幕間 戦場の我儘
これは、サムが産まれるよりも34年前。
サムを育てたウィンリィと、彼女と戦うしかなかった敵国の筆頭魔導士の幕間の物語。
――――――――――
「離してよ!」
「やだね……」
装置から距離をとり、追ってきていた魔獣たちも全て撃ち落としたルートは肩に担いでいた魔法少女をやっと下ろした。
「無茶だよ。あの数の魔力砲を一人で制圧するなんてさ」
「で、でも……何も出来ないまま、手ぶらで帰るわけには……」
ぎゅうっと握り込まれた小さな手に気付いたルートには、目の前の少女の考えていることが手に取るように分かってしまった。
「はあ、やられた子たちに顔向けできないとでも思ってる? 僕の部下たちも全滅したけれど、そんな風には思えないな。ここでは、こんなこと日常茶飯事でしょ? それよりも、一国と二国のライン戦線上にまで、三国が兵器を送り込んでくるなんて初めてだよね。やっぱり一年前にあった、国境壁魔獣発生装置100機撃破が関係しているのかな?」
ぎくっとするウィンリィ。
「戦力を潰すはずが、藪をつついちゃって、こちら側の陣地にまで兵器送られてるんじゃ、世話ないよねぇ……二国も」
ぎくぎくっとなるウィンリィ。
「あれ? もしかして、あれって君がやったのかな? それも、独断で?」
ぎくぎくぎくっとなるウィンリィ。
「……そう、だよ」
「あらまあ、なんだってそんなこと。敵の要を撃破するならさ、司令部と、兵器開発所も同時に殲滅しないと、しっぺ返しを喰らうって、軍でお勉強しなかったの?」
第二国最強と謳われる魔法少女もまだまだ子供なんだなあと思ったルートは、憤慨するかなあと思いつつも、正論を突き付けた。
「……返す言葉もないよ……」
しかし、少女は意外にも、しおらしくしゅんとしてしまう。
「君らしくないね? あの時だって、仲間たちの離脱を最優先に動いていた君なのに」
「高魔力砲のこと? あの時は冷静だったから」
「つまり、魔獣発生装置を撃滅したのは、冷静さを欠いていた時にやっちゃったの? うっかり?」
「……うっかりなんかじゃ……ただ、どうしても許せなくて」
「何があったの?」
「……友達が、下半身丸ごと食べられちゃって、それでカッとなってやっちゃった」
それは恐ろしい経験をしたものだなあ……とルートは他人事のようにそれを聞いていた。
「彼は生きてるんだけど、あの時は、本当にもう助からないって思ったから、つい」
「へぇ?」
しかし、『彼』という言葉に心がざわついた。
それはきっと、初めて会ったあの日に、少女の腹に見つけたもののせいだと彼は思う。
「だから、その、反省してる。軍の人間として、やってはいけない行為だったって。下手したら、市街地まで及んでいたかもしれないし」
「そっか」
友達が絡むと冷静さを失う反面、それを軍人としての判断に欠けていたと反省することも出来る少女に、ルートはある提案を持ち掛けた。
少女――ウィンリィは驚いて戸惑いを見せたが、けっきょくは、それを承諾したのだった。
―――――
夜の帳が下り、二人は野営地を決め、腰を下ろした。
彼らが矛を交えるライン戦線上には、双方の国が築いた砦が多く点在している。
しかし、この時は近くに見つからず、二人は焚き火を挟み、向かい合って座っていた。
「はあ……」
ウィンリィは、今夜は冷えるなあ……と心の中で呟き、羽織った防寒具に力を込めた。
目の前の少女のその機微に目ざとく気付いたルートは、両手を広げ、ウィンリィを見据える。
「……何?」
「寒いでしょ? こっちおいでよ」
にっこり笑ってそう話す敵国の男を、ウィンリィは、睨むまではいかなくとも、しっかりと拒絶の意を込めた瞳で見返した。
「ごめんだよ。仲間を何人も葬っている人の腕の中なんか」
ウィンリィは言って、そっぽを向いたが、ルートは諦めずに正論を吐く。
「明日、二人で三国の兵器を破壊するんでしょ? その前に風邪を引いて足を引っ張るつもりかな?」
「なっ! そんなこと考えてない!」
「じゃあ、おいでよ」
「っ!……」
「はあ、二人きりでやらなきゃいけないのにさ。万全を期することすら、二国の軍人は出来ないのかな」
ウィンリィは、ぷくぅっと頬をこれでもかと膨らませて、立ち上がり、スタスタと歩いて、ルートの腕の中にぽすんっと収まった。
「……殺さないでよ」
「はいはい」
ルートの腕の中は暖かくて、仲間が全滅して心も体も疲弊していたウィンリィはすぐに微睡んだ。
うとうとしながら彼女は思う。敵国の筆頭魔導士のこの男のことが、最初から何故か怖くないと。
恐怖を感じないどころか、この腕の中は安心感さえあり、ウィンリィにはそれが不思議でしょうがなかった。
―――――
彼の腕の中、少女は規則正しい寝息をたてている。
「ふふ、本当に寝ちゃった……」
さっきまでの警戒心はどこに行っちゃったの? とルートは内心苦笑して、横からウィンリィの寝顔を覗き込んだ。
(長い睫毛……ふふ、縦横無尽に飛び跳ねていて、君そのものだね……目は大きいのに、鼻も口も小さい……この小さな口によくあれだけの量を詰め込めるなあ……口にアイテムボックス付いてたりして?)
飽きることなく顔の造形を細かく追っていると、腕の中の体はいつの間にかすっかり脱力して、完全に彼にもたれかかっていた。
その様に、眠りの深さを感じたルートは、口を開く。
「ねぇ、リィ……僕ね、自分で死ねないんだ」
起きる気配のない少女の手を取り、その小ささを確かめるように自分の大きな手のひらを合わせる。
「子供の頃からね、何度も試したんだけど、自傷行為は全て跳ね返されてしまって、この身に届かなかったよ」
自分の大きな手の指先を、小さな手のひらの指の合間にするりと滑り込ませた。
「軍で調べたらさ、君たちがよく使う防御魔法『タグ付け』の近縁呪なんじゃないかって言われてさ」
滑り込ませた長い指で少女の手をきゅっと握る。
「僕の攻撃だけが一生跳ね返される仕組みなんだって……それってもうさ、呪いだよね……」
握り返してくれないかなと、僅かに力を込めるが、小さな手は反応を示さない。
「これが、母さんたちが最後に僕に願った結果だとしても……それでも……」
ルートは、眠るウィンリィの耳元に口を寄せた。
「僕、は……死にたい。失い続けるのはもう耐えられないんだ……だから、君が僕を殺してよ」
彼の握るウィンリィの手が、ぴくっとほんの僅かだが、震えた。
「今はまだ無理でも、あと数年、待つからさ……今より強くなって、僕を殺しに来てね? 僕の……」
ルートは、握った右手はそのままに、ウィンリィを抱く左腕に力を込める。
「僕だけの魔法少女……」
「んん……もう、お腹いっぱい……」
彼の悲痛な独白も、なんのその。
ウィンリィは今、夢の中でたらふく携帯バーを食べていた。
「ふっ、ふふっ、あははっ……君ってやつは……本当に……可愛いね」
腕の中の少女は幸せそうに笑っている。
それを見ていると、ルートまで同じ気持ちになりそうだった。
しかし、思考はすぐに現実へと帰る。
ここは戦地で、この少女は敵国の魔導士なのだと。
「ああ、そうだ。死にたい以外にも理由があるよ。僕はね、殺すか殺されるかしかないのなら、殺されるのが最善だと思うんだ。だって僕――
君を殺したくないもの」
それは、多くのものを理不尽に奪われ続けてきたルートの最後の我儘だった。
「叶えてね? リィ、お願いだよ」
その声は、どこまでも暗く重く……少女の耳に落ちていく。
ルートは分かっていなかった。その願いが、彼が受けてきた理不尽と同じくらい理不尽だということ。
ウィンリィの失いたくないものに彼自身も今後含まれるのだということ。
二人の願いが同じ方向を向き、交わることはこの世界では決してないのだということも。
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