第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第1話 キスと初めての迷宮(ダンジョン)突入!
「……大きくなったねぇ、リィ」
そう言って、微笑む彼の顔は、全てを諦め切ったようで、
「……さよならだよ、ルート=インター」
別離を告げられても、笑みを浮かべたままだった。
2人の決別の隣で。
真紅の瞳の彼は、彼女に寄り添うのではなく、並び立ち。
灰銀の瞳の彼は、並び立てなくとも、心は、彼女に預けている。
今日全てを終わらせる覚悟を持って、四人の魔導士は、対峙した。
ああ、始まってしまう……変えられない過去が。
分かっていても、止めたくて、僕は叫ぶ。
未来を選ぶしか出来ないのだと、知っていても……
――――――――――
『時渡りの迷宮』に挑む権利を得た僕らは、街から歩いて、二時間ほどの山の入り口に来ている。
オータンは年中秋のように穏やかな国だが、季節がないわけではない。
微かに四季があり、今は青々とした葉が茂る季節である。
しかし、迷宮が鎮座するこの山は、その影響か、年中、紅葉の季節らしく、黄色や赤が鮮やかに山道を彩っていた。
「サムとコーラは、唇の横に付けるね」
チュッと、触れた場所から、懐かしい暖かな魔力が全身を巡る。
『タグ付け』と呼ばれるそれは、僕とコーラの国特有の魔法だ。
キスで発動するそれは、子供のうちしか使えない最強の防御魔法である。
「ぶっくくっ! サム、君さ、どんな気持ちで付けてもらってるの? それ」
笑いを堪えて、お腹を抑えるルートさん。
彼は、僕がウィンリィの将来の息子だと知っている。
「アプリは、ほっぺたにするねー」
4歳のアプリに、チュッと短いキスを落とす13歳の母を視界の角に捉えつつ、僕はルートさんをジト目で見上げた。
「……複雑ですよ、それはもう、色々とね」
「あっはは! でもさ、第二国の魔道士にとっては、当たり前の行為なんでしょ? タグ付けって」
確かにその通りなんだが、しかし、
「戦場では、しのごの言っていられないので、気にしませんが、それ以外の場……例えば、訓練などで付ける場合は、誰とするのかは気にしますよ? 一応」
ルートさんは、意外そうな顔をして、僕の顔を覗き込み、
「そうなんだね……でもさ、リィはサムほど思慮してなさそうだよねえ? あの様子だと」
可愛いアプリにキスが出来て、ほっくほくの上機嫌になっている母は、確かに何にも考えて無さそうに見える。
そのまま、母が先陣切って歩き出したので、僕は疑問を投げかけた。
「あれ? ルートさんは付けないのですか?」
「ああ、僕は」
「インターには、毎朝付けてるから大丈夫だよ」
……ん? 毎朝?
「付け直してもらってもいいけど?」
「必要ないよ、ちゃんと付いてるから」
……毎朝って、毎日?
毎日、母が父以外の男に、キスしてるってことかー!?
会ったこともない父さん、あの男の暴挙を許してもいいのでしょうか?
『いいわけないだろ』
――byイマジナリー父
僕は、母と連れ立って歩き出したルートさんに向かって早歩きで近づいていく!
一言! 一言物申してやらないと! 気が済まない!
そして、ルートさんの肩に手を伸ばした、その時!
「はいストップ! 待ちなさい、サム」
「コーラ……」
妻の手が、伸ばした僕の手を優しく、しかし、力強く握った。
「気持ちは、わかるわ。でも、ここは見知らぬ異世界よ。持ち得る自衛の策は、全て投じるべきだわ」
「う……確かに」
「それに、タグ付けは、鮮度が命。戦場でも、毎朝付け直すことが義務付けられてたでしょ?」
「う……そうだね」
「そうよ。納得できたかしら? 出来たわよね?」
「うう……はい」
分かる。分かってる。コーラの意見は、僕らが受けてきた生存の策の基本だ。
分かってるけれど! 何か嫌だ……
「コーラ、サムはどうかしたの?」
思い悩む僕の様子が、余程おかしく映ったのか、心配そうにコーラに聞く母の声。
「ふふふ、遅くきた思春期と戦ってるのよ。そっとしておきましょう」
はあ、もう、『時渡りの迷宮』に入る前から徒労感でいっぱいだ。
「着いたよ」
ルートさんに告げられて、辺りを見渡すけれど、入り口らしい入り口は見当たらず、ただ鬱蒼とした木々に囲まれた中に、背の低い灌木が続く様が広がるのみだ。
しかし、
「灌木の中に道がある?」
「その通り。さすがはサムだね。やっぱり見えたんだ?」
こくり、と頷く。そう、ほんの少しだが、魔力で出来た歪みが見えている。
「ちょっと狭いけど、ここを抜けたら、開けた場所に出るんだ! さ、行こ!」
母に急かされて、僕らは身を屈めて、灌木を掻き分け、中に入る。
そこには、人一人分程の幅の道があり、膝を着き、中を少し進むと、蔦に覆われた開けた空間に出た。
蔦には、赤く色付いた紅葉のような葉が付いており、とても綺麗だ。
「御伽話の中みたいねえ、アプリ」
「……うん、この実、食べられるのかな」
蔦には、濃紫色の小さな実が付いている。
「あ! アプリ、それ甘くて美味しいけど、食べた後、舌ビリビリしてくるから、食べちゃダメだよ」
母さん、異世界の、しかも、ダンジョン近くの未知の実を食べたのか……
「サム、君のお母さんさ、森に入ると成ってる木の実、片っ端から口に入れていくんだけど、どうにかならない?」
ルートさんが苦笑いしながら、小声で問うてくる。が、僕の知っている母は、そんな迂闊なことをする人ではなかった。
僕を育てた母とそっくりだが、今、目の前にいる13歳の母、ウィンリィには決定的な違いがある。
それは、きっと……
「ウィンリィは、ルートさんを余程、信頼しているのでしょうね」
母は、この人を信用している。
敵国の魔道士であるはずのこの男を。
無垢な子供でいられるほどに。
この二人に、僕が知る彼らの結末を話すべきじゃないのだろう。
でも、ルートさんには話しておいた方がいいような気はしている。
何か、間違いがあって、彼が母の敵に回ることのないように予防線を張りたいのだ。
「信頼ね、どうかな。
リィはさ、やる時はやる子だと思うよ」
ふっと、翳りのある笑みをこぼしたその顔に、言葉を掛けようとしたその時!
ざざざっ!!
アプリが後ろに大きく飛び退いて、
「口、塞いで!」
今まで、聞いたことのない声をあげた。
―オマケ―
―タグ付けのこと―
「えっ? ルートさんには、口にしてるの!?」
「うん。だって、唇にした方が、強力に付くじゃない?」
「そっ、そうだけど! 僕やコーラ、アプリには、口にしなかったじゃない?」
「サムとコーラは夫婦だし、アプリは、まだ4歳だから、初キスは好きな人との方が良いかと思って。ちなみに、インターは独り身で、経験済みの大人だから、口にしても構わないって本人が言ってたよ」
僕は怒りを抑えて、ちら……とルートさんを見やる。
「サム、どう? 僕の躾は行き届いてるでしょ?」
「どの口が、それを言うんですか? ルートさん……」
楽しげな声音に、わなわなと手が震えたが、コーラに釘を刺されていることを思い出し、何とか堪える。
父の不在をこの時ほど恨めしいと思ったことはない。
会ったことないけども。




