第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第5話 男二人の気まずい温泉
「ルートさん、迷宮探査の最中に、アレなんですが、ちょっとお話したいことがあります」
「それは、僕ら二人だけでってことかな?」
僕は、こくりと頷き、同義の意を示す。
彼は、先程の戦闘の振り返りをしている女子三人に目を向けながら、
「なら、ちょうど良い場所があるよ」
と言って、意味深に笑ったのだった。
――――――――――
「まさか、迷宮内にこんな場所があったなんて」
きのこ魔物を倒した場所から、徒歩五分。
今、僕らは『迷宮温泉』と書かれた暖簾が掛かる山小屋の前にいる。
「アプリ、温泉に入ったことある?」
「……ない。お湯が沸いてるの?」
「そうよ、とっても体に良いお湯がね?」
そう言って、山小屋の横の立て札の、疲労回復、魔力回復、睡眠の改善、肩凝り……などの効能を読み上げる妻。
激しい戦闘の後に、降って湧いた温泉イベントに、女子三人は、目に見えて浮き足立っているようだった。
「この先の階層から、寒くなるからね。ここで、英気を養って頑張れってことなんだと思うよ?」
「はあ、迷宮って、歓待もしてくれるんですね……」
まあ、この星の魔力消費が目的なのだから、それを手伝ってくれる冒険者達は、貴重な労働力なんだろうけど。
「さ! 早く行こう!」
温泉好きの母こと――ウィンリィに急かされて、僕らは、小屋に入っていく。
中は、女湯と男湯にきちんと分かれており、安心して、僕らは男女分かれて、脱衣所へと向かった。
脱衣所の中には、小さいけれど、棚があり、その上に籠が数個配置してある。
僕とルートさんは、適当な籠に衣類を入れていく。
「わっ! ルートさん、めちゃくちゃ鍛えてますね……」
高身長で、尚且つ、スマートな体型の彼のスタイルの良さは理解していた。
が、鍛え抜かれた筋肉は、分厚い軍服の下に隠れていたので、僕は思わず、率直な感想を述べてしまう。
「そう? 医者に言われて、何となく鍛えてただけなんだけど……」
医者? ルートさん、どこか悪いのだろうか?
疑問を口に出そうとした時、細いチェーンで首から下げられた小さな手帳が目に入る。
「ルートさん、それは?」
戦闘で無くならないように、結婚指輪を首に下げている仲間は、たくさん見てきたが……
「これね、僕のお守りなんだ」
彼は、丁寧に壊れものを扱うような手つきで外すと、籠の中ではなく、アイテムボックスの中にそれを大事にしまい込む。
「さ、行こう。話は湯に浸かりながらゆっくり聞くからさ」
背中を押され、これ以上は聞くなということなのだろうと理解して、僕は浴室への扉を開けた。
ガラララと音を立てて、中に入ると、大きな木造りの浴槽に、五つほどの体洗い場が湯気の中に見えた。
仄かに香る甘い木の香りは、白檀かな。
「女湯とは、完全に隔離されているんですね」
「うん。残念だけど、内緒の話をするには、もってこいの場所でしょ?」
「残念て、ルートさん、まさか、母と一緒に入りたかったとかじゃないですよね?」
「リィはねー……むしろ、入りたがるからさ。止めるの大変なんだよね」
そうだった! 母は、温泉どころか、お風呂も、誰かと一緒に入るのが好きな人だった!
大人の母ですら、成人した息子と嫁のお風呂に参戦しようとするくらいだから、今の子供の時分のウィンリィは……
「ま、安心してよ。男女混浴は、6歳までだよって、躾けてるからさ」
「そうですか、それならいいですけど……」
"敵国の大人の男に常識を教わっている、少女の母"という構図は、軍人としても、息子としても、複雑だ。
しかし、ルートさんの徹底した良き保護者ぶりに納得せざるを得なくなってきているのも、また事実。
悶々と考えつつも、体を軽く洗った僕は、ルートさんと湯船に浸かった。
おお、じんわりと体の疲れが溶け出して、とても心地良い……
「で? 話したいことって、君が知る未来のことかな?」
「はい、そうです。ルートさん、僕は、あなたのことを――母の保護者としてのルートさんを信頼しています」
向かいの彼は、目を見開いて、少しだけ驚いたように見えた。
「だからこそ、この先、元の世界に戻っても、あなたが母の――ウィンリィの敵に回ることは、考えたくありません。
その上で、僕を育てたウィンリィとルートさんが辿った結末をあなたに知っておいてほしいんです」
ルートさんは、顎の下に右手を当てて、少し考えるような素振りを見せ、
「……聞くよ。その様子じゃ、あまり良い話じゃないんでしょ?」
僕は、湯船に落としそうになる目線を彼から離さないよう、首から上に力を込める。
「はい。ルートさんは、母を含む三人の魔導士の手で、この世を去っています」
告げて、奥歯を噛み締めてしまう。
今、ウィンリィに、誰よりも優しくしているこの人に、こんなこと話したくない。
だけど、
「母――ウィンリィ、父――スノーク、そして、ジン。この三人は、第二国のトップ魔導士達でした。そして、ルートさんは、第一国の筆頭魔導士です。
激突は、必須だったのでしょう」
「? そうなった経緯は、分からないってこと?」
「はい。記録として残っているのは……」
僕は、生唾を飲み込み、最も告げなくてはならないことを話す覚悟を決める。
「ウィンリィの当時の最愛だったジンをあなたが、殺したということ。
そして、そのあなたを……」
今度こそ、ルートさんの黒曜石の瞳が大きく見開かれた。
湯気の向こうで、固まったその表情。
天井から落ちる水滴が、湯船に落ちる音だけが、やけに大きく聞こえる。
僕は、胸の奥を締め付ける事実に耐えながら、次の言を選ぶ。
そして――
「すみません……ルートさんを殺したのは、僕の父なんです」
言って、僕は、湯船に目線を落とす。
そうして訪れた沈黙は、湯の中にいるというのに、体の芯をこれでもかと冷たくさせた。
「……サム」
ふいに、ルートさんの声がして、顔を上げると、見たこともない神妙な顔つきの彼がいて、僕は、険しい顔で二の句を待つ。
「……ジンがリィの最愛ってどういうこと?」
バッシャアアアアン!
僕は、盛大に湯の中へ倒れ込んだ!
「ル、ルートさん! そこですか!? 突っ込むところ!!」
すぐに湯から顔を出して、叫んだ僕の顔を彼は、曇りなき眼で見据え、
「そうだよ。そもそも、敵国の軍人同士なんだから、僕とリィ達が殺し合うのは想定内の未来だよ。それよりも!」
ルートさんは、言葉を一度切り、溜めてから、
「ジンがリィの恋人!? アベルでもスノークでもなく?? あいつ、人畜無害の兄貴役装いつつ、リィを手に入れる機会を伺ってたってこと!?」
あわわ、こんなに荒ぶるルートさんは、初めてだ!
「えーと、落ち着いて下さい。ルートさ」
「これが、落ち着いていられると思う!? サムもさ、お父さんを差し置いて、お母さんに別に最愛がいたなんてこと、許容できるの!?」
「ええと、その、それは、複雑ですけど……」
「だよねえ!! ったく! どうなってるんだか……flowersってのは」
ああ、ルートさんの苛立ちが、ジンだけでなく、組織にまで及んでいる……
「はあ、ともかく、僕がスノークに殺される未来は許容したからさ。サムはそこのところ、悩まなくていいよ。
それよりもさ、ジンだよ。どんな経緯で、リィの恋人に収まったのか、君の知り得る限りの情報を聞かせてもらうよ? いいよね? サム??」
湯船の中で、有無を言わさぬ勢いで迫られ、僕は、固まってしまう。
「い・い・よ・ね? サム?」
「は、はい……知り得ることを全てお話しします……」
それから、温泉から上がった僕らは、脱衣所の椅子に居座り、ジンとウィンリィについて、話し尽くした。
更に、
「サムさ、元の世界のリィの端末とか、アイテムボックスにないの?充電だったらさ、アプリに貸した電撃魔法具で出来るから、奴の顔写真見せてよ」
その後……無事、充電出来た母さんの端末から発掘したジンとウィンリィのツーショット画像。
それを見て、静かに怒るルートさんに戦慄した僕がいたのは、また別のお話し。




