第3章 13歳の母と漆黒の魔導士 第9.5話 番外編 ルートとウィンリィの初時渡り【ルート視点】
これは、僕とリィが初めて時渡りを経験した時の話。
「っ、リィ、大丈夫?」
ダンジョン最深部にて、高い魔力を放出していた部屋を探索していた僕ら二人。
全く魔力を帯びていなかった姿見にリィが触れた瞬間、事は起きた。
強い光が鏡から溢れるのと同時に、触れていたリィの手が中へ吸い込まれて行き……
次に目を開けると見覚えのある森。
腕の中には小柄な少女。
咄嗟に彼女の手を掴んだからか、部屋の中にいる人間ごと飛ばす仕掛けだったのかは定かでないが、少女の温もりに、心底ほっとした。
「うーん、インター? 何か頭の中、ぐるぐるする……この感覚、初めてこの世界に来た時みたい……」
リィのこの症状は、急に魔力が空になってしまった時の副作用の代表例だ。
そう。あの時と同じで、魔力も空っぽになってしまっている。
「やっぱり、異世界転移と時渡りの仕組みは同じなんだ。飛ばされた直後、魔力が空になるのも、対象者のそれを動力に発動させる術式だからか? ならば、同等の高魔力同士のぶつかり合いで生じる魔力交差は、ゲートを開くためだけに作用している可能性がある。あと……」
魔力交差に晒された体の防衛本能が、転移を引き起こしている可能性有り。更に、異世界転移と時渡りが人体に及ぼす作用の酷似。これは、異世界だと思っていたこの世界が、途方もなく過去の……
「……インター」
「……」
「インターってば!」
「はっ! ごめん、なあに? リィ」
「色々と熟考中、申し訳ないけど」
ぐううううう〜
「お腹空いたよ、ご飯どうにかしよ?」
あらら、半泣きだ。
「アイテムボックスの中の食料から作れるものを用意するね!」
僕らは、魔物の気配から遠く離れた場所を野営地に決め、腰を下す。
「うう、お腹空き過ぎて、気持ち悪いよ……早く食べたいから、僕にも手伝わせて」
リィは、体の小ささの割に魔力容量が巨大だ。空になった時の不快感は、空腹時のそれの何倍にも膨れ上がってしまう。
故に、早く用意してあげたいのは、やまやまだが、先にこれを渡さないと。
「はい、リィ、とりあえず、これで身を守ってね」
「メリケンサックだ……有難う。素手で魔物退治しなきゃいけないと思ってたよ」
可憐な彼女に似つかわしくないそれは、この世界で一番硬い鉱石、ウルツ鋼で出来ている。
岩どころか、砕けないものはないと、露店商に言われて購入したものだ。
「僕はこれにしようっと」
自分用には、剣を出して、腰に携える。
これから、魔力が回復するまでの間、僕らは肉体のみで戦わなくてはならない。その為の武器は、常時、アイテムボックスに入れてある。
リィには、ペティナイフも渡して、根菜の皮剥きをお願いした。
僕としては、皮ごと調理してしまいたかったのだが、一度、おやつにと、野菜の皮でチップスを作ったら、彼女のお気に入りになってしまい、それ以来、野外調理時の定番品となってしまっている。
火は、火打ち石をアイテムボックスに常備しているので、難なく付けられた。
鍋で野菜を炒めてから、手持ちの水を入れ、沸騰させる。
繊細な作業が苦手なリィは、灰汁取りの時には離脱して、周辺警戒をしてくれていたが、何も出ず、料理は完成間近であった。
しかし、
「ガルルル」
本当にあと少しで食べられるところで、魔物が現れてしまう。
3mはあろうかという巨大な熊のような魔物に、リィは、怯むことなく立ち塞がり、
「僕、本当に本当に! お腹が空いて、限界なんだ! だから」
す……と、彼女の空気が鋭利な刃物の切先と化す。
「加減しないよ」
バキッ! ドゴッ! ゴギッ!
魔法なしで、メリケンサックのみの拳で、ボッコボコに凹んでいく魔物の体。
魔物は、それでもめげずに噛みつこうと、牙を剥き出しにして、大きな口を開けたが、
バキィンッ!
太く鋭い2本の牙は、あっさりと、ウルツ鋼メリケンサックによって、地に落ちていく。
僕は、味の最終確認をしつつ、それを見て、可愛いのに末恐ろしいなあ……と他人事のようにその惨劇を見守った。
―――――
「ふええ、美味しい。グスッ」
「あはは、お疲れ様。たんと召し上がれ」
感激のあまり、半泣きで食べるリィを可愛いなと思いつつ、僕もシチューを口に運んだ。
「はあ、さっきの魔物、少しでも魔力が残ってたら、肉固定でお肉ゲット出来たのになあ……」
「まあまあ。まだまだ在庫あるからさ、焦らなくても大丈夫だよ」
いつもは、物凄いスピードで食べ尽くすリィも、この時ばかりは、味わって、いつもよりゆっくり目で食している。
「はあ、ご馳走様。一国のシチュー、美味しくて僕、好きだな」
「ふふ、それは良かった。二国は、カレーが主流なんだっけ?」
「そうだよ。カレーはさ、何入れても美味しいと思うんだけど、仲間はそうじゃなかったみたいで、僕、作るの禁止なんだよね……だからさ、インターは、手伝わせてくれるから、楽しいよ、僕」
おや、嬉しいことを言ってくれる。
「そだ、インターってさ、魔力空っぽでも、アイテムボックス使えてるよね? 何でなの?」
「うーん。特に何もしていないよ? 強いて言うなら、ボックス内の魔力循環を良くしてるかなあ……常時ね」
リィは、驚いた顔をして、
「常時!? つまり、電池的な効果を魔力に持たせているってこと??」
「そうだよ」
「何ソレ、そんなの、チートじゃん。インターさ、ルート=インターじゃなくて、チート=インターに改名しなよ」
「……ダサいからごめんだよ」
何だろう、リィは、少し、ほんのすこーし、センスがズレているように感じる……
「 むう! ダサくないよ! スノークみたいなこと言うなあ。僕のネーミングセンスは、安直かつ、ダサくないもんね」
べっと舌を出す仕草は可愛らしくて、ほっこりするが、スノークの名が出たことにだけ、僕は眉を寄せてしまう。
「リィってさ、話しても、可愛いままだけど、言動にセンスを感じないことが多々あるよね」
「そ、そんなこと……あるのかも……悔しいけど、仲間達にもたまにソレ、言われてたんだ……特にスノークに」
しまった。話題がスノークから離れない。でも、どんな風に奴が言ったのか気になるな……はあ、もう読んでしまうか。
僕は、リィに気付かれないように、読心魔法に認識阻害をかけて作動させた。
『スノーク! 草花人の名付け辞典見つけたよ!』
『ふうん、あ、チェリーブロッサムだ。君のお父さん、そうじゃなかった?』
『そうだよ! ふむ、名前案は……チェリー、ブロッサム、サムか……この中だと、僕はサムが良いと思うな!』
『俺はそれ、安直かつダサいと思うけど』
『なっ! そ、そんなこと、お父さんの名前は、ダサくないもん!』
『あ、君のお父さん、サムだったか。それはごめん』
『……むう。君だって、スノーフレークでスノークじゃん。変わらないでしょ』
『ふ、まあそうだね。君もウインターコスモスでウィンリィだし?』
『そうだよ。僕らの名付けは、花から取るの今も定番でしょ?』
『わかった、わかったから、そんな拗ねた顔しないで』
『むう、別に拗ねてないもん』
『まあ、その顔も可愛いけど』
はい終了! 全く、隙あらば、くどこうとして! 子供のくせにとんでもない奴だ!
「インター? どしたの? また熟考してる?」
「えっ? ああ、何でもない、何でもないよ」
「?」
―半年後―
「ねえ、サム、僕、君の名前の由来知ってるんだよねぇ……」
「え? チェリーブロッサムだから、サムなだけですけど、由来も何も」
おや? サムは知らないのかな? 自分のおじいちゃんと同じ名前だってこと。
「それだけじゃないんだけどね? リィにさ、聞いてみなよ」
「……それ、母に全部話せってことですか? まだ早いですよ、それに」
彼は、言葉を切って、考え込む仕草をしてから、
「ルートさんと過ごす『今』が母は楽しそうですしね、だからまだ黙っておきますよ」
そう言って、笑みを浮かべたサムの顔は、2人が笑った時の顔にそっくりだった。




