を輝かせて、僕を見上げていた。


「ほんと! いつの間に、ウルツ鋼であんな凄い術式組んだのさ! 僕は単純な打撃魔法しか使えないから、君の技術力が眩しいよ」


 ウィンリィが、"羨ましい"と言わないのは、見えない僕の努力を理解しているからだ。


 まだ13歳だと言うのに、ウィンリィは、どこまで行っても、僕の知る未来の母だ。


「二人とも、有難う」


 忘れちゃいけない。ルートさんにはなれないけれど、僕の力を認めて褒めてくれる人達がいるんだ。


「少しは、自分のことを褒めてあげなさいな、あなた」


 言って、僕の肩をぽん、と軽く叩くコーラ。

 微笑む彼女に、僕も笑みを返す。

 しかし、今回の戦闘、妻の衣服を守れなかった僕は、大いに反省するべきだ。

 しなくちゃいけない。


「よし、とりあえず、周りに魔物の気配はないから、昼食にしようか。で、食べたら、下の階層への階段を探して、見つけたら、その近くで休んで、明日、最終階層へ向かうよ」


 いよいよ、この『時渡りの迷宮』の最深部が見えてきた。


 元の世界への帰り方のヒントが得られるかもと胸が沸き立つが、同時に――得体の知れない不安が脳裏を過ぎる。


 不安の正体も分からないまま、僕はこの先で、あり得ない体験をすることになった。


 そして、それは、恐ろしい事実に気付くきっかけとなる。


 しかし、4人の仲間達と共にあるこの時の自分は、露ほどにも、未来を憂えることは無かったのだ。


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