竜の行方と神獣のこと
人の姿から、燃えるようなオレンジの翼を持つ鳥と、流れる銀の毛を持つ狼に変身した二人の姿はとても大きく、魔獣の中でも大きいグリズリー型の3倍はありそうな体躯だった。
「フェニクスとフェンリル……神獣の獣人……」
そう絞り出すように言葉を、情報を僕らに伝えてくれたアプリの顔からは、汗が吹き出していて、彼らがどれだけ危険な存在なのかが、それだけで伝わってきた。
「はーっ!! やっぱ窮屈だよなあ、ウィンターンは!」
「そうだけど、そんなこと言っちゃダメ。私たちは、何があっても、アレフについて行くって決めたんだから」
アレフとは、ウィンターン王の名前だ! この二人は、王の命令で魔獣を放逐しに来たと言うのか?
僕は、バルコニーの柵の隙間から可能な限り視野を広げて、階下の二人を観察した。
僕らが潜む王宮の二階にあるバルコニーは、天井の高い王宮だけあって、彼らの高くなった目線よりは高い位置にあり、先ず、見つかることはない。
更に認識阻害もかけているし、絶対的に大丈夫なはずなのに、臓腑の奥から湧き起こるのは、得体の知れない恐怖心。
それでも、ここから動かずにいるのは、彼らと同じ獣人であるアプリが動かずにいることと、彼らの会話の内容を聞くべきだと本能が告げているからだった。
「そうだ、バカ鳥、新たな魔獣、50体も持ち帰るなんて多すぎじゃない? いくらアレフでも、その数の魔獣に一気に魔力を流したら、枯渇するかも」
「ははは! エリフル、アレフは魔力の子だぜ? いくら使っても枯渇するこたあねーよ。あと、バカ鳥ってのやめろ、燃やすぞ」
っ! アプリには、王が魔力の子だということをまだ言っていない。
焦った僕は、娘の顔に視線を移す。神獣への恐怖で汗だくのアプリは、大きな赤い瞳を見開き、それまで抑えていた両耳を解放した。
「……そうかもしれないけれど、あの件で少し余裕がないように見えるし、心配なんだよ……バカ……エリクス」
「次、バカっつったら、その自慢の尻尾燃やすからな!……しかし、魔力の子略奪のことか……まあ、そうだな、確かに不機嫌ではあるなあ、アレフ」
「まあ、シュバルツ家に何のお咎めもなしだったから、そこまで心を荒立てているわけじゃないとは思うけど……」
シュバルツ家!? って、確か、シュルンの家名では?? 僕はウィンリィに顔を向けた。彼女は、険しい顔で聞き耳を立てている。
「お咎めならあったぜ?」
「え? でも、アレフの視察の後、シュルンとシュミットに会ったけれど、二人とも変わりなかったよ?」
「治しただけだろ。制裁は、為されたさ。視察から帰還したアレフの剣に血がべったり付着していたからな」
「な……でも、シュルンたちのとは限らないんじゃ?」
「血に、極小の雪の結晶が付着してたぜ? シュヴァルツ家の血の特徴だろ?」
シュルンに思いを馳せたのだろう。アプリは可哀想なくらい青ざめた顔をし、ウィンリィは、これでもかと眉を寄せて、拳を握った。
「そんな……もっとシュルンから話を聞くべきだった……」
「ま、お前もさっき言ったけどな、俺たちは何があってもアレフについて行くと決めてるんだ。揺らぐんじゃねーぞ? エリフル」
「分かってるよ、エリクス」
二人はその後、他愛ない会話をし、人型に戻ると、ウィンターン方面へと去って行った。
後に残された僕らは、暫く呆然としていたが、ふと、ルートさんの顔を見ると、口元に手を当てて考え込む仕草をしていた。
「サム、さっきの話、どう思った?」
「……気にかかることがたくさんあり過ぎて、何から話して良いやらなのですが……」
彼らの話の中で、魔獣を持ち帰ったと言っていた。
そして、先ほど放たれたのも、魔獣だ。しかも皆、正気を失いかけの魔力過多っぽい魔獣たちだった。
ウィンターン王――アレフが魔力を流して、魔獣を更に強化する実験をしていて、それに使った魔獣を捨てに来た、というのが話の本筋だと思う。
しかし、僕らが今一番、懸念するべきなのは――
「行方不明の竜、ルアは、ウィンターンに捕獲された可能性が高そうだね」
「僕もそう思います……でもまさか、竜に手を出すなんて」
普通ならば、考えられない。僕は、よく知っている竜のイオやカイ、その親である始祖竜アルと対峙することを想像した。
僕らが想像し得ない長い寿命の中、蓄積された知識と、竜の硬い外皮、星のシステムを担うその存在の大きさに、立ち向かおうなどと、到底考えることはできない。
「生きる気力を失っているとは言え、竜でさえ、押さえ込むほどの力をあの二人は持っているということだね……ねぇ、アプリ?」
はっとして、僕はアプリの方を向いた。
娘は、コーラの腕の中で、自身の体を抱き締めるようにしていたが、顔はちゃんと上げていて、大きな赤い瞳には光も差している。
「うん……ルートさん、そうだよ。あの二人は、神獣の獣人……この世に存在する生物の中で頂点に君臨する強者……」
「頂点……」
それは、この星のシステムである竜と魔族よりも、生物として攻撃力に長けている、ということだろうか?
「って、シルバーに昔、教わった。あと、私たち獣人は、絶対に逆らっちゃいけない相手だって……」
アプリの育ての父シルバーは、獣人の村の長でもある。
その彼がそう言うなら、それは、獣人の中で絶対のルールであるのだろう。
「ふむ。確かに強い魔力を感じたよ。だけどね……」
ルートさんはアプリの頭の上に手をぽすんと乗せると、にっこりと微笑んだ。
「僕の自慢の弟子がこんなに萎縮しないといけなくなるほどの強さではないと思ったよ?」
確かにそうだ。アプリは、魔力の子で、無限に湧き出る全属性の魔力を有している上に、身体能力も高い。
生物として最強なのが神獣の獣人としても、そんなもの、アプリの俊敏さと高魔力があれば、どうとでも渡り合える筈だ……と思うのは、僕が親バカだからだろうか。
「……」
そう――アプリに告げようかと思ったが、娘は、ぽかんとした顔で、師であるルートさんの顔を見つめたまま固まっている。
ルートさんの言葉すら届かなかった様子を見て、これは、アプリ自身じゃなくて、この子の中のうさぎの本能が格上の獣相手に勝手に萎縮したのではないか? と僕は思った。
「アプリ! 確かに強そうな人たちだったけど、気持ちで負けてたら、勝てるものも勝てなくなるよ! それに、戦うと決まったわけじゃない」
「あっ……そっか……そうだよね……ウィンリィ」
「もし、戦うことになっても、僕もインターも、コーラもサムもいるよ? みいんなアプリの味方だからさ! 絶対大丈夫! でしょ?」
ウィンリィが皆に視線を巡らせると、みんな、それに笑顔で頷いてから、アプリを見た。
その表情はとても優しくて、それを見たアプリは、ようやく落ち着いたのか脱力し、後ろにいたコーラにしなだれかかった。
「ふふ、疲れたわよね? アプリはもう横になりなさいな」
「……ん、分かっ……た……」
そのまま、気を失うようにアプリは眠りについてしまった。




