竜
ここは地下一階だというのに、大きく空いた天井の穴からは、夜が明け始めた黎明の空がよく見えた。
それは、それだけ広範囲の魔力がルアのいる地下二階から放たれたということ。
「レイン! 逃げよう!」
「くっ!」
穴の中からフェンリルの姿で飛び出してきたエリフルが僕らの横を一瞬で走り抜け、レインの襟首を咥え、風のように階段を駆け上がって行く。
それと同時に巨大な水竜が瞬く間にただの水へと還ったが、僕らの魔力封印は解除されないままだ。
「みんな! 少し熱くなるけど我慢して!」
ルートさんの声と共に全身を黒い炎が覆い、雨で濡れた髪も衣服も、僕らの足元までも、瞬く間に乾き、全身を魔力が駆け巡った! 媒介になっていた水分を飛ばしたから魔力封印が解けたのだ。
しかしそれは、彼が自身の魔力封印を強引に破ったことを意味している。そんなことをして、ただで済むはずがない。
「長き停滞の果てに我、進む一歩を請う その歩は走りとなり、やがて一本の青き道とならん」
僕はルートさんの体が心配だったが、間髪入れずに高速移動呪文の詠唱が聞こえて、慌ててルートさんにしがみ付いた。みんなも同じようにしっかりと彼の体を掴む。
「電閃道!」
発動と同時に背後でドッガアアアアアン!! と大きな音が響いた!
階段を電閃道であっという間に駆け上がり、一階の廊下から一番近くにあった窓目掛けてウィンリィが魔法弾を放つ!
そうして出来た穴目掛けて突っ込み、外に出ると――
「ウォォォォォォ!!」
天井に開けた穴から飛び出して来たのだろう。
巨大な竜が研究施設の屋根の上で唸るように咆哮を上げていた。
「ルア? でも、色が違う……」
ウィンリィが言うように、その竜は外皮も目も、若草色ではなく土色で、イオに聞いていたルアの特徴とはかけ離れた見た目をしていた。
「肌の色が変わるのは、全属性魔力による身体崩壊の手前だって、トトが言ってた」
アプリが苦しそうに声を上げる。つまり、ルアには爆発の危険だけでなく、身体崩壊の危機まで迫っているということか!
「サム、君の結界魔法でルアを捕らえよう。治療はその後だよ」
「はい!」
僕はポケットから、ウルツ鋼の小さなカケラを数個取り出し、ルアに向かって投げた。
竜の巨大な体躯を覆うだけの結界を作るのには、あらかじめ魔力と術式を流してあるウルツ鋼を用いないと無理だ。
しかし、瞬間、ルアが羽ばたき、ウルツ鋼は吹き飛ばされてしまう!
そして、ルアの土色に澱んだ目が僕らを捉え、屋根の上を飛び降り――僕ら目掛けて突っ込んで来る!
「電閃道!」
ルートさんが即座に術を再発動してくれたお陰で、難を逃れた僕らだが、電閃道では高速過ぎて、こちらがルアを見失うかもしれない。
しかし、ルートさんが術を解く気配はない。ルアのことはいったん諦めるつもりなのだろうか?
「サム! あのまま、あそこにいた方が安全だったかも!」
「どういうことですか!?」
「今のルアは、多分正気を失ってる! つまり本能で動いてるんだ! 竜の食糧はなんだっけ!?」
「魔力を帯びた鉱物、もしくは……魔力そのもの」
「そう! 僕らは今、格好のエサだってこと!」
「ウォォォォォォォォォォ!!」
嘘だろ……電閃道で高速移動しているというのに、上空からルアの咆哮が聞こえてくる!
このままでは全員が一度に攻撃を喰らってしまう。
しかし、バラバラに逃げると、無限の魔力を有している『魔力の子』であるアプリ一人がきっと狙われる。
どうしたら――!
「みんな! 僕とアプリだけ、一旦、左に向かう! みんなはしばらく真っ直ぐに逃げて!」
「ウィンリィ!?」
「サム! この先に竜の巣穴があるよね?」
「! 分かった!」
僕の返事にウィンリィはニッと笑って、アプリと共にルートさんの体から手を離す。
その二人を追ってルアも左へ飛んだ。
ウィンリィは、一度僕らからルアを引き離した後、竜の巣穴に誘導し、僕に上から結界を張らせるつもりなのだ。
ルートさんは少し顔を歪めていたが、文句を言わずに電閃道を発動し続けている。僕らが先に到着しないと作戦が破綻するからだ。
それに、ウィンリィの風魔法とアプリの俊敏さを合わせれば、空飛ぶルアを翻弄しつつ、巣穴まで誘導することも不可能ではないと判断したのだろう。
「見えた!!」
あっという間に巣穴に着いて、僕は巣穴周りにウルツ鋼のカケラを埋めていく。
「ウォォォォォォォォ!!」
「来た! サム!」
「いつでも発動出来ます!」
高速飛行の魔法を足に使ったのか、いつもの倍以上のスピードで地面を飛ぶように蹴り走るウィンリィとアプリが見えた!
二人は自然落下以上の猛スピードで巣穴の中へと落ちて行き、その後をルアが追って中へ降り立つ!
直後、ドッガアアアアアン!! と隕石が落下したかのような爆音が鳴り響いたが、土煙の中、しっかりと立ち上がった二人の姿が見てとれた!
「早く! リィ! アプリ!」
ルートさんが巣穴からの脱出を二人に促す。
二人が出てきたらすぐに結界を張るつもりで僕は巣穴に向かって両手を翳した。
しかし――!
ひゅうんっ!! と巣穴の上を無数の鞭のようなものが覆った! それらは、高速で絶え間なく動き出し、中にいる二人を襲う!
「魔力の、鞭……」
ギリィッと隣のルートさんが奥歯を噛み締める音が聞こえた。
「面白かった!」
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