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娘を置いて異世界へ――飛ばされた夫婦の帰還冒険譚  作者: 相沢春人


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第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第2話 幻惑と困惑の迷宮一階

 後ろに飛び退いたアプリに続いて、隣にいたコーラとウィンリィも口を塞いで、即座に下がる!


 僕とルートさんも、口を片手で塞ぎ、前方を警戒した。


 辺り一帯に甘ったるい香りが立ち込め、視界も、うっすらと濁りゆく。


「ドライアドだ……前に来た時は大人しかったのに、今回はやる気みたいだね」


 ドライアド!? あの草木の妖精の魔物の!?


「コーラ!ドライアドだって! 気を付けて!」

「……」

「コーラ!?」


 返答がない妻の背に、彼女の目線の先を見るが、何もいない。


「吸っちゃったか。サム、コーラは今、幻覚を見てる。僕らを攻撃してくる恐れがあるよ、気を付けて」

「っ!」


 既にウィンリィは、アプリの手を引き、コーラとも距離を取っている。


「ルートさん! ドライアド本体はどんな姿ですか!?」

「姿はね、頭に大きな花を咲かせた小さな妖精だよ。魔力探査にもひっかからないほどの」


 ガキィン!!


「……ね」


 コーラの鋭い斬撃をルートさんが受け止めた!

彼の手の中には、漆黒の銃身のハンドガンがあり、その側面で、コーラの魔法刀を止めている!


 片手で受け止めて、刃も通さない魔法銃を瞬時に生み出すなんて、ルートさんの実力をこれでもかと見せつけられた印象だ。


「あら? 感触が魔法刀じゃないわ……師匠、生成を変えたのかしら?」


 !? コーラが師匠と呼ぶのは、ただ一人、彼女の魔法刀の師、アベルだけだ!


「コーラ! アベル先生じゃない! 幻覚なんだ、それは!」

「……アベルに見えてるんだ。それは、少し不愉快だな」


 ざわり、と、辺りは明るいのに、体を真っ暗な何かに覆われていく感覚が襲う!

 この気配をルートさんが出しているのか!?


 キンっ! と音を立てて、コーラが刀を引き、彼と距離を取る!


「師匠、何か嫌なことでもありました?」

「あったかもねぇ………不愉快なことが。さて、」


 ルートさんは、コーラから視線を外さずに、僕の方へ声だけ向けて、


「サム、視覚共有は使える?」

「使えますけど、そんなことしたら、全員術中にはまっちゃいますよ!」

「それでいい! やって!」


 僕は、回復士よりの補助術師だ。精神汚染で体を離れてしまった心を取り戻すのに、視覚共有は使い慣れている。


 ルートさんを信用している僕は、言われた通りに、それを発動させた!


 すると、ルートさんの姿が消え、代わりにそこに立っていたのは……


「アベル……」

「えっ?」


 名を呼んだのは、僕でもコーラでもなく、母――ウィンリィだった。


「あら? サム、どうしたの? 今日の専門訓練は、チュラ先生の回復士専攻でしょ?」

「ええっ!?」


 耳に届く懐かしい幼なげな声。

 目の前の妻は、28歳の姿ではなく、


「……コーラが子供になっちゃった」


 アプリが、ぼそりと呟く。

 白の訓練服に、今よりも短い刀を携えたコーラの姿は、12歳くらいのものになっていた。


 気付けば、辺りの風景も、僕とコーラが幼少期に過ごした白基調の訓練棟だ。

 まさか! と僕は、自分の体にも目を向ける。

だが、大人の姿のままのようで、安堵した。


「コ、コーラ、覚えてないの? 僕達は……」

「コーラ! これは、幻覚なんだ! そこにいるアベルは本人じゃない、別人だよ! そして、君も、子供じゃなくて……」


 ウィンリィがアプリをひょいと抱き上げて、コーラの前に突き出し、


「この子のお母さん! 大人の女性だよ!」

「……コーラ」


 アプリが、彼女に手を伸ばす。

 12歳のコーラは、刀を置いて、その手を素通りして、体を持ち上げた。


「私の……娘?」

「……代理だけど」


 コーラは、不思議そうな顔をしつつも、アプリをいつものように抱き直す。


「誰との?」

「……あ、」


 当然だが、兎獣人のアプリは、僕とコーラの実の娘じゃない。アプリが言葉に詰まるのは当然のこと。

 それでも、僕らにとって、アプリはもう、大事な娘の一人だった。


「サムとのだよ!」


 僕がそれを話す前に、ウィンリィが、迷いなく、その言葉を紡ぐ。

 いつだって、躊躇わずに人の心の本質を汲み取る。母のこういうところが、僕はいつも眩しかった。


「サム? ああ、私、私……」


 コーラは、腕の中のアプリを地面に下ろし、


「そうだったわね、可愛い娘が増えたのだったわ。忘れていたなんて、どうかしていたわね……アプリ」


 屈んで、目の前の二人目の娘の頬を両手で包み、優しく撫でた。


 ほぼそれと同時にパシュンッ! と音を立てて、辺りの景色が元に戻る。


「ふう、みんなお疲れ様。おかげで、この通り捕らえられたよ」


 目の前に現れたのは、アベル先生ではなく、ルートさんで、幻覚が完全に解かれたことも理解した。


 更に、彼の手の中の白スカーフで包まれた状態の小さな妖精を見留めて、僕はコーラに早足で駆け寄る。


「コーラ! アプリも大丈夫??」


 アプリを挟んで、肩に触れて、軽く揺らすと、それまで、アプリを見つめていた彼女の赤紫の瞳の中に僕が映り、


「はっ! サム? 私、意識が飛んで、夢を見ていたわ……子供の頃の、訓練の夢」

「うん。そうだね、ドライアドの幻覚にやられたんだ。でも、ほら、ルートさんが捕まえたからさ」


 ルートさんの方に向き直ったコーラは、彼の手の中の妖精をじっと見つめた。


「……この世界にも妖精がいたのね。あれは私達には始末しにくいわねぇ」

「そうだね、僕ら一応、草花の妖精の子孫だから」

「……コーラ、サム、あの子は食べられるお野菜なのかな?」


 可愛い娘の無垢な問いに、僕とコーラは、顔を見合わせ、


「ふふっ!」

「ははっ!」


 笑ってしまう。そっか、最近、野菜を食べ始めたアプリには、ドライアドが覆うように纏っている葉っぱがお野菜に見えたのか。


「アプリ、妖精は食べられないよ。でも、お洋服代わりのあの葉っぱは、食べられるかもしれない。試してみようか」


 笑っている僕ら夫婦に代わって、ウィンリィが答える。


「リィ、君は、何でもかんでも口に入れ過ぎ。節度を」

「良かった〜。インターの顔だあ。

あのままアベルの顔のままだったら、僕、君のこと直視出来なくなるところだったよ〜」


 ルートさんの言葉を遮って、ペタペタと彼の顔を触るウィンリィの表情は、安堵で緩み切っていた。


「それは何よりだよ……ふふ」


 ひぃ。笑顔なのに、何か怖い。それは、どういう気持ちの表情なんですか? ルートさん……


 彼にびびりつつも、僕は、手の中の妖精こと、ドライアドに反転結界を施して、今は眠るそれを観察した。

 掌サイズの小さな妖精の頭には、大きな花。

背中には、透明なトンボのような羽が付いている。


「これがドライアドなんですね」

「うん。今は結界の中だから安全だけど、頭に咲いた花から、幻惑の花粉を飛ばすから、普段は気を付けてね」


 アプリとコーラも、初めて見る妖精を興味深げにまじまじと見つめている。

 その最中、ウィンリィが真剣な面持ちで、僕らを見ている事に気付く。


「サム、コーラ、二人は未来から来たんだね?」


 ウィンリィからの問いに、戦闘終わりの緩んだ心は、不意打ちをくらい、思わず「あなたの息子です」と打ち明けてしまいそうになった。


 が、


「ええ。混乱させるかと思って、話すタイミングを見計らっていたのだけど、日々が充実していて、すっかり忘れてしまっていたわ」


 言いながら、アプリにウィンクして見せるコーラ。

 さっき、ドライアドのせいとはいえ、一時でも娘の存在を忘れてしまっていた。

 しかし、可愛い娘のお陰で、僕ら夫婦の日常は、確かにとても鮮やかなものになっている。


「そっか。そうだね! 僕もね、今、凄く楽しいよ。三人に会えて、インターが保護者になってくれてさ」


 そう言って、ウィンリィは微笑んだ。


 が、その笑みには、ほんの少しの寂しさを感じる。

 さっき、アベル先生の名前を呼んだ時にも感じたものだ。


「詳しい話は、おいおい聞くね? 今は『時渡りの迷宮』攻略に全力を尽くそう!」


 前向きで明るかった母らしい言葉なのに、何かを無理に飲み込んでいるかのような違和感を感じてしまう。

 でも、僕もまだ、彼女に自分が「未来から来た息子です」とは、打ち明ける勇気がないので、気付かないふりをした。


 そうして、迷路のような蔦紅葉の中を歩き続け、何体かの植物型の魔物を倒し、地下に続く階段に僕らは辿り着いたのであった。


― オマケ―

―母の恋模様? ―


「ルートさん、母から、アベル先生のこと、どういう風に聞いていますか?」


 ルートさんの度重なる態度を慮るに、母からいろいろと聞いているということは、容易に想像できる。


 女子3人が先行して前を行く中、チャンスだと思い、話を振ったのだ。


「サムも感じたんだね? リィとアベルがただならぬ仲だってことを」


 そこまでじゃないし、何より、アベル先生には、


「ただならぬ仲って何です? 彼、未来では結婚していますよ? 僕の回復士の師匠チュラさんと」


「それ、あの子には言わないでおいてくれる? 

リィはね……」


 ルートさんは、意味ありげに言葉を切ってから、


「アベルのことが好きだからさ」


 と告げた。


「……………」


 拝啓、会ったことのないお父さん。

 13歳の母は、アベル先生のことが好きだそうです。

 どういうことですか? 子供の頃のあなた達の間に何があったと言うのですか?


 既にこの世にいない両親に問いただしたい気持ちでいっぱいになる僕であった。


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