第3章 13歳の母と漆黒の魔導士 第7話 捕獲の結界と託された指輪
朝食後、僕らはそのままギルドの依頼掲示板へ向かった。
ウィンリィは、アプリの回避訓練に適していると言って、スライム退治をチョイスし、僕とコーラは、ルートさんの勧める上難度の依頼にチャレンジすることにした。
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「依頼にペット探しなんてあるんですね」
「まあ、逃げた家畜の捜索の延長だよね」
「ケットシー……猫みたいな魔物なのね」
僕らは今、受けた依頼のケットシーを探して街中を歩いている。
「ケットシーのシータちゃん。齢150歳、認識阻害と、砂嵐の魔法を使う。飼い主が代替わりしたことに納得せず、7日間のストライキの末に、行方知れずになる……か、これって、捕まえたところで、また逃げ出しそうですよね?」
「何に不満があるのかは、本人に聞いてみないと分からないけれど、僕らにどうこうできる問題じゃないと思うよ? それよりも、捕まえられるか、だね。ケットシーはね、大型の魔物を倒すよりも、骨が折れるよ〜。しかも、無傷で生け取りだし」
ルートさんの言葉は、数時間後、僕らを一刀両断する。
とんでもなくすばしっこい上に、近づこうとすれば、認識阻害系の魔法で姿を隠し、オマケに、後ろ脚で盛大に砂魔法をかけて行く。
僕の目でそれを追えても、砂つぶてで視界を遮られ、小さな体は一瞬のうちに、建物の隙間に入り込み、見失う。
これを無傷で、とは、かなりの難題だ。
「あなた、もう軽く殴打して、動きを止めてから捕縛して、回復魔法をかけるしかないんじゃないかしら?」
涼しい顔で物騒なことを言う妻だが、今、僕は、彼女の掌に出来た引っ掻き傷を治療中だ。
猫そっくりとはいえ、ケットシーは、魔物。
爪の一振りで、コーラの両掌は深く切り刻まれてしまった。
僕自身も、砂嵐の魔法で体中細かい擦過傷を負っており、彼女の言うことに同意してやりたい気持ちでいっぱいである。
だが、
「コーラ、まだ試してみたいことがあるんだ。申し訳ないけど、付き合ってくれないかな?」
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「いやあ、お見事だったねぇ」
今、僕が持つ籠には、がっくりと項垂れたケットシーが入っている。
「反転結界ね。あなたらしい発想よね」
「認識阻害をあらかじめ全身にかけて、身を潜めて、ケットシーが飛び込んで来た瞬間に、反転結界で閉じ込めて、拘束する。シンプルで良い作戦だ」
「あはは、お陰で魔力すっからかんですけどね」
そう。使い慣れている認識阻害はともかく、反転結界は、後輩である二国一の結界師リーンから教わった魔法だ。
『小賢しい先輩なら、楽勝ですって!』
『そうそう! 上手ッスね!』
『はあ、これで、三国の魔物捕獲任務、代わってもらえますよね!』
勝手なことばかり言っていた後輩の顔を思い出す。
反転結界は、外側に向かう結界の力を内側に反転させるもので、生捕りに適した魔法だ。
しかし、食う魔力は、波の結界の倍で、平凡な魔力量の僕には荷が重い魔術である。
「コーラもさ、何度もケットシーを取り逃して、気配と行動パターンを良く理解して、サムの場所までうまく誘導してたね」
「ええ、私達の世界にはいない生き物だから、尚更、覚えやすい気配だったのが幸いしたわね」
ギルドにケットシーを提出しに行くと、丁度、母ことウィンリィとアプリもいて、合流することが出来た。
「サム達も無事に依頼達成出来たんだね!アプリもね、凄かったんだよ! スライムの水鉄砲を全部躱せるようになってね!
明日は、カマイタチを飛ばすイタチ型魔獣を使ってトレーニングしようと思ってるんだ!」
ウィンリィのその言葉に、僕は目を丸くし、コーラは、あらまあと口を開く。
「ちょっ、ちょっと待って! み、水鉄砲から、突然カマイタチって! 殺傷能力上がりすぎじゃない??」
「えー、タグ付けるもん。大丈夫だよ」
タグとは、僕ら二国の魔道士が子供のうちだけ使える制約魔法で、ただの一度だけ、どんな攻撃も跳ね返す防御結界を張る魔法だ。
「タ、タグだって、一回しか防げないんだよ!?」
「一回防げれば、充分! 僕が助けに入れるから」
「確かにそうだけど、でも!」
「あなた、ウィンリィに任せましょう。アプリもやる気満々のようよ?」
コーラに嗜められて、足元のアプリを見ると、紅潮した頬で握り拳を作り、うんうん!と頷いている。
「……アプリ、でも、カマイタチはさ、当たると痛いと思うよ?」
我ながら、当たり前で幼稚な表現だなあと思う。
「……大丈夫だよ、サム。カマイタチは、イタチの魔獣だって、聞いたよ? それなら、多少動きの予測はつくから」
聞けば、獣人の村にいたイタチ獣人のお友達と鬼ごっこをしたことがあるそうだ。
「ふう。サムはさ、可愛い子には無茶をさせろって言葉知ってる?」
「それを言うなら、旅をさせろですよ、ルートさん」
じと目で睨む僕に、彼は、回りには聞こえない小さな声で、
「明日は僕も見てるし、少しは13歳の頃のお母さんを信じてあげたら?」
と囁いたのだった。
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2日目、僕とコーラは、今度はルートさんなしで、中難度の鉱石の採掘場に出没する魔獣の調査依頼を達成。
当初は、上難度3件をこなして、最短で『時渡りの迷宮』に入る資格を得る予定だったが、アプリの自衛訓練に時間をかけたいとの思いもあり、中難度を挟みつつ、様子を見ることにしたのだ。
そして、夕飯時に合流した僕らは、香ばしい揚げ物とハンバーグプレートのジューシーな肉汁の香りの中、各々報告をし合う。
アプリは、午前中にウィンリィとイタチ型魔獣を使った回避型訓練、午後は、ルートさんによる魔術指導を無事にやり遂げたそうだ。
「それで、明日は魔獣の一斉討伐を受けたんだ? 2人で大丈夫?」
そう。鉱石の採掘場付近には、放棄された頃よりも遥かに多くの魔獣が住み着いていて、調査報告の際、ギルドに来ていた山主が、即座に魔獣討伐の上難度依頼を出したのだ。
「魔力も体力も万全にすれば、不可能な依頼ではないわ」
「調査の際、コーラが邪魔だと言って、ほとんどの魔獣を倒したんです。
で、残りはグリズリー型魔獣の巣のみですので、10体ほどです。それなら、コーラ1人で充分倒せますし、僕も反転結界で半数は、自由を奪えますしね」
ルートさんは、ほう………と感嘆の息を漏らし、
「単純な討伐依頼なら、2人とも敵は居なさそうだね。安心したよ」
「アプリもね! 今日、攻撃の手段も覚えたから、明日は討伐までやってみようと思うんだ!」
初めて会った盛場で、あの時と同じエビフライ定食を美味しそうに食べながら話すウィンリィ。
しかし、話の内容は、僕にとっては、かなり物騒である。
「攻撃の手段って? ルートさん、どんな魔法を教えたのですか?」
「この子に適した魔法具を貸しただけさ。ね、アプリ?」
アプリも、エビフライ定食を美味しそうに口に頬張りながら、こくりと頷いた。
「その、右手の親指にはまっている指輪ね?」
コーラの言葉の通り、アプリの親指には、見慣れない銀製の指輪がはまっており、小さいが、黒い宝石も付いている。
「黒いトルマリンですね……電気系ですか?」
「あはは、さすが、サム。そうだよ。その魔法具には、僕の身内が込めた電撃魔法の術式が入ってる。
持ち主の魔力を必要分だけ吸収して、魔法を放てる優れものなんだ。
アプリはさ、魔力転送の腕輪があるとは言え、まだ、自力で魔力を使うことに抵抗があるみたいだったから貸したんだ」
トルマリンは、電気を帯びる鉱物で、電撃系の魔法の補助具によく使われる。
中でも、黒いトルマリンは、魔法具として一番力を安定的に発揮できる鉱物だ。
でも、
「身内って、ルートさんの大事なものなのではないですか?」
「うん。だからね、アプリには『貸す』ことにしたんだ。いずれ、自力で魔法を発動させる勇気を得た時に返してもらう約束なんだ」
言って、アプリにウィンクするルートさん。
「……うん。必ず、ルートさんにお返しする」
ルートさんの身内の話を聞きたいと思ったが、何分、元の世界では敵国の人だし、今はやめておいた方が無難かな。
あと、アプリの恩人であり、今は母――ウィンリィの保護者でもある彼を疑うわけではないが、後で、術式の構造も確認しておこうと思う。




