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娘を置いて異世界へ――飛ばされた夫婦の帰還冒険譚  作者: 相沢春人


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第2章 竜の集落とその運命(さだめ)第7.5話 番外編① アプリの過去 【アプリ視点】

「呪われてる!!」


 一番初めの記憶は父の脅えた叫び声。

 二番目の記憶は、私を強く抱く母の腕。

 三番目は……何だっけ?


――――――――――


 ああ、息苦しい。

 私の回りには、大量の溢れた魔力。

 赤子のベビーベッドの上は、いつも、あっという間にそれで埋め尽くされて、私の呼吸を圧迫した。


「ただいまアプリ! あらら」


 帰ると、いつも一直線に私のところに来てくれる母は、慣れた手つきで私の体を圧迫していた大量の魔力に小さな石を当てる。


 しゅうううと音を立てて、魔力を吸収していくそれは、たった今、母が採取してきた特殊な鉱石だ。


「よし、こんなものかしら。次はオムツ見るわねえ」


 私の体から垂れ流されている魔力は重くて、そのままだと、動かすことが出来ない。

 だから母は、毎日暇さえあれば鉱石を拾いに行く。


 家事も私の世話もあるのに、こんなことをしていたら倒れてしまうと心配したが、仮にも獣人である母の体は、丈夫で疲弊することはなかった。


 12年経ち、自力で動けるようになった私は、母を手伝って二人、無理なく生活が出来るくらいにはなっていた。

 鉱石だって、もう必要な分は自分で取りに行けるし、体も大きくなったので、溢れて零れ落ちる量も減っている。


 母と笑いながら囲む食卓や、寝る前のお話の時間が何よりも好きだった。

 他に欲しいものなどなかった。

 幸せな記憶。


 でも、


 12歳の誕生日の前日に、父が来た。

 赤子の頃に聞いた、忘れていた言葉の数々が、罵詈雑言だったのだと思い出す。


 夕食の準備中だった母は、手の中の包丁をそのままに、父と対峙する。


 ずっと探していたと、呪いの子を捨てて、一緒に生きようと話す父を、母は見たことも聞いたこともない強く怒りに満ちた声で罵倒した。


 ひとしきり、二人が口論した後、父はナイフを取り出した。


 魔力を帯びて、切先がギラリと光るそれは、ただの子供なら、容易く命を奪えたであろう。


 私は、ただの子供になりきろうと、脱力した。

 あんなもので、魔力溢れるこの体をどうこうできるとは思えなかったが、かけてみよう。


 目も瞑り、その時を待つ。

 だが、何も起こらない。

 おかしいなと目を開くと、信じたくない光景が飛び込んで来た。


 父と母は、互いに刺しあって、膠着状態となっている。


 心が頭が絶望で覆い隠されて、私の魔力は、決壊した。


 今の今まで、鉱石で人並みを保てていた体は、心の不安定で、いとも容易く壊れてしまうものだったのだ。


 今まで、曲がりなりにも穏やかに暮らしていられたのは、母との時間が安らぎを、余裕を、愛情を与えてくれていたからなのか。


 全てを出し切った後、私の体は縮んでいた。

赤子まで体が退行したようで、全く身動きが取れない。


 出来うる限り、頭と目を動かし、辺りに何も無くなっているのを確認した。


 ああ、やはり全て吹き飛ばしてしまったのか。


 大好きな母も、あの父も。


 私は、父が嫌いではなかった。

 私と同じで、母を大好きな人だったから。

 母を守りたかっただけなんだ、父は。

 私を守りたかっただけなんだ、母は。


 悪いのは、私がこんな体で産まれてきたことだけなんだ。


 誰も、誰も、私でさえ、悪くない。お願い、誰か、そうだと言って!!


「あれれえ? こんな所にすっぽんぽんの赤ちゃんがいる」


 突如、目の前に影が落ち、真っ黒で真っ暗な男の人に見下ろされていた。


「ふうむ。昨夜、大きな魔力爆発があったから、爆心地に来てみたら何か分かると思ったんだけど」


 彼は、胸元から取り出した白いスカーフで、私の体を包んで抱き上げる。


「まさか、犯人が犯行現場にそのまま鎮座しているとはねえ……」


 彼は、何やら考え込んでから、また口を開き、


「ごめんね。僕、今、他の子の保護者やってるからさ、君の面倒は見れないんだ。代わりに、面倒見てくれそうな人のいる場所に置いてあげるからさ」


 ほお、優しい人だ。見ず知らずの赤子の私を放置せず、今よりも良い環境に運んでくれるとは。


 私は、お礼を伝えようと、口を開いたが、声が出ない。

 ぱくぱくと口を動かしていると、察したのか、彼が答えた。


「ふむ、名前ぐらいは聞いておこうかな。読心魔法発動っと!」


 一瞬、別の何かが、頭の中を横切る。


「アプリちゃんて言うのか。スカーフに書いといてあげるね……あ、そうそう、君は悪くないよ。周りの大人達のせいだからさ、それ」


 その後、その人は、本当に獣人の村まで私を運んでくれた。

 

 そして、今現在。

 赤子に退行した体も、4歳まで育つことが出来た。

 魔力を使い切った影響で、出せなくなっていた声も、出そうと思えば、出せた。


 でも、成長すればするほど、私の体はまた魔力を溜め込んでいく。


 今の家族も、下手をしたら、また失ってしまうかもしれない。

 その日が来るのが怖くてたまらなくなった私は、気休めに昔かけた魔力封じの制約魔法を声を代償に発動させた。


 母には、体の機能を犠牲にするこの魔法を発動することは止められていたけれど、あの真っ黒な人がくれた魔力封じの魔法具と合わせれば、きっと、この生活を続けられるはずだ。

 

 そういえば、あの真っ黒な魔導士さんは、今どこにいるのだろうか。


 いつか、会えたら、お礼を言おう。

 この場所に連れてきてくれたことと、

私は悪くないって言ってくれたことを。


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