最強の魔法少女
「魔力を満タンにする」
途端、ルートさんが険しい顔をし、コーラも、身構えるような空気を出す。
実のところ、ウィンリィは出会ってからずっと全力を出していない。
何故なら、魔力が満タンだったことがないからだ。
通常、二国の魔導士は魔力が満タンだと、頭に魔力結晶の頭花が三つ咲くが、ウィンリィのそれは、ずっと二つのまま。
過去、軍による命令で、無理に魔力容器を広げたことのあるウィンリィは、普通の食事だけでは、大きくなった魔力容器がいっぱいになる程の魔力を生成出来なかったのだろう。
満タンにする方法はあるにはあるが、それは反吐が出るような方法で、とても、まだ少女のウィンリィにさせられる行為じゃない。
それでも、僕を育てたウィンリィはその方法を実践して、戦場に立ち続けていた――万全を期して仲間を守るために。
僕は奥歯を噛み締める。この、目の前にいる14歳の母――ウィンリィには、そんなこと絶対にさせたくない!
僕は、あの軍命のことを知るルートさんの方を見た。
彼は、苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、口を開くことはなく、沈黙している。
おそらく、ルートさんに軍命のことを知られていることを、ウィンリィは知らないのだ。
ルートさんがそれを知ったのは、読心魔法でウィンリィの頭を覗いたからだろう。
だから、彼はウィンリィがしようとしているだろうことを否定する事が出来ず、黙っている。
しかし、この場にいるメンバーの中で、ウィンリィの魔力を満タンに出来るのは、皮肉だけれど、ルートさんしかいないのだ。
僕が『時渡りの迷宮』で見てきた母の過去でも、ウィンリィは魔力を満タンにするためにルートさんに協力してもらったことがあった。
けれども、戦争のない世界に来てまで、そんなことをしないといけないなんてこと、あってたまるか!
「みんな、なんでそんな怖い顔してるの? 安心して! 限界を超えて食べまくる、とか無茶なことはしないからさ!」
誰も食べまくって満タンにするとは考えていなかったが、コーラだけはそう思っていたようで、ほっと息を吐くのが見えた。
「じゃあ、どうやって満タンにするつもりなの? ウィンリィ?」
「えへへ! これを使うんだ!」
ウィンリィはアイテムボックスから紐で口を縛ってある布の袋を取り出した。
それは、エルフの里の特産品のチーズの袋で、『砂漠のお供――クセロティリ 500g入り』と書かれている。
ウィンリィはそのパッケージの紐を緩めると、片手を突っ込み、飴玉サイズの硬いチーズを拳で握れるだけ掴み、一息に口に入れた!
バキッ! ゴキンっ! バキバキ……と硬いものを無理に噛み砕く音が響き――ウィンリィはあっという間に一袋完食してしまった。
クセロティリは、サマーンの砂漠地帯へ旅立つ旅行者向けの携帯保存食で、硬いので、ゆっくり舐めとかしながら食べるのだと長が言っていたもの。
決して、噛み砕いて食すものではない。
食べ終わったウィンリィが、ふうと息を吐くと、ずっと頭花が二個だった頭に、三個目の桃色のウィンターコスモスが咲いた!
その桃色の輝きを放つ透き通る魔力結晶に呼応するように、瞳の中にも濃ピンクの小さな花びらがいくつも散る。
「よっし! 魔力満タン! これなら、アプリの不安も少しは和らぐよね!」
「そんな、チーズで!?」
「あらまあ……」
「クセロティリは、高エネルギー食で、5粒で一食分のカロリーを賄えると長が言っていたけれど、まさか、魔力容器を満たすことが出来るなんて……」
ルートさんが、ウィンリィの顎に手を添えて、顔をくっと上げさせた。
ウィンリィは、驚くことなく、にっと口の端を上げて笑ってみせる。
ルートさんは、そのまま、ウィンリィの桃色の瞳を漆黒の瞳で覗き込んだ。
「……出会った時と同じ……瞳の中に濃ピンクの花びらが散ってる……」
「二国の高魔力保持者はさ、魔力満タンだとこれが散るんだ! ふふ、前よりも高い魔力を感じるし、今なら僕、二国最強かもよ!」
まあ、実際最強なのだが、この世界に来たばかりの頃のウィンリィはまだ、ジンに敵わなかったと言っていたから、自分が最強になる未来を知らないんだよね……
「そんなものにならなくても、僕が君を守るのに」
「僕だって、君を、アプリを、仲間を守りたいよ」
意志の強さを隠そうとしない瞳の中で、いっそう多くの花びらが散った。
「……はあ、君は言い出したら聞かないものね……ただ、魔力満タンだからって、無茶と油断はしないでね」
「うん。もう二度と油断しない。シュルンの時のこと、僕、忘れてないよ」
シュルンの名前が出て、僕はアプリの顔を見た。
ストレスが極度に達して、眠ってしまった原因は、神獣のことだけではないだろう。
自分が魔力の子を救い出すという望みを実行したから、友達であるシュルンが怪我をしたという事実と、その諸悪の根源であるウィンターン王が、自分と同じ『魔力の子』だと知ってしまったからだ。
あまりにも多くの重たい事実が今、アプリの小さな体にのしかかっている。
ウィンリィが魔力を満タンにしたように、僕にも娘の憂いを少しでも拭える術がないだろうか……
「ひとまず、アプリが起きるまで、全員休息を取ろう。僕は夕食を作ってくるよ」
「僕も手伝う! サム、コーラ、美味しいの持ってくるから待っててね!」
「うん。ありがとう、楽しみにしてるね」
その日の夜、僕は術式を一つ組み立てた。
それが、娘のために今の僕が出来る精一杯だと覚悟を決めて。




