第3章 13歳の母と漆黒の魔道士 第4話 朝食と依頼内容
合流した僕らは、コーラ達が市場で買ってきてくれた朝食を公園の芝生で食べることにした。
僕は、アイテムボックスにしまっていた大きなレジャーシートを広げ、みんなに座るよう促す。
「インター、あれ出してー!」
「はいはい、どうぞ」
母に言われてルートさんが懐から出したのは、大きな白いスカーフ。
母はそれを自分とアプリの前に敷いて、先程買ってきた大量のマフィンをその上に綺麗に並べていく。
「えへへ、これはね、子供の分だよ。一緒に食べようね、アプリ!」
満面の笑顔を向けられたアプリは、少し顔を赤くして俯いた。
あんな笑顔を向けられては、アプリでなくともたじろぐだろう。
「はい、私達大人組はサンドイッチよ。あとこれは、つまめそうな果物とお野菜ね」
コーラは、自然な動きでお野菜と果物も、その白いスカーフの上に乗せていった。
「2人とも、お野菜も食べるわよね? もちろん」
母は、じっとコーラを見てから、今度はアプリに目を向け、口を開く。
「コーラ、もちろん頂くよ! ありがとう! さ、アプリ、お野菜も食べようねえ」
母には好き嫌いがない。しいて言うならば、チョコが苦手だ。
しかし、アプリはこの野菜を食べるのは久しぶりか、下手したら、初めてなのではなかろうか?
昨日のエビフライも、キャベツの千切りを不思議そうにフォークで掬って、これまた不思議そうに口へ運んでいた。
スカーフの上には、プチトマトと、それと同じサイズのミニカブ、芽キャベツとブルーベリーが並んでいる。
「2人とも、このソースを付けて食べると良いわよ」
「あ! これ、マヨネーズ的なやつだ! インターのアイテムボックスにもあるよね!」
「あら、流石、保護者さんね」
「まあね。サム達こそ、レジャーシート持ってるなんて、流石、小さな子供の親だよねえ」
よく晴れた空の下で、子持ちの親が家族でピクニックという和やかな朝だが、僕らはこの後、初めての依頼をこなさなきゃいけない。
食べつつ、ルートさんが、取得した依頼書の内容を説明してくれた。
「これねえ、希少な薬草を採取する仕事なんだけど、目視じゃまず見つからない草なんだ」
「これにしたんだ!? インター、この子、草というか、魔物じゃない? 何でいつも薬草扱いなんだろう?」
母こと、ウィンリィが気になることを言う。
「魔物ってどういうことですか?」
「この薬草さ、認識阻害系の魔法を使うんだ」
草が、魔法を?
「あらまあ、面白いわねぇ。でも、私たちの祖先も草花と会話していたらしいし、異世界に魔法の使える草がいても、何ら不思議ではないわね」
コーラの順応の早さに口を挟むより先に、ルートさんが声を上げた。
「あれ? サム、いつの間にコーラに話したの?」
「いえ、まだ何も話してませんが……」
「あら、あなたのことだから、もう話を詰めてるんじゃないかと思っただけよ」
僕ら夫婦は、5歳の時分から互いをよく知る幼馴染だ。この程度の以心伝心は、そんなに珍しいことじゃない。
とはいえ、確認もなしに異世界から来たと話してしまうとは。相変わらず、妻の即決力にはいつも驚かされる。
「なあんだ。インターもう聞いちゃったの?」
「うん。ごめんね、興味が湧いてさ」
「……むう。聞くなら僕が先に話したかったのに……」
2人のやり取りを聞きながら、どこまで母であるウィンリィに開示するべきか悩む。
僕が息子であることは、まず秘密にしないといけないし、第二国出身とは言っても、生きた時代も違うわけで、話が噛み合わなくなる可能性もあるし……
くいくいっ。
突如、服の裾を引っ張られて、目線を移すと、アプリの大きな赤い瞳とかち合った。
「……サム、これ、この小さいの、昨日のお野菜と同じ匂いがする」
手に持っているのは、芽キャベツだ。
「んーとね、同じ味だし、形も似ているんだけど、別の種類なんだ。昨日のキャベツが大丈夫なら、それもきっと食べられると思うよ?」
アプリは、これまた不思議そうにそれを掲げて見上げてから、マヨネーズ的なソースを絞って、口に入れる。
何とも言えない顔でもぐもぐしている姿は、昨日のキャベツも苦手だったのかなあ? と思わせるもので、僕はぷっと吹き出してしまった。
「あら、アプリは芽キャベツが苦手なのね。でも我慢して食べて偉いわ」
頭を撫でられて、アプリは少し嬉しそうだ。
「コーラ! 僕も食べてるよ! 偉いでしょ? 頭撫でてほしいな」
コーラにとって母は、義母であり、かつての師でもある。子供の頃、ピーマンが苦手だったコーラに母は、
『苦いのが嫌なんだよね? 湯がいたら苦味消えるから、美味しく食べられるよ! きっと!』
と言って、食べさせることに成功していたのだが。
「ウィンリィも偉いわね、よしよし」
「えへへ、ありがとう、コーラ」
妻は、かつての師だった母の甘えに難なく答えてやっている。
今、どんな心境なのだろう?
「それでさ、認識阻害系の魔法を使う薬草のことなんだけど」
しまった。すっかり思考も話も逸れてしまっていた!
「サム、君、見たところ、認識阻害得意だろ? だったらさ、見破るのも得意なんじゃない?」
なるほど。見つける技術さえあれば、初心者でも手が出せる依頼というわけか。
「そうですね、自信はあります」
「よし。じゃ、食べ終わったらすぐに群生地に向かおう。ちなみに、僕とリィは見てるだけだからね」
「あっ、でも、困ったらヒントは出すよ! あと、アプリの身の安全は任せて! アプリ、今回は見てるだけにしようね。被れるといけないし」
? 被れる? 毒性のある植物なのだろうか?
「ウィンリィ、被れたことがあるのかい?」
「え、えと、僕はないけど……アプリは、その、」
誰もいないのを確認すると、母は僕の耳元に口を寄せ、小さく囁いた。
「獣人だよね?」
ああ、そうだった。母は、認識阻害を見破るのが得意な人だった。
パワータイプで、探査系は苦手な筈なのに、仲間のためにそれを克服した人なのだ。
「ウィンリィ、最初から分かっていたんだね」
「うん。君のは隙がなくて、かなり見えづらかったけどね。で、あの薬草の汁は、動物の皮剥ぎに使われるんだ。毛ごと綺麗に表皮だけを溶かすから高級料理店が高値で依頼を出してるんだってさ」
ぞっとした。そんな草、アプリに触れさせるわけには絶対にいかない。
「人間だと、何ともないんだけどねえ。特有の成分や魔力に反応しているんだろうね」
ルートさんもアプリを見つつ、話を続ける。
「……分かった。私、今回は邪魔にならないようにウィンリィにくっついてる。でも、次は役に立てるよう頑張りたい」
アプリのその言葉に、この場にいた大人3人は顔を見合わせ、アプリに目を移し、コーラと僕は彼女に手を伸ばそうとしたが、
「アプリ! 子供はね、生きてるだけでいいんだよ! それで、ご飯食べて、寝て、元気でいてくれたら、それが一番、大人は嬉しいんだ。ね! サム、コーラ!」
言って、ぎゅうううと母がアプリを抱きしめたので、僕らは手を引っ込めて、代わりにうんうんと力強く頷いた。
「ウィンリィが言いたいこと全部言ってくれたわね」
「本当だね。有難う、ウィンリィ」
「あっはは! リィも言うようになったねえ。僕の教育の賜物かな?」
「そうだよ。インターに常日頃言われているからね。半年も行動を共にしていれば、染み付くよ。軍育ちの僕でもね」
そう言って、母は俯いた。その顔は笑っていたが、どこか壊れそうで……
今の僕は、息子である前に、大人として寄り添うべきなのではないか。
そう思わずにはいられない――そんな姿だった。




