第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第3話 紅葉ダンジョンと恐怖のおやつ
地下一階は、紅葉のフロアだった。
イチョウの黄とモミジの赤に彩られた並木道。
それが迷路のように続く幻想的な光景だった。
しかし、木々の隙間を通り抜けようとしても、見えない壁に阻まれ、ここはあくまでも、ダンジョン内なのだと思い知る。
……更に。
「あっあれ! 一見、宝箱に見えるけれど、ミミックっていう魔物が化けている場合もあるんだ」
まだ4歳のアプリに優しく説明する僕の母――ウィンリィは、今は訳あって13歳の少女の姿である。
僕とコーラも初ダンジョンなので、その宝箱を遠巻きによく観察した。
「サム、コーラ、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ――見ててね」
ウィンリィは、右の拳に魔力を込めて、ミミックの上に振り下ろす。
バッコオオオオン!
「開けなくても、こうやって壊していけば大丈夫だからさ!」
……そ、それは、ダンジョン探索として、合っているのだろうか?
僕は、困惑の目を、ウィンリィの保護者こと、ルートさんに向けるが、彼はニコニコと笑みを浮かべて、両手を天に向けるばかりであった。
「あは! 当たりだ!」
宝石の詰まった宝箱を――中身ごと拳で叩き潰したのに、当の宝石は粉々になることもなく、無傷だった。
箱が壊れる直前まで、防御魔法でも張られていたのだろうか。
有難い話だけれど。
「これ、アプリの瞳の色と同じだね」
そう言って、ウィンリィは、赤い宝石が付いたネックレス型のアミュレットを手に取り、
「ほら、似合う。可愛いね」
アプリの首に掛けてやって、にっこりと笑った。
13歳とはいえ、はっきりとした美少女の笑顔に、まだ4歳の彼女は、頬を赤らめてしまっている。
「ねえ、君のお母さんさ、ちょっと目を離すと、可愛い子口説くんだけど、あれ、どうにかならない?」
「どうにもなりません。あれは、母にとって、当たり前の習慣みたいなものなんで」
母は、可愛い子が大好きなのだ。
「ふふ、ウィンリィさん、子供の頃から変わらないのね」
容姿端麗なコーラは、勿論、うちの母のあれをしょっちゅう食らっており、耐性が付いているし、見慣れてしまっている。
「サム、この階層はね、強い魔物は現れないよ。だから、宝箱を開けて、目ぼしいドロップ品を集めていくだけでいいんだ。楽勝でしょ?」
「そうですか……でも、魔物自体は、現れるんですよね? ミミック以外にも?」
「まあね」
「ルートさん、ちなみにどんな魔物が出るんですか?」
「それは見てのお楽しみ」
意味ありげに笑う漆黒の魔導士に、嫌な予感がしたが、それは程なくして、的中してしまう。
目の先に続く、足元の赤と黄色の美しい木の葉の絨毯が、突如盛り上がる。
落ちゆく葉の中から現れたのは……
「……わ、おっきなてんとう虫だ……」
人間ほどもある、丸く巨大な赤い体。
背中には七つの黒い斑点。
アプリの驚きと関心の混じった声に反応したのか、背を向けていたてんとう虫のような魔物が、こちらに振り返った!
ぶぶんっ。
「えっ、飛っ??」
キィン――。
チン、と、コーラが魔法刀を鞘にしまうと、大きなてんとう虫は、二つに分かれて、葉の中へと沈む。
そして肉体は消え、魔力の帯だけが妻の体に吸収されていった。
「あなた、しっかりしてちょうだい。いくら虫が苦手だからって、呆気過ぎよ」
「……ごめん」
この世界に来てから、目まぐるしい日々の中で、虫の存在など、すっかり抜け落ちていたことに気付く。
「へぇ、意外だな。二児の父親なのに、虫が苦手なんて」
「サム、虫苦手なんだ?こんなに可愛いのに」
葉の中から見つけたのか、ウィンリィは指の先に小さなてんとう虫をとまらせている。
しかし、僕は無邪気なこの13歳の母に物申したい!
僕が虫嫌いになったのは、そもそも、母のせいなのだ!
チョコが苦手な母が、ベッドの下に隠した高級チョコレートの箱。
それを見つけた子供の頃の僕は、胸をわくわく、ドキドキとさせて、意気揚々とその上蓋を開けた。
そして――地獄を見たのだ。
箱の中で蠢いていたのは、チョコではなく、無数の幼虫だった。
その光景は、子供の僕に深い傷を残したのだ。
「サム、落ち着きなさい。ウィンリィさんには、まだ、黙っておくのでしょう?」
「そうだった……有難う、コーラ」
小声で妻に静止してもらい、平常心を取り戻した僕は、とりあえず、目に魔力を纏わせて、魔物の出現にいち早く気付けるように気を配ることにする。
そして、その後も、蜘蛛やダンゴムシ、イナゴ……と虫型魔物が次々と現れ――どれも人の背丈ほどもある巨体だった。
コーラとウィンリィとアプリの三人で次々と倒しては、彼女達に吸収されていく魔物の魔力……
僕は、結界魔法や調節魔法でフォローに回り、ルートさんは、あくまでも、監督役のような立ち位置で、アプリに魔法具使用の指示を出すのみだった。
ふと、僕は思う。
もしかして、ルートさんも虫があまり得意ではないのではないかと。
そして、ついには、大きな芋虫型の魔物が立ちはだかったのだ!
コーラがすぐに刀を構えて、その、大木のように太い胴体に切り込もうとするが、
「あっ! コーラ! その子は倒さないで! インター!」
「了解。肉体固定」
え? エム・セックって、スプリーンで、獣人のグレイやシルバーが使っていた……
「肉固定魔法ね、食べるのかしら?」
いつもクールな妻の物言いの中に、戸惑いの色を僅かに感じた僕は、そんな馬鹿な! とその思いを払拭する。
しかし、
「アプリ!電撃魔法を弱火でかけてくれる?」
芋虫は、激しく畝りながら、一番近くにいたウィンリィに襲いかかっているが、彼女は、俊敏な動きで、翻弄するようにその周りを避け回る。
同じく、俊敏な動きで木の葉舞う猛攻の中へ、アプリは飛び込んでいく。
そして、ルートさんから借り受けた指輪型の魔法具を、魔物の前に翳し、
「収束電撃!」
指輪から電流が走り、やがて魔物の全身を青白い光が包み込んだ。
バタァン! と大きな音と、木の葉を巻き上げて倒れたその巨体からは、湯気が出ており、煎りナッツのような香ばしい匂いが鼻に届く。
「ふふ。良いおやつが手に入ったね!」
こんがり焼けた巨大な芋虫を前にする笑顔じゃないと、僕は突っ込みを入れたい。
「……ウィンリィ、これはどうやって食べるの?」
ああ、無垢なアプリは、食べること前提で尋ねている!認めたくないけれど、やはり……
「このまま食べられるよ! コーラ、小刀をお願い!」
可愛く手を合わせて、コーラにお願いポーズをする母。
妻は、にっこりと微笑みを浮かべて、かつての師であり、義母でもあるウィンリィに近付いて行く。
「ウィンリィ、どうぞ。返さなくても大丈夫よ」
「えっ?ちゃんと返すよ、切ったらさ!」
さくり、と軽快な音を立てて切り取られた小さなカケラを妻の前に差し出すウィンリィ。
「はい、コーラの分。口に合うか分からないから、とりあえずは、一口分だよ」
ぽてん、とそのカケラは、無常にも長い指を携えた美しい手の中に落ちていった。
固まったコーラの表情は、怖くて見れない。
「リィ! これ使って!」
いつの間にやら彼女達から距離を取っていたルートさんが、小さな調味料を母に投げて寄越した。
「インター! 気が利くね、有難う! コーラ、お塩を振るとね、更に美味しいんだよ!」
言って、固まり続ける妻の手の中にパッパッと軽く振りかけた。
「アプリも、とりあえずは、ひとかけかな?」
「……私は、たくさんもらいたい。良い匂いがするから」
そして、手のひらの長さの大きな塊を手にしたアプリは、塩を振り、それにかぶり付く!
「……はふ、はむ、暖かで、ふんわり柔らかで、美味しい……」
「良かった! 僕もこれ大好きなの!」
未知の食べ物の美味しさに、頬を紅潮させてかぶり付く娘を、僕はどこか遠い世界のことのように眺めていた。
気付けば、僕は女子三人から数歩離れた場所に立っていた。
無意識のうちに、徐々に物理的にも、距離を取っていたらしい。
あ、そうだ、元の世界に残してきた方の娘のウィンディは元気かな?
虫とか拾い食いしていないといいけど。
「サム、あれはね、カミキリムシの魔物の幼虫なんだ。僕らの世界じゃ、最も美味しいとされる昆虫食だよ」
同じく、距離を取り続けていたルートさんが、聞いてもいないのに教えてくれる。
「はあ、ルートさんは、食べないんですか? 美味しいんですよね?」
「んー、僕、タンパク質は、虫よりも、動物のお肉とか、大豆から取りたい主義だからさ」
へー……と半目で彼を見てしまう。
「あ、コーラがとうとう食べたよ? 可愛い娘と、義理の母に勧められちゃあ、断れないよねぇ」
ああ、ごめんね、コーラ。僕には無理だ、本当にごめん。後で肩でも揉んで許してもらおう。
恐怖のおやつタイムを終えて、僕らはまた歩を進める。
ルートさんが、下の階で使えるアイテムが出るはずだと言うので、この階層は、なるべく探索し尽くして、取れる物を全て手に入れようという話になった。
そして、気付く。
入った時は、真昼の明るさだったのに、辺りが暗くなってきていることに。
「外が夜になると、迷宮も夜になるんだ。夜になっても探査は可能だけど、僕らは子連れだからね。暗くなったら休んで、朝、明るくなってから活動することを薦めるよ」
ルートさんの意見に賛同して、野営の支度をした僕らは、迷宮で初めての夜を迎えた。




