第2章 竜の集落とその運命(さだめ)第7話 家族の絆
カイ達が、オータンの方角に、僕らと同じ異世界人の気配を察知したのは半年前のこと。
今もオータンにいるのか分からない現状に、なるべく早く出立するべきとの結論に至った僕ら夫婦は、準備を急いだ。
しかし、
「アプリとノアに、もっと時間をやりたかったわね……」
「そうだね。やっぱり辛いよね、ノアは。アプリも」
あの後、アプリにノアとシルバーが何て言っているのかを聞いたのだが、アプリは黙って俯いてしまい、ぼそっと、
「……それでも、もう、決めたから」
と発したきり、口を噤んだので、代わりにグレイが教えてくれた。
「村長は、可愛い子には旅をさせろとか言って、乗り気なのですが……ノアは、その、心配ゆえに大反対してまして。俺が話してみたりしたんですけど、駄目でした……はは」
グレイで駄目なら、もはや誰にも説得するのは無理そうだなあ。勿論、ぽっと出の異世界のおじさんなんかじゃ絶対無理だ。
「サム、私たちが気を揉んでも仕方ないわ。これは2人の問題よ。見守りましょう」
「そうだね。まだ出立までは時間もあるし……」
そう話してから、あっという間に時は過ぎ、今日はもう出立の朝である。
村の入り口に、グレイ、シルバー、アル、カイ、イオが見送りに集まってくれた。
ノアの姿は、ない。
「サム、コーラ、本当に有難う。2人が来てくれたお陰で、長年の村の問題が解決したよ。感謝しても仕切れないや」
「いやいや、僕らも欲しかった情報が手に入りましたし、この世界の理のことも知れました。とても助かりましたよ」
シルバーと僕らは手を握り合い、固く握手をした。
「グレイにはお世話になりっぱなしだったわね。最初の時、怖い目に合わせてしまったこと、もう一度、謝罪させて、本当にごめんなさい」
「い、いえ、いえ! そんな! 大丈夫ですよ! それよりも、本当にお二人のお陰で前進できたようなものです! お礼を言わせて下さい! 有難う御座いました!」
グレイの顔が照れて真っ赤になるのを僕は、精一杯の作り笑顔で見ている。
途方もなく良い奴なんだけど、うちの嫁さんにデレデレする彼のこういうところだけは、凄く嫌だ。
「ふむ。我も、子らの考えの変遷を知れて、良い機会だったかもしれん。サム、コーラ、こういうのを良縁と呼ぶのかもしれんな」
「アル、僕らの話を聞いてくれて有難う御座いました。僕も、良縁だと思っています」
相変わらず、存在自体に重みのあるアルの前は、緊張が走る。
しかし、この日の彼は、滅ぼされそうになったことも忘れてしまいそうなくらいに、和やかな雰囲気だった。
目も、もう感情の読み取れない爬虫類のようではなくなっている。
「アプリ、ノアは来ないのか?」
「ノアと話はしたのかな?アプリ?」
カイとイオが、姿の見えないノアのことを問う。
アプリは俯いて、首を横に振った。
「……ノアは、ちょっとナイーブな子でね……」
シルバーが困り顔で遠くを見つめる。
きっと、まだノアが来ないか期待しているのだろう。
「……名残惜しいが、そろそろ行くか? オータンに着いた後も、ギルド登録や宿屋探しをしなくてはいけないのだろう?」
そうなのだ。元の世界に帰る方法を探して、下手したら、世界中を旅しなくてはいけないかもしれない。
だから僕らは、冒険者ギルドという、各国に必ず窓口のある組織に登録することにした。
依頼をこなすことで、路銀を集めながら旅が出来るので、放浪するにはうってつけなのだ。
「アプリは本当にいいの? ノアのこと、このままで」
コーラがダメ押しにアプリに聞く。
アプリの大きな赤い瞳は、ずっと揺れている。
やはり、まだノアと心ゆくまで話せてはいなかったのだろう。
「おーい! 待ってー! 待ってくださーい!」
遠くから、子供の声が聞こえた。
目を凝らすと、アプリより少し大きめの女の子と、ノアと同じくらいの男の子と、彼らに引きずられているノアの姿。
「はあ、はあ、すみません、遅れて、ほら! ノア!」
青い髪に同じ色の瞳の、耳の辺りに魚のヒレのようなものを付けている男の子がノアの背をとんっと押した。
僕らの、と言うよりは、アプリの前に突き出される格好になったノアは、罰が悪そうに顔を歪める。
「もう! ノア! アプリにちゃんと言いたいこと伝えなさいよ! だいぶ大きいのに、情けないわよ!」
檄を飛ばすのは、アプリより、1、2歳上かな?羊のような白い耳と尻尾の可愛い女の子だ。
「……あ、アプリ、あの」
「……」
「も、もう反対はしない。ちゃんと応援する。アプリは僕の大事だし。僕は、ずっと、君の味方だから」
「……うん」
アプリは、僕とコーラが見たことのない笑みを浮かべて、ノアを見ていた。
何て可愛いのだろう。
「ほ、ほんとは、僕も付いていきたかったけど、まだ弱いから……強くなったら追いかけるから! その時は、また側にいさせて、お願い」
ああ、ノアはきっと、付いて行きたいと言ったのだ。でも、まだ子供で弱いから、止められたのだろう。
僕らも、子供を2人守りながらの旅は無理だ。
彼の姿は、自分に似ている。
上級魔導士の妻と、平凡な魔導士の僕、
高魔力の塊『魔力の子』であるアプリと、獣人というアドバンテージはあるものの、普通の子供のノア
そんな彼を置いて、アプリだけを連れて行くことは、僕の胸を苦しくさせた。
しかし、理屈や感情で連れて行けるほど、現実は甘くない。
「……ノア、私を一番に見つけてくれて、ありがとう。ノアの家の子になれたこと、私、すごく幸せだったよ」
「っ! うん、うん、い、いつでも、帰ってきて! 僕も絶対強くなるから!」
「アプリ、ノアの言う通りだよ。君はずっとうちの子だ。いつでも帰って来てね」
ふわりと、2人をシルバーが抱きしめた。
良い家族だ。本当に。
僕は、娘のウィンディを思い浮かべた。
今、あの子をあんな風に抱擁してくれる人はいるのだろうか?
きっと、オーレンがしてくれると信じているが、それでも泣きたくなるくらい心配だ。
ぎゅう、と手を握り込まれる。
コーラだ。涙で潤んだ顔で3人を見ている彼女は、僕の顔を決して見なかった。
でも、握られた手から同じ気持ちだと伝わってくる。
ねえ、ウィンディ。僕らも君のことを想っているよ?
抱きしめてやれない親だけど、覚えててくれてるかな?
僕らの愛を、温もりを。
どうか、この気持ちが、思いが、あの子に届きますように。
いつかこの口で、直に伝えられますように。
―オマケ―
―ジーニアスからの定期報告―
今日は。おじさん、おばさん、お久しぶりです。オーレンの息子のジーニアスです。
お二人が亡くなってから、3年の月日が経ちました。
ウィンは、元気に7歳の誕生日を迎えて、父と俺が作ったチーズケーキをワンホール1人で完食してしまいました。
魔法少女としての訓練が始まって2年、魔力消費が激しいのでしょう。
彼女の食欲は増すばかりです。
ウィンは、膨大な魔力を持っていますが、使い方があまり上手くありません。配分を間違えて、すぐにすっからかんになってしまいます。
魔力操作の上手かったおじさんが生きていれば、術を教えてやれたのにと、父はよく嘆いています。
でも、安心して下さい。良い方法があるんです。
ウィンディは、必ず俺が死なない魔法少女にします。
少し荒療治になってしまいますが、何もしないでいたら、失う一方だと俺は理解しています。
ごめんなさい。でも、それをすることを許して下さい。彼女を守るためためには、必要なことなんです。
それでは、これからも、ウィンのことを見守っていて下さいね。
ジーニアスより
タイトルを変更しました。内容はそのままです。




