第3章 13歳の母と漆黒の魔導士 第8話 反転結界の限界と最強鉱石
『時渡りの迷宮』を目指して、今日で3日目。
あと上難度の依頼2件達成で、立ち入る資格が手に入る。
僕とコーラは、昨日受けた上難度の魔獣討伐。
アプリは、ウィンリィと中難度の魔獣討伐をした後、またルートさんに魔術指導を受けるそうだ。
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「さすがに10体は、骨が折れたわねぇ……」
「お疲れ様!」
倒し終えて、地に膝を着いた妻に駆け寄って、手を取り、すぐに回復魔法をかける。
討伐したグリズリー型魔獣は、全長が3メートル級の巨体だった。
彼らの一撃で凹んだ地面や、抉られた樹々が痛々しい周囲に、改めて攻撃力の高さを実感し、ぞっとした。
しかし、パワータイプの魔獣相手ならば、素早い剣撃が得意なコーラは、難なくその攻撃を躱し、無傷である。
ただ、魔力をふんだんに含み、重く分厚い肉の壁を10体分も切り裂くのは、体力の消耗が激しかったようで、僕の目にも、妻が疲弊していく様子は、日を見るより明らかだった。
「ごめんね、コーラ。僕の魔力量がもっとあったら、反転結界で捉えられる数も増やせたんだけど……」
昨日、ルートさんには、半数は捉えられると話してしまったが、魔力と体力を万全にしても、3体が限界だった。
「あなたにしては、目測を見誤ったわねぇ……」
「面目ない………自信過剰になっていたよ」
最近、褒められる事が多くて、正確な自分の力量を勘違いしていたかもしれない。
「まあ、あなたは少しぐらい自信過剰な方が良いとも思うけど」
「いや、現場でそれは許されないよ。今日だって、コーラの実力があったから何とかなったけど、それ以上の強者だったら、目測を見誤ったでは済まなかった。これは重く反省するよ。本当にごめん」
妻を危険に晒すダメな夫だ、僕は。大事な人を失わないために培った細かな魔法は、平凡な僕の魔力量でも扱えるものが沢山ある。
それに比べて反転結界は、便利だが——戦術に組み込むには重すぎる。
今も、魔力がほぼ残っていない僕は、コーラの残存魔力を使って回復魔法を発動させている。
「あなた」
手元から顔を上げると、眉を顰めた妻の顔。
「? どうしたの?」
「あまり思い詰めないでちょうだい。あなたは凄い人よ。今回は、思ったよりできなかったかもしれないけれど、この世界に来て、得た自信をなくさないで、お願い」
ああ、コーラは、元の世界にいた頃から、もっと自信を持ってとよく僕に言っていた。
異世界に来てから、グレイが僕の魔法で喜んでくれたり、竜のカイやイオ、敵国の筆頭魔導士であるルートさんに褒められたりしたことが、僕の自信になっていたのだ。
「うん。ありがとう、コーラ。得たものは、なくさないよ。認めてくれた人の気持ちを蔑ろには、絶対にしない。いつも肯定してくれる君の気持ちもね」
納得してくれたのか、コーラは微笑んでくれた。
しかし、回復を終えて立ち上がった僕は、魔力切れでふらついてしまう。
その様子に、妻は心配を通り越して、呆れた様子で、「私に回復魔法をかけている場合かしら?」と言いながら、魔力結晶の頭花を分けてくれた。
夫として情けない限りだが、これが今の自分の実力なのだと、認めなくては。
その後、鉱山の周囲を見て回って、見落とした魔獣の巣がないことを確認して、ギルドに戻った。
―――――
「ほ、本当に、たった2人で掃討してしまわれたのですか!?」
「ええ、何とか」
ギルドには、昨日も待機していた依頼主が居て、僕らは捕まってしまった。
「あの、また、申し訳ないのですけど、新たな上難度の依頼を今から受理して貰うので、受けてもらえませんか!?」
上難度か。あと一件で『時渡りの迷宮』に入れる僕らとしては、願ったり叶ったりではあるが……
「あの、依頼内容は、どのような?」
「今しがた、あなた方が魔獣を取り除いてくれた鉱山に入り、『ウルツ鋼』を切り出してきてもらいたいのです」
聞いたことのない鉱物だ。
「ヘムタイトさん、流石にそれは、無理じゃないですか?」
受付のお姉さんが口を挟む。
「難しい依頼なのですか? 鉱石採掘は」
「サムさん達は、異世界旅行者でしたね。なら、ご存知ないのも無理はありません。ウルツ鋼は、この世界一の強度を誇る鉱物なんです。切り出しには、特殊な魔法具を用います。
魔法で切り出せる者もいますが、王宮が認めた国家魔導士でも、跳ね返されて、怪我を負った事例もあるくらいです」
「ヘムタイトさん、魔法具は、お借りできるとかですかね?」
目の前の、30過ぎほどの男性はしょんぼりと体を縮こませて、とても申し訳なさそうに口を開く。
「すみません。先代の時代に、故障して、それきり修理もしていないので、貸せる物もありません」
聞けば、ヘムタイトさんの鉱山は、最近亡くなった先代から相続したもので、魔法具が故障してからは、長らく放置されていたそうな。
「先代が、鉱山に無法者が立ち入らないように、躾けた魔物を警備に配置したのですが、年月が経ち、近隣の魔獣と交わったようで、私が立ち入った時には、魔獣だらけになっていたんです」
それで、魔獣調査からの退治依頼だったわけか。
「正直言うと、依頼料もかかりますし、あれをどうこうするつもりはなかったんです。
でも、王宮から『ひと月以内に、ウルツ鋼を献上すべし』と王命を賜りまして……報酬も大金だったので、慌てて依頼を出していたんです」
「この方! 魔獣調査から討伐、ウルツ鋼の採掘までを一息に依頼で通そうとしたんですよ!
そんなの、一気にやったら死人が出ますよって、注意して、分割にしたんです」
なるべく安全に依頼をこなせるように考えてくれているとは、この世界のギルドがちゃんとしているのか、オータンのお国柄なのか、このお姉さんの人柄なのか、どれにせよ、感謝だなあ。
「その節は、すみません。期限がひと月しか無かったものですから。それで、あの、ギルドに張って、依頼達成の瞬間を見逃さないようにしていたんです」
「それで、昨日もいらしたんですね」
「はい、そうなんです。それで、あの、受けてもらえますか?」
うーん。僕の独断では、NOだ。未知の異世界の鉱物なんて、切り出せる魔法具もなしに、依頼を受けるのは時間の無駄ではないだろうか?
「受けるわ」
「ほっほんとですか!?」
あー、即断即決の妻、コーラが受けてしまった………
「コーラ、何か考えがあるの?」
「考えはないけど、意図はあるわ」
どういう意図だろう? まさか、僕に自信をつけさせるとか、かな?
しかし、元々硬すぎる上に、魔導士の魔法を跳ね返すとなると、跳ね返せない魔法刀の生成が不可欠になるが……
「コーラ、僕の調整魔法で出来ることは、あくまでも、元の精度を少し上げる程度のものだよ?」
「分かっているわ。とりあえずは、切ってみるだけよ、私の魔法刀で」
言って、ウインクをして見せる妻。
ルートさんもアプリに向けてよくしている仕草だ。
僕はもう子供ではない。
それでも、昔から落ち込む僕を一番に励ましてくれたのは、いつもコーラだった。
同い年だが、姉のような存在だったから、子供扱いも致し方なし、かな。




