第3章 13歳の母と漆黒の魔道士 第2話 夕食を食べに行っただけなのに
うちの娘は、おばあちゃん似。
おばあちゃんとは、僕の母のことだ。
顔の造形は元より、チョコが苦手でチーズが大好きなところや、言葉に詰まると「むう……」と漏らす口癖、可愛い女の子や美人が好きなところなど上げるとキリがない。
ただ、髪や目の色だけは、僕に似てしまった。
派手な配色の多い二国の民の中でも、一際目を引く、母の色は受け継がなかった。
どこの国にもない、あの淡く可愛いらしい色。
豪胆な母の内面には、まるで合っていなかったその色が、僕の父は大好きだったらしい。
――――――――――
「今夜、どう?」
「うふ、どうしようかしらあ」
「いいじゃねえか、奢るからよ」
「そうねえ、ワインとデザート付けてくれるなら考えても良いわよ?」
街に着いたのは夜半過ぎで、早くアプリに夕食を取らせてあげたかった僕らは、宿屋の受付を済ませ、急ぎ、適当なレストランに入った。
そして、そこが盛場だったことに、今気付いたところだ。
「失敗したわねえ……」
「そうだね、ここじゃあ、子供の情操教育に悪そうだ」
「あら、でも、メニューは良心的よ? エビフライにコロッケに、ハンバーグ……アプリ、食べたいものあるんじゃない?」
アプリは悩まずに、エビフライ定食を指差す。
僕らも一刻も早く出たかったので、迷うことなくハンバーグ定食をチョイスした。
「お兄さん、S級なんですねえ、凄ーい!」
「綺麗な瞳。黒曜石のようね」
「ねえ、宿屋どこ?先に待ってるからあ」
僕らの隣のテーブルから聞こえてきた会話に、そちらの方を見る。
背の高いスマートな黒の魔道衣姿の男と、男の子かな? 目深にフードを被った子供の二人組だ。
男の腰にはS級を示す銀製の札が下がっている。
S級とは、冒険者ランクの中でもトップの階級で、王国の城下町ですら、3組ほどしかいないと、先日登録を終えたギルドで説明を受けたところだ。
隣の妻を見やると、彼女も隣のテーブルをちらと見て、僕に目配せをする。
S級といえば、数多の依頼をこなしてきた筈だ。
『魔力の子』の情報も得られるかもしれない。
「僕ちゃん、今夜はお兄さんのお部屋、来ちゃダメよおー」
S級お兄さんに絡んでいた3人娘のうちのグラマラスな女性が、連れの少年のフードを取った。
ざわっ!
「おい、見ろよ、あれ!」
「とんでもねえ、初めて見る」
「派手だな、どこの国出身だ??」
「あらまあ。僕、女の子だったのねえ、しかもとびきり美少女の!」
そう。顕になったのは、桃色のセミロングに同じ色の大きな瞳の紛うことなき美少女だった。
しかし、そんな事よりも、僕ら夫婦の頭を過ったのは……
「サム、あの子そっくりじゃない?」
「ああ、似てる」
「はい、エビフライ定食3個お待ち!」
その時、店員さんが料理を運んできた。
「あ、いえ、うちはこの子の一個だけですが」
「あっ! それ、僕らが先に頼んでたやつ!」
隣のテーブルの桃色の少女が声を上げる。
その声も、あまりにも聞き覚えがあり過ぎて、コーラと僕は目を合わせる。
「ああ、すみません。2個隣のテーブルの注文だったようで」
店員さんはそう言って、アプリの分を置いてから隣のテーブルに残りを持って行く。
「うわあ! 美味しそう! 頂きまーす!」
手を合わせてそう言うと、もの凄いスピードでパクパクと食べ始める少女。
すると、
「今夜、君にするよ。これ、宿屋名と部屋番号」
少女の連れであるS級さんは、3人娘の中で一番口数の少なかった娘を選んだようだ。
「リィ、フード被って。君は目立ち過ぎる」
「むう……はあい。あ! インター、しっぽ頂戴! 僕食べるから!」
「はいはい」
早食いも、何か意にそぐわぬ事を言われた時の「むう」も、エビフライのしっぽまで食べるのも、僕らが良く知るあの人にそっくりだ。
「ご馳走様! デザートにチーズケーキ食べていい?」
「2個でも3個でもどうぞ」
「じゃあ5個で! 店員さーん! 追加でベイクドとレア、3個ずつお願いしまーす!」
「ははっ! 増えてるじゃん」
「一個は君の分!」
「そうなの? ありがと」
中良さげな軽快トークに、僕は眉を顰める。
ちなみに、ケーキの種類は他にフォンダンショコラと紅茶のシフォンがある。
チーズケーキ好きも同じだ。
「……ご馳走様でした」
と、隣の様子に気を取られている内に、アプリが食べ終えてしまった。
慌てて僕らも、残りのハンバーグ定食をかき込む。
「あ! 可愛いお嬢さん! しっぽ残すの? なら、僕にくれないかな?」
席を立ち、僕らの横に来る少女。
ふわりと、ウィンターコスモスの花の香りが舞った。
「ちょっとリィ、いくらなんでも、それはお行儀が悪いよ」
S級さんも席を立ち、少女の腕を掴む。
「……どうぞ」
しかし、アプリはしっぽを少女の皿にちょん、と置いた。
「ありがと! 君、フードお揃いだね! お父さんとお母さんと旅行中なのかな?」
「……あ」
「そうなんだ。旅行がてら、冒険者ギルドにも登録しててね。まだ新参者だから、良かったら仲良くしてやってほしいな」
「へえ、お兄さん達、大人なのに新参者なの? 変わってるね! でも、仲良くするのは大歓迎だよ! 僕はウィンリィ! 君達は?」
「この子はアプリで、僕はサムと、」
「妻のコーラよ。ウィンリィ」
―――――
そのまま、ウィンリィがアプリにめちゃくちゃ話しかけるので、席を同じにしないか提案した。
S級さんは、やれやれと言った顔をしていたが、彼女に甘いのだろう。結局、移動を承諾してくれた。
「ウィンリィは、いくつなのかしら?」
「僕? 13だよ!」
「はあ、まだ12でしょ?」
「むう、僕の国では年度年齢なの!」
年度年齢……つまり、今年度13歳になるならば、まだ誕生日が来ていなくても、13歳と公表するということだ。
僕とコーラがいた国と同じ制度である。
「インターさんは、おいくつなのですか? とても13のお子さんがいるようには見えないんですけど」
「ん。ルートでいいよ。僕はね、今年で28。君たちは?」
「私たちも今年で28よ。同年齢の親と知り合えるなんて、これも縁かしらね?」
「あはは。ごめんね、僕、この子の親じゃないんだ。保護者ではあるけど。まあ、10の息子はいるんだけどね」
ウィンリィの親じゃないのは分かっていた。しかし、子持ちだと!? じゃあ、さっきの女性は浮気じゃないか!
「でも、インター、僕のお父さんと同い年だよ。本人は僕の誕生日に死んじゃったんだけどさー」
誕生日に死んだ……僕の父親と同じだ。
「君のお父さんと同い歳なんだ……僕。何かショック」
ルートさんは本当にショックを受けているようで、目が死んでいる。
「何がショックなのさ! 今だって、立派に保護者してるんだから! ほら! しゃんとして! お養父さん!」
「嫌だ。保護者にはなるけど、お養父さんにはならないから」
「ルートさん、お子さんと奥さんは、今どうしてるのですか?」
同じ親として、夫として、どうしてもそこが気になってしまう。
「ああ、妻は亡くなって、息子は義父に預けて育児放棄中だよ。きっと、もう会うことはないと思うよ」
はあ? やばい人だな……それで何で、ウィンリィの保護者をやって……るん……
ふと、それまでチーズケーキにぱくつきながら、会話に参戦していたウィンリィの動きがピタと止まった。
その目には、一瞬だけ憐憫が浮かんだが、すぐに消える。
「そうなのですか。まあ、事情はそれぞれありますよね。で、良かったら、明日、依頼を受けに行くのですけど、何分新参者ですし、S級さんにいろいろご教授願いたいわ。どうかしら? あなた?」
「あ、そちらが、もし良ければ……なんですけど」
「インター! 一緒にやろうよ! 僕、彼らともっとお話ししたい!」
ルートさんは、うーんと顎の下に手を当てて、僕らを見つめ、最後にアプリを見、意味深に口角を上げた。
「……いいよ、これも縁だ。同じ保護者のよしみでいろいろ教えてあげる」
「それは有難いです。どうぞよろしくお願い致します」
―――――
宿屋に戻り、お風呂を済ませ、すやすやと寝入ったアプリの頬を撫でながら、妻が口を開く。
「ウィンリィさんで間違いなかったわね……」
「ああ、そうだね」
「何処から突っ込んだらいいのか、分からないけど……私たちと同じく転移してきたということかしら……」
「まあ、そうだろうね」
「でも、どうして子供の姿なのかしら? というか、中身も子供だったわよね……」
「そうだったね」
「あと、あの、ルートさん? も隣にいるのはおかしくないかしら? だって、あの人、第一国の……」
「うん。母さん達が3人がかりで倒した第一国、筆頭魔導士……ルート=インター……その人だ」
僕は思う。3年前、戦死した母が13歳の少女の姿で異世界にいること自体、頭が追いつかないのに、よりによってあの、ルート=インターだと??
明日、彼らに何て話を詰めよう?
夕食を食べに行っただけなのに、よくあるRPGの聞き込みよりも多い情報量をくらってしまった。
パンクしそうな頭を抱えて、それでも僕らは眠りにつく。
『夜は寝る! 明日のパフォーマンス上げたかったら、つべこべ考えずにとにかく寝る! 戦場の鉄則だよ!』
母の口癖を思い出しながら。




