エリィとウィンリィ
「エリィ……」
翡翠の瞳は優しく微笑み、こくりと小さく頷いた。その姿は、ウィンリィと変わらない歳の少女に見える。
ルートさんから聞いたエリィの享年は18歳……それでも大分若いが、目の前の彼女は、もっと幼く見える。もしかして、ウィンリィに合わせているのだろうか?
彼女は、大きな木の根元に白いスカーフを敷いて、端に座った。
それはいつも、ルートさんが持ち歩いているものと全く同じだった。
エリィは、余った余白部分をポンと叩き、ウィンリィを見つめる。
その意を理解して、ウィンリィもその上に腰を下ろした。
「ウィンリィ、せっかく来てもらったのに、申し訳ないんだけど、ルートに手帳は、もう必要ないんだ」
「そ、そんなことない! エリィの手帳は彼にとって、心そのものだよ! 奥さんだったら、分かるでしょ!?」
珍しく感情的になっているウィンリィがエリィの肩を掴む。
しかしエリィは、嫌がる素振りも驚く様子もなく、ウィンリィの目を真正面から見据えて言った。
「そんなことあるよ。きっと大丈夫だから」
「な、なんでそんなこと言うの!? 君にしか、彼は救えないのに!!」
「ウィンリィ……」
僕は思わず母の名を呼んだ。場を濁すようで申し訳ないが、二人が真剣に話す間も、僕はずっとウィンリィの肩の上に乗っている。
エリィは、そんな僕を邪険に扱うこともなく、ふっと笑いかけると、またウィンリィに視線を戻した。
「ウィンリィ、ルートはね――」
「僕は、もう彼から何も奪いたくない! もし彼が、もう要らないと言ったって、全部、全部、拾って行く!!」
優しいウィンリィが人の言葉を遮って捲し立てるのを僕は初めて見た。
必死なのだ。きっと、ルートさんの心を守ろうとして。
エリィの肩を掴むウィンリィの手は震えていたけれど、力自体は大分込められているように見えた。
それでも、エリィがそれに眉を顰めることはなく、変わらず優しい瞳でウィンリィを見つめている。
「君は、本当に優しいね。でもね、その優しさが君が一番大事なものをなくす原因になるかもしれない。君の息子君のいた……世界の君のように」
「どういうこと?」
エリィは、質問には答えずに、僕を一度、真っ直ぐに見つめてから、ウィンリィに目線を戻す。
「君の一番大事なものは何? ルートの過去? 違うよね、今の彼だ」
「過去なんかじゃない! お願いエリィ、一緒に来て! 僕は、君のことも諦めたくないんだ……」
悲痛な声に、僕もエリィに付いてきて欲しいと強く願った。
「お願い、お願いだよ、エリィ、僕はもう、これ以上、彼から何も奪いたくない……」
とうとうウィンリィは、エリィの胸に縋り付いてしまった。その時、香った花の匂いに僕は目を見開いた。
「……本当に優しいね。もう一人の――」
「え? 今なんて?」
顔を上げたウィンリィの目尻に溜まる涙をエリィがポケットから出したハンカチで拭った。
「ウィンリィ、君は強い。失っても失っても、歩き続けられる強さを持ってる。でも、ルートはね、昔から喪失に耐えられる人じゃないんだ。だから、君は寄り添ってあげて。君自身が彼の安定薬なんだ」
「そんな、僕なんかが、そんなわけない。僕は、僕は……サンフラワーの娘……なのに……」
絞り出すように吐き出されたその名前に、僕も奥歯を噛み締める。良かれと思って告げたサンフラワーの真実が、ウィンリィを今も苦しめ続けていたから。
「君が誰の娘でも、関係ないよ。それに本当は、分かってるはず。サンフラワーは、やむ無くそれをしたって。そのお陰で被害は最小限だったって。君のお母さんは、自分の命を犠牲にして、多くの失われるはずだった命を救ったんだよ」
「それでも、君は死んだ。彼にとっては、それが事実だ。そんな僕が、彼の優しさを享受しちゃダメなんだ。それを受けるのは、彼と君の息子くんじゃないとおかしいでしょ? 僕の存在自体……本当は憎まれて当然なんだよ……」
俯いて、涙声になっていくウィンリィ。ルートさんがウィンリィを憎むなんてこと、絶対にあり得ない筈だ。だけど、母は、ずっと不安だったのだろう。だって今、こんなに辛そうだから。
「ウィンリィ、彼を信じてあげて。きっと事実より、君の話す真実を信じてくれる」
「……エリィ」
「さ、もうお別れだよ。あ、私が手帳にかけた精神安定の魔法、一応、息子君に教えておくね」
「! ありがとう、エリィ……でも……」
やはり諦めきれないのだろう。エリィの肩を掴むウィンリィの手に力が入ったように見えた。
「そんなに心配? だったら、ほんの少しだけ、私も連れて行ってくれる?」
エリィは、やんわりとウィンリィに掴まれた肩から手を外していくと、代わりに母の顔を両掌で包み込み、ちゅっとおでこにキスを落とした。
すると、ウィンリィの左頭に連なる小さな桃色のウィンターコスモスが一輪、レモンイエローに色を変えた。
「見てるよ、君たちのこれからを」
エリィがウィンリィをふわりと抱きしめた。
「また君に会えて良かった」
「また? さっきも、何て言ってたの?」
「それは、知らなくていいこと。今を大事にしてね、ウィンリィ」
エリィは、抱いていた手を緩めると、これ以上ないほどの優しい笑顔でウィンリィを見つめた。
その瞬間、ざあっと大きな風に撫でられて、景色が変わる。
エリィも微笑んだまま、風に溶けて消えた。
辺りの景色は、竜の異空間に戻り、手の中の手帳は砂となり、さらさらと崩れて消えて行く。
その砂も、ウィンリィが流す涙でさえも、穏やかに吹いた風に運ばれて行く。
そうして、ウィンリィの手の中に残ったのは、サイズの異なる二つの指輪。おそらく、手帳に収納されていたのだろう。
「エリィ……」
ウィンリィはそれを両手で握り締めた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品への応援お願い致しますm(_ _)m
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたしますm(_ _)m




