第3章 13歳の母と漆黒の魔道士 第1話 入国と冒険者ギルド
当初、僕らはスプリーンを出て、隣国のオータンまで、歩いて行くつもりだった。
しかし、アルの集落のカイとイオ夫妻が僕らを国境手前の山まで運ぶと申し出てくれて、その好意に甘える事にした。
山手前なのは、国境入り口に突然、竜が現れたら警戒されるからだ。
オータンという国は、年がら年中、暖かな穏やかな気候とのこと。
国民性も穏やかな風潮にあり、人族であれば、問題なくすんなりと通してくれるとのことだった。
アプリのお耳と尻尾の膨らみには、僕が得意な認識阻害をかけてある。
基本的にはバレない筈だが、国境付近の最初の街で、ニットの帽子と子供用のフード付きのローブを購入した。
「アプリは可憐な女の子だものねえ……この花柄のローブが似合うと思うわ」
アプリもそれを着て、気に入ったようで、最近話せるようになったか細い声で、
「……これがいい」
と言ってくれた。
しかし、こんな時、コーラがいてくれて本当に良かったと思う。
僕には自覚がないのだが、母に似てセンスがないらしいのだ。服に無頓着な娘にさえも、
「おとうさんがだす服、なんか変」と言われていた。
「ねえ、サム、今日は宿を取って休もうという話だったじゃない?」
「うん、そうしようと思ってたんだけど……」
僕らの目の前には、明日、登録に向かうつもりだった冒険者ギルド。
「はーい! ちゅうもーく! 初登録お祝い金キャンペーンは本日で終了でーす! 先着の初冒険者セットも残り僅かですよー! 初登録の方はお早めにお願いしまーす!!」
扉の前で、受付のお姉さんが大きな声を張り上げている。
「今日、登録するしかないんじゃないかしら?」
「その通りだね。アプリ、お昼まだ待てるかな?」
「……あそこのフルーツ、食べれたら、待てると思う」
向かいの通りにある、屋台の棒付きフルーツ飴を指さすアプリ。
控えめな声で、だけどしっかりと意思表示をする4歳児は、とても可愛らしいと思う。
「ふふ、飴なら食べながら歩けるし、良いチョイスだわ、アプリ」
小さな彼女にウィンクをするコーラ。
そして、小さなリンゴを丸ごと飴で包んだものを手にしたアプリは、無表情だったが、頬を紅潮させており、嬉しいのだと見てとれた。
きっと初めて食べるし、目に映すのも初の食べ物なのだろう。
可愛らしいアプリに顔を綻ばせながら、ギルドの中へ入ると、駆け込みで受付に来た初登録のお客さんでごった返していた。
これは待ちそうだぞ。
「並んでる間にご記入お願いします」
受け取ると、病院の問診票のような用紙に質問事項がびっしりと書いてあった。
項目は、種族、魔力の有無、職性などなど……と、出身世界!? 異世界旅行者が存在するこの世界ならではだなあ。
「静かに待ってて偉いねえ。お嬢ちゃんには、チョコあげようね」
「……あ」
「アプリ、頂いて大丈夫よ」
「……ありがとう、お姉さん」
コロンと、包み紙にくるまれたサイコロ状のチョコが2個、小さな手の中に渡された。
飴だけでなく、チョコまでゲットしたアプリの目はキラキラと手の中のチョコを見つめている。
「ふふ。食べたい?」
「……ううん、これは、コーラとサムにあげる」
「えっ?!」
小さな手で、チョコを僕らの前にさし出す彼女に、コーラと二人、目を合わせた。
「……二人も、お腹、空いてるでしょ?」
4歳の少女らしからぬ気遣いに、僕は心がじんわりと暖まるのを感じると同時に、子供らしく我儘を言わないアプリに、少しだけ寂しさを覚えた。
「………アプリ、ありがとう。これ一つ貰うわね? サムと半分こして食べるから、残り一つは、あなたが食べなさい。チョコ美味しいわよ」
コーラは、魔力で出した小さなナイフでチョコを半分に切り、僕に渡すと、残り半分をすぐに口に含む。
僕もアプリにお礼を言って、それを口に放り込んだ。甘い、ミルクチョコレートかな?
「この世界のチョコ初めて食べたわ。美味しいわね」
「ほんとだね、美味しかった! アプリも飴食べ終わったら食べてね」
「……ん」
アプリは貰ったチョコをローブの内ポケットに仕舞い込むと、またりんご飴を食べ始めた。
そんなやり取りをしている内に順番が来たので、子供がいると、待ち時間も楽しいものだと思い出す。
そういえば、ウィンディもお祭りでりんご飴を食べていたな。あれは去年で、まだ3歳だったから、口の周りを飴でべとべとにして、拭くの大変だったなあ。
「えーと、異世界旅行者の方で、3人のパーティーですね……いやあ、最近多いですねえ。半年前にも、一組登録していかれましたよ。異世界旅行者の方が2名」
聞いてもいないのに、受付のお姉さんがベラベラと有益な情報を喋ってくれた!
「あ、その人達は、今、何処にいますかね?」
「んー、半年前に登録したきり、この街ではお見かけしていないんですよねえ……この街って、案件少ないので、みんな登録だけ済ませて、隣町に行くことが多いんですよ」
隣町か。明日、さっそく向かおう。
それから無事に登録と、ギルドに関する説明を受けた僕らは、先着の初心者セットも無事ゲットして、ギルドを出た。
すぐに手近にあったレストランでしっかりと昼食を取り、宿屋を探したが……
「ないわねえ……空き」
「まさかね、今が旅行者の多い時期だったとはね……」
オータンは、気候が緩やかで過ごし易い上に、食物もよく育つ土壌らしく、食も多彩だそうだ。
そのため、この時期、冷え込むウィンターンや暑さが増すサマーンからの旅行者が急増するという。
「あー、子連れの旅行者さんには申し訳ないんですけど、うちも空きがありませんで……」
片っ端から当たって、最後の宿屋も満室で断られてしまった。
まだ4歳のアプリも、今はコーラの腕の中ですやすやと眠ってしまっている。
さすがに野宿を覚悟して、僕もコーラも項垂れた。
すると、僕らがよほど可哀想に見えたのだろうか、宿屋の主人が口を開く。
「あ、でも! 隣町の宿屋なら、空きがあると思いますよ! ここから馬で1時間ですし、今から向かえば、日が暮れない内に着けるのではないですか?」
聞けば、この宿屋の近くに馬借り所もあると言うので、僕らはお礼を言って、急ぎ足で向かう。
すっかり西陽になっていた空は、青空から徐々に夕空へと傾き、今日と言う日が夜へと向かっていることを僕らに突きつけているようで、得体の知れぬ恐怖を感じた。
それは、これから向かう場所に、恐ろしいものが待ち構えていることの暗示のような、そんな気がしたのだった。




