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娘を置いて異世界へ――飛ばされた夫婦の帰還冒険譚  作者: 相沢春人


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第2章 竜の集落とその運命(さだめ)第7.5話 番外編② ノアとアプリ 【シルバー視点】

「はあ、やっぱり駄目だったかあ……」


 俺は役所のドアを開けて外に出て、天を仰ぎ見る。

 吉報を信じて訪れたが……アプリを保護してから3ヶ月、何の進展もないままだ。


 ドンっ!


「わっ! ごめんなさい!」

「いや、俺が空見ながら歩いてたから、悪かっ」

「村長!? 人間顔、初めて見ました!」


 ぶつかってしまった村の若者、グレイは、驚いた顔で俺の姿をまじまじと見る。


「はは、そんなに見るなよ」

「あっ! すみません。村長、あんなに獣濃度じゅうのうどいじるの嫌がってたのに、何でかなって……」


 確かに。つい最近まで、村の長たるもの、獣人らしくあらねばと柄にもなく思っていた。

 だから、アプリが怪我をしているのに、ノアに言われるまで、獣濃度をいじることなど考えたこともなかった。


「今さ、うち、うさぎの女の子保護しててさ」

「あ! 知ってます。ノアが見つけたんですよね?」


 既に知っていたか。

 グレイは、この村の面倒見の良いお兄ちゃんで、ノアも彼にはよく懐いているからなあ。


「そうなんだけど、役所の養親窓口で募集かけて3ヶ月、一向に立候補者が現れなくてさ」


 優しい心根の獣人ばかりのこの村には、孤児院がない。必要なかったのだ。親を亡くした子がいれば、いつも、ひと月以内に養い手が現れたから。


「ああ……この村、肉食獣人が多いですもんね……草食の子じゃあ、傷つけそうで怖いですもん」


 やっぱりそうか。『獣人』とひとえに言っても、大きさも、持ち得る形状も、獣の種類によって全く異なってしまう。


「それでその姿なんですね! ノアもそうしたんですよね? あいつ優しいからなあ……」


 グレイの目に暖い灯がともる。

ふっ、優しいのはね、お前もだよ。


「そ。だからさ、覚悟決めようかなって。俺が養親になるわ、もう」


 ヘタな矜持は捨てた。

 自分より弱い体の種族を泣いて気遣える息子が居るんだ。獣人の矜持は、見た目に宿るものじゃない。息子のような優しい心にこそ、宿るものだと思う。


「そうですね、それが一番良いと思います! ノアもお兄ちゃんになれて、嬉しいでしょうし!」


 そうだな、きっとノアは良いお兄ちゃんになる。


 この時は、本気でそう思っていた。

 しかし、息子の思惑は違っていたのだ。


―――――


 あれから月日が流れて、アプリは4歳、ノアは12歳に成長した。


 庭で遊ぶ二人を微笑ましい気持ちで眺める。

 ノアがアプリを肩車している様子は、とても頼もしいお兄ちゃんに見えた。


 亡くなった嫁さん一筋な俺は、ノアに兄弟をつくってやることは、もう出来ない。

 だからこそ、アプリを引き取って本当に良かったと、本当の兄妹のような二人を見て、そう思った。


 しかし、


「父さん、アプリが大人になったら、僕のお嫁さんにしてもいい?」


 驚いて、目ん玉飛び出るかと思った。


「ノア、それは……」


 本音を言うと、ノアには狼系の獣人を嫁に迎えて欲しいとずっと願ってきた。

 俺が猫獣人の妻と結婚したばかりに、狼の血が薄くなることを危惧していたからだ。


 村長を務める家系として、直系を守るのも、その役目に説得力を持たせるのに必要だと思っていた。


 そう。まだ俺は、つまらない『矜持』を優先したいと思っている。


 それに気付き、俺は息子の真剣な眼差しを見据えた。

 未来永劫変わらぬ意志の強さだと思えるその瞳は、アプリが欲しいと如実に語っている。


「……ノア、その時アプリがOKだと言えばね、俺は祝福するよ」


 そう告げると、ノアは花が咲いたような笑顔になり、やったあ!と叫んだ。


「父さん、僕、頑張ってアプリに選んでもらえる男になるよ! 絶対!」


 ああ、眩しいなあ……真っ直ぐな君の純真も献身も、いつかきっと、アプリに届くよ。


 父さんは要らぬ矜持を捨てようと思う。

そんなものよりも大事なものがあると、君たちが教えてくれたからさ。


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