第3章 13歳の母と漆黒の魔道士 第9話 世界一硬い鉱石と娘の成長
『時渡りの迷宮』を目指して、4日目。
とうとう、今日、上難度の依頼を片付けることが出来れば、立ち入る資格を手にすることができる。
「へぇ、ウルツ鋼の切り出しね」
ルートさんは、顎の下に手を添えて、考える素振りを見せた後、
「今日は、4人全員でサム達の依頼地へ行って、その後、アプリの訓練を兼ねた依頼を見学しよう」
昨日、アプリは、見事に中難度の依頼「コウモリ型魔獣の討伐」をやり遂げた。
今日は、これまでの訓練の総仕上げで、また中難度の依頼をアプリ1人で達成させるつもりのようだ。
獣人とはいえ、まだ4歳のアプリに中難度の依頼をやらせるのは、正直、気が気でなかったが、
「……出来ることがふえるのがとても、嬉しい」
と、はにかんで答える娘を見たら、何も文句は言えなかった。
本当、女の子のお父さんは辛い。
「あの、ルートさん、ウルツ鋼って、まさか、ウルツァイトと鋼の混合鉱石なのでしょうか?」
「うん、そうだよ。僕らの世界じゃ、あり得ない夢の鉱石だよねえ」
そうなのだ。トップのモース硬度を誇るウルツァイトと人工的に生み出された人類の叡智、鋼。
本来なら混ざることのない物質だ。
「ウルツ鋼はね、鋼の構造の中に、格子状にウルツァイトが入り込んで、混ざり合った鉱石なんだ」
「魔法で生み出されたのでしょうか?」
「その可能性はあるね」
「でも、自然発生した鉱石のようですよね?山で採掘なんて」
「これは僕の仮説だけど、ここは死火山なんだ。まず、ウルツァイトが出来て、その地表で、前文明が鋼の製鉄所を作り、その上に隕石でも落下したんじゃない?」
そんな稀有な状況、現実に起こり得るのだろうか。
「更に言うと、大昔に魔法大戦があったらしいから、人工的に魔法を用いて作られたのかもしれないね」
あ、そっちの説の方がしっくりくるなあ。
「何にせよ、あれを切り出すのは至難の技だよ」
話しているうちに着いた鉱山は、街から歩いて1時間ほどの山中にある。
100年前に、依頼主の前代が掘り進めた横穴があり、4人全員、そこへ足を踏み入れた。
ルートさんが掌に灯り代わりの炎を出すと、坑道の壁面を所々覆う黒から茶褐色の鉱石が照らし出された。
「わー! 綺麗な黒だね! インターの瞳の色みたい!」
母――ウィンリィ……訳あって今は、僕より歳下の13歳の彼女は、屈託ない子供らしい感想を述べる。
そんな母に、ルートさんは、にこりと微笑み、壁面から大きくはみ出したウルツ鋼をコツコツと、ノックした。
「見た目は、上等なウルツァイトのそれだね……でも、鋼がしっかり混ざってる」
探査の魔法で目を凝らすと、信じ難いが、本当に、ウルツァイトと鋼の混合物のようだった。
「サム、コーラ、見ててね」
ルートさんが、空いている方の手の中に、魔法で小型のナイフを生み出す。
探査の魔法の目を向けると、高魔力の圧縮品だと見てとれた。
ウルツァイト単体、鋼単体ならば、容易く切り込むことが出来るだろう精度だ。
しかし、それをウルツ鋼に向けて、軽く振り下ろすと、
パキンっ
と音を立てて、刃先が折れてしまった。
「コーラ、本物だ。これ、切れるかな?」
「今、チャレンジしてみるわね」
コーラが、肩を落とし、両掌を上に向けて、魔力を集中し始める。
僕らは、見守るように距離を取った。
すうっと、コーラの手の中に見慣れた刀が現れ、その出来を指でなぞったり、刃を返したりして、確認した彼女は、構えることなく、斬撃を繰り出す!
ガッギイイイイイン!!
火花が散り、思い切り弾かれたような大きな音が響いたが、僕の妻は、よろめくこともなく、その場に真っ直ぐ立ったままだ。
「硬いわね……でも、たかが鉱石の一つ切れないと、我が師、アベルに顔向け出来ないわね」
アベルとは、母の同期だった魔法少年で、コーラに魔法刀を教えた人だ。
彼の名に、ルートさんの気配が、少しだけざわつくのを肌で感じたが、母からアベルの話を聞いていたのだろうか。
「あなた、これの切れ味と強度を限界まで整えてほしいの」
「ん。任せて」
僕はコーラの魔力で出来た刀を手に取り、魔力を目に、掌に、集中させる。
妻が作りあげたそれは、隙のない密度の魔力で形成されており、一見、これ以上の手を加える必要は無さそうに見えた。
しかし……
「あった」
一糸乱れぬ魔力粒子の隙間に、微細な乱れがある。
まずは、そこを整えて、更に僕の魔力で格子状の魔力粒子を編成し、覆うように刀全体に配置。
最後に、刃部分の更なる鋭利化を図り、コーラの魔力粒子を再編成。
「はい、どうかな?」
妻は片手で頭上に刀を持ち上げて、観察する。
「……見事ね。これなら切り出せると思うわ」
言うが、早いか、彼女がウルツ鋼目掛けて再度、斬撃を繰り出した。
ズゴゴゴ……と音を立てて、横2m縦1mほどの長方形に切り出されたウルツ鋼と、同時に抉り出された周りの岩壁が地面に落ちる。
「見事だね、2人とも」
「いやいや、殆どコーラのお手柄ですよ」
「サムの調整なくしては、なし得なかったわよ? 良い加減、自信を持ってね? 旦那様?」
「そうだよサム! 2人とも凄いよ! 僕だったら粉々に粉砕しちゃって、こんなに綺麗に切り出せないよ!」
確かに、母は、拳闘士タイプの魔法少女で、切り出しとかは出来ないとは思う。
けど、ウルツ鋼を粉々とは、彼女の二国一の高魔力を持ってすれば、可能だと思われるので、顔が引き攣ってしまった。
「ねえ、あなた、これ欲しいのだけど」
「えっ!? な、何で?」
「いざという時のために、実物の武器も持っておきたいわ」
「そ、それは、確かにあった方がいいけど……こればかりは、ヘムタイトさんに聞いてみないと……っていうか、購入しないといけないんじゃないかな?」
この世界に来た時、僕らの魔力は、ほぼすっからかんだった。
その状態から、弱い魔物を倒して、地道に魔力を回復させていった経験のあるコーラは、ずっと考えていたのだろう。魔法に頼らない術を。
「魔法が使えない時の攻撃手段として、強固な武器は、持っていた方が良いよ。
リィにも、ウルツ鋼で出来たメリケンサックを与えてるしね」
僕が頷くと、ルートさんは、更に言葉を続ける。
「サム、反転結界、魔獣3体が限界だって、言ってたね?」
「ええ。なので、ペット捕縛ならまだしも、実戦投下は無謀でした」
「これを使えば、実戦でも常用出来るよ」
「ええ!? 本当ですか!?」
「ウルツ鋼はさ、力を加えられると、反発するように魔力を発するんだ」
あ、そうか!
「捕縛した魔獣の抵抗を利用する?」
「その通り。もちろん、それだけじゃ維持は無理だけど、発動時に込める持続用の魔力を小さくすることが出来るから、魔力を温存できるでしょ?」
捉えた魔獣の力にもよる……そこまで想定して、込める魔力を調整するのは……
「サムなら出来るよね?」
心を読んだかのような言葉に、ルートさんの顔を見ると、自信たっぷりに微笑まれた。
何だか、この短期間の間に、えらく信頼というか、評価されている気がするなあ……
「はは、善処します」
そんなこんなで、ルートさんの後押しもあり、僕らは、自分達の武器加工用に新たにもう一塊切り出してアイテムボックスにそれをしまう。
そして、坑道を出て、昼食を取った後、今度はアプリの依頼地へ。
何だか見覚えのある道だなあと思っていたら、何と!
「ここ! この前の薬草ゴーレムがいた場所じゃないですか?!」
まさか、アプリの依頼というのは……
「うん、そうだよ。君とコーラが達成したあの依頼、今日はアプリ1人でやってもらうからね。
お父さんは……」
「黙って見てること! だよ」
ルートさんと母に釘を刺されて、僕は立ち尽くす。
獣の表皮だけを綺麗に溶かす薬草の採取。
人間である僕とコーラだからこそ、難なく達成できたあの依頼を、4歳のアプリが、兎獣人のアプリが、1人でやるだと!?
僕の心配を他所に、ゴーレムの気配をこの場の誰よりも早く感じ取ったアプリは、颯爽と森の中から、開けた草原へと飛び出して行く!
認識阻害を見破る魔法を目に集中して、ゴーレムの姿を見とめた僕の前で、容赦のない岩拳の一撃が、娘を襲う!
「わあああー! 潰されちゃう!」
しかし、小柄なアプリは、更に身を小さく屈めて、四つ脚で軽快にゴーレムの足の間を潜り抜けた。
当たらなかった岩拳は、地面を抉り、振動が僕らのいる森にまで響く!
アプリは、振動をものともせず、背中に登り、薬草を掴んで、毟った!
切り口からほとばしる汁が、アプリの可愛らしいお顔に降りかかる!
「わあああ! アプリが溶けちゃう!」
しかし、アプリを覆う薄い防御膜に阻まれて、汁は弾け飛んで行く。
「サム、大丈夫だよ。カマイタチ魔獣の前にね、簡単な防御魔法を教えたんだ。更に、その後の訓練で、獣人のスピードで動いても、ぶれないくらいには仕上げたよ」
安心してね、とウィンクされたが、僕はそれでも気が気でなく、叫び続けた。
「わあああああー!!」
すると、胸ぐらを妻に掴まれて、
「あなた? ちょっと静かにして下さる?」
「……ごめんなさい」
怒られたのだった。
―――――
「心が砕け散るよ……」
今、僕は、見事やり遂げたアプリを抱きしめて震えている。
「もう、サム! そんなに青ざめて! お父さんなんでしょ!? アプリを信じて、どっしり構えてなよ!」
「ぶふっ!」
「ふふっ!」
ああ、ウィンリィが未来の僕の母だと知る、ルートさんとコーラが吹き出している。
「あはは、サムは、娘に関してだけ、豆腐になるメンタルを鍛えないとね?」
「あなた、ウィンリィとルートさんの言う通りよ。しっかりしてちょうだい」
そんなこと言われても、元の世界に置いてきた実の娘のウィンディのことだって、心配なのに、もう1人、可愛い娘が出来た僕の心は、ガラスよりも脆い自信がある。
「……サム、私、やり遂げたよ? 褒めてくれないの?」
腕の中の娘は、心許ない表情を浮かべ、僕の心情を伺うように見つめてくる。
「うっ!……凄い、凄いよ、とっても凄い! でも、ごめんね。僕、心配性なんだ……ほんとごめん」
情けない父親代理で申し訳ない。
それでも、アプリが嬉しそうに笑ったから、今後もこの子に自信がつけられるなら、様々なことにチャレンジさせてやりたいとは思う。
子供のために、心を砕くのも、親の務めだと思うから。




