落とし物と来訪者
「ルートさん、これ……」
「うん。まさか、こんなものまで落としているなんてね……」
今、僕らは王宮を後にしようと、庭園を歩いているところだ。
庭園には、薔薇やダリアが大輪の花を咲かせる一方で、足元にはたくさんの可憐な野花も咲いている。
その中に這うように生えていた蔓性植物の蔓の先に、見覚えのあるペンが付いていたのだ。
巻きついていた蔓を綺麗に取り除くと、思った通り、第三国の紋章が刻印された鉱石のペンだった。
「これもウルツァイトだね……どうやら、三国の転移者は、かなり上級の魔導士とみて、間違いなさそうだ」
「そうですね……」
第三国の魔導士は、鉱石で作られたペンを用いて、術式を描く。
そのペンは、杖ペンと呼ばれ、独自の進化を遂げた三国の魔法の象徴だ。
更に、上級魔導士であればあるほど、硬く、魔力伝導に優れたウルツァイト製の杖ペンを使っている。
「よく見つけたわねぇ、アプリ、凄いわ」
「足元に、キラって、光るものが見えたから……」
第一発見者はアプリだった。僕も、可愛い娘に感謝して、頭を撫でる。
「ふわぁ……これが杖ペンかあ……あれ?」
ウィンリィが小首を傾げて、ペンを手に取り、凝視した。
「……このペンのキャップ? あの手紙を出した魔法具の横で見たかもしれない……」
何だって!? そんな大事なものを、僕らは拾わないで王宮を出て来てしまったのか!?
「リィ……僕もサムも見つけられなかったから、何も言う資格ないけどさ……見つけたんなら、ちゃんと言ってよ……」
「うう、ごめんなさい……あの時は、ただのペンのキャップだと思ったからさ……」
というわけで、僕らは、急ぎ、来た道を戻ったのだった。
―――――
「あったあああー! 良かった……」
ウィンリィが言っていたキャップは、FAX型魔法具の本体と机の隙間から出てきた。
ウィンリィは、手紙を読んで、座り込んで泣いていた時に、ルートさんに呼ばれて立ち上がった視界の片隅にこれを見つけたのだと言う。
それは、気にならなくても仕方がないと僕らは納得した。
「ふむ、確かに、これのキャップだね」
ルートさんがペンにキャップを被せると、カチッと小気味良い音がして、しっかりと蓋がはまった。
しかし、ここにこれが落ちていたとすると、転移者がこの魔法具をいじった可能性があるということか。
それは、つまり……
「サム、この魔法具がスノークからの手紙を受信出来たのは、転移者が調整したからかもしれないね」
「そうですよね……つまり、彼? は、これを使って、元の世界へコンタクトを試みたんですかね?」
「そうじゃない? それにしても、僕とサムで調べても出来なかったことをやってのける魔導士だなんて、これの持ち主さ、三国の筆頭魔導士なんじゃないかな?」
「確かに、その線はあり得ますね……」
そう、父さん――スノークからの手紙を出力した後、このFAX型魔法具は、いくら弄っても作動しなくなってしまったのだ。
ウィンリィ以外のメンバーが手形部分に触れてもうんともすんとも言わなかったし、再度、ウィンリィが触れても同じだった。
僕とルートさんでできる限りの探査もしたが、いかんせん、魔法具自体が作動しなくなってしまったので、徒労に終わった。
僕の持つ高難度探査魔法を使ってみることも考えたが、魔獣だらけの森に囲まれたこの廃国跡で、他の魔法が使えなくなる高難度魔法を使用するのは危険すぎる。
それに、三国の転移者に会うことが出来たなら、彼自身にまた起動してもらえるかもしれないし、何より、父さんから母さん宛の手紙を受け取れただけでも奇跡だったのだ。今はそれで満足しようと思う。
「サムたちは、この杖……ペンで魔法は使えないの?」
「アプリ、三国の魔導士はね、「魔法式」と呼ばれる「魔法の公式」をこのペンで描くことによって魔法を発動させるんだ」
「しかも、その「魔法式」は、三国の魔導士にしか"視る"ことが出来ないからねぇ……僕らの目と彼らの目は造りが違うんだよ」
僕がルートさんの顔を見ると、彼が付け加えるように説明してくれた。
「そう言えば、ルートさん、三国の転移者は、相当、魔力が高いって最初から言ってましたよね? 何故、そう思ったのですか?」
「クォーツ製の度なし眼鏡を掛けていたんだよ。魔力阻害眼鏡として有名じゃない?」
クォーツ――水晶は、魔力を通さない鉱石だ。それを利用した魔力阻害眼鏡は、戦争で魔力を行使し続けてしまった療養者向けの商品なのだが――
「つまり……目が良過ぎるから、視界を制限しているほどの強者、だと?」
「そういうこと」
ルートさんは、黒曜石の瞳を鈍く光らせて答え、ウィンリィは、「強い人なんだー」と軽く流した。
それにしても――僕は、バレッタを僕に譲り、今は桃色のセミロングをただ流しているウィンリィと、漆黒の軍服に身を包む髪も目も同じ黒のルートさんを交互に見た。
二国最強の魔法少女に、一国の筆頭魔導士に、三国の筆頭魔導士(予想)まで揃った日には……
「三カ国の最強が揃えば、世界征服も夢じゃありませんね……恐ろしい……」
「それ! 良い案だね! 世界平定して、戦争を無くしちゃおうよ!」
「リィ、そんな簡単な話じゃないよ。僕らは力ある魔導士だけど、国の実権は何も持たない。一軍人に過ぎないんだから」
ルートさんの言う通りだ。今のルートさんとウィンリィの仲がどんなに良くても、元の世界に戻れば敵同士という現実は変えようがない。
そう考えると、やっぱり母さん――ウィンリィには、この世界に留まっていてほしいと思ってしまう。
たとえ、父さん――スノークに二度と会えないのだとしても。
その時、バルコニーに出て、外の様子を見ていてくれたコーラが、静かに戻って来た。
口元には、人差し指を当てて、暗に「静かに」と告げている。
「ピギヤアアアアアアー!!」
「フシャアアアアアー!!」
直後、外からけたたましく響いた魔獣の咆哮に、僕らはバルコニーへと目を向けた。
バルコニーの窓から外の様子を伺うと、下の景色の隅に人影を見つけて、僕は全員に認識阻害をかけてから静かにバルコニーに出た。
念のため身を低くして柵の隙間から、そっと覗くと、目深にマントを羽織った背の高い人間と、小柄な人間の二人組が、大きな登山リュックのようなアイテム鞄を全開にして、魔獣を庭園に放していた。
放たれた魔獣たちは、王宮――ないしは、廃国跡地全域にかけられていると思われる「魔獣忌避」の術式のせいか、庭園の外へ向かって逃げて行く。
「あちゃー……やっぱり、ここには定着しねぇか」
「だから言ったのに、無駄骨だって……バカ鳥」
「ああ!? お前だって、逃げた転移者がいるかもって言ったら、炙り出せるかもって、乗り気だったじゃねーか!」
「その後、どうせもういないだろうから、手前で放そうって言った……はあ、こんな廃国中央まで来る必要なんかなかったのに……疲れた……」
何だか、間の抜けた会話をしている二人組だが……
僕は、傍らで身を縮こませている娘を見遣る。
アプリは、長いうさぎの耳を両手で握り潰すようにしていて、僅かだが、体も震えていた。
その尋常じゃない様子に、コーラとウィンリィがアプリを抱きしめて、部屋の中へ離脱しようとしたが、アプリがそれを静止するように、顔を上げる。
「……だ、め……動かないで、みんな……あれは……」
「はあーあっと!……ケンカしててもしゃーねーし、息抜きして、とっとと戻るぞ!」
「それ、私が言おうと思ってたのに……バカ鳥」
バサァっと二人組がマントを脱ぎ捨てたかと思うと、体がピカッと光り……
「やっぱり……獣人だ……それも……」
獣人、とアプリが呼んだその姿は――
燃え盛るオレンジの炎を翼のように羽ばたかせる大きな鳥に――
鋭く輝く銀の毛を身に纏った大きな狼――
「フェニクスとフェンリル……神獣の獣人……」
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