遥かな想い
あの魔法具は、手紙の内容を魔力で飛ばして、それを受信するものだった。
魔力を電波のように飛ばす術式は、僕の世界にもあったけれど、物理的に生み出せる電力とは違い、魔力は、全生物が持っているとはいえ、魔法として出力できるほどの量を持っている生き物は全生物中の20%くらいしかいない。
そのため、研究はされていたけれど、実用化はされていない術式だった。
ウィンリィの世界の父さんはじめ、親しかったflowersたちは、その術式を完成させて、手紙の内容を魔力に変換したものを、テレポート魔法で飛ばせるだけ飛ばしたのではないだろうか?
それこそ、魔力交差で生じたありとあらゆる穴に向けて。
そのうちの一つがこの世界に届いたのだとしたら、そして、それをウィンリィがここに来て、受信出来たこと――それは、とんでもない奇跡だと思う。
――――――――――
あれから、しばらく泣き続けたウィンリィをルートさんは、優しく抱きしめ続けた。
ウィンリィは、最初は嗚咽を漏らしていたけれど、その内、静かになり、泣き疲れて眠ってしまっていた。
昨日の夜、僕と二人で話し込んでいたから、寝不足だったのだろう。
ルートさんは、ウィンリィを優しく抱き上げると、ソファに下ろした。
そして、顔にかかっていた桃色の髪を横に流し、涙を拭って、頭も撫でて――
「ちょっと外の空気を吸ってくるね」
と言って、部屋を出て行ってしまった。
僕は慌てて、妻のコーラに目配せをすると、彼を追いかけて、外に出た。
既に彼の姿は見えなくなっていたが、魔力を辿り、追いかける。
すると、庭園のベンチに腰掛けたルートさんを見つけることが出来た。
「ルートさん、大丈夫……ですか?」
「大丈夫だよ。僕とリィは、まだ一年しか時を共にしていないからね。産まれた時からずっと側にいたスノークにはまだまだ敵わないって分かってるよ」
「ルートさん……」
「なあに? スノークの息子の君としては、リィが思う相手がスノークなのは、喜ばしいことなんじゃないの?」
「それは、そうですけど……」
「リィ、あんなに泣いて、スノークを求めてさ……あの子だけでも、元の世界に返すべきなんじゃないかって、うっかり思いそうになったよ……」
ん? うっかりということは、つまり?
「まあ、返さないし、僕も戻らないけどね」
「あはは、心配して損しましたよ……ルートさんはそういう人でしたね……」
僕は思う。この人がぶれる筈がないのだと。
ルートさんは、アイテムボックスをごそごそと漁ると、缶ビールを2本、取り出した。
ルートさんは、お酒が大好きで、アイテムボックスの中に全国のお酒をコレクションしている。
今まで、そんな彼の晩酌に、僕はこっそり付き合ってきた。だから、元の世界の缶ビールが出てきても、何ら驚くことはない。
一本、僕に渡すと、彼もぷしゅ!っと音を立ててそれを開ける。
「一本飲む間だけ、教えてよ。あの手紙の内容さ」
「ええ。話しますよ。僕にとっても、多分、ルートさんにとっても、悪い内容ではなかったですから」
ウィンリィが元の世界に戻らなくても、僕はちゃんと産まれていた。
母が、この世界で生きていくための憂いは、僕の中から、綺麗さっぱりなくなったのだ。
―――――
その日の夜。
眠っていたウィンリィは、ルートさんが作っていた第一国の軍シチューの匂いで飛び起きて来た。
コーラもアプリも、泣き腫らして、桃色の虹彩よりも目立つ赤色になってしまったウィンリィの目を心配したが、ウィンリィは、朝になったら治るから、と僕の回復魔法を受けることはなかった。
夕食を終えて、後片付けも終えた後、ウィンリィに話したいことがあると言われて、あの、スズランが咲いていた場所に、もう一度やって来た。
あの夜と同じように、二人並んでスズランの前に腰掛けると、ウィンリィがおもむろに口を開く。
「ねえ、サム、君にはさ、スノークとの思い出がない……よね?」
「……分かってたんだね……」
ウィンリィが父――スノークの話をする時、僕は自分の思い出を話したことがなかった。
息子なのに、それは不自然だったと思う。
ウィンリィは頷くと、後ろ頭に手を回し、ハーフアップを纏めているバレッタをするりと外す。
ウィンターコスモスとスノーフレークが連なるような細工のそれは、ウィンリィが隊服を身に纏った時に、自動的に装備されるもので……目にする度に、密かに気になっていたものだった。
「これ、僕とスノークの魔力糸で編んだものなんだ。君に持っていてほしい」
「それは……」
僕が持ってていいのだろうか?
逡巡する僕の手に、ウィンリィは、そのバレッタを優しく握り込ませる。
「ウィンリィ……」
「君だから、持っていてほしいんだ。スノークとの思い出がない君に。せめて、スノークの魔力がこもったものをあげたいんだ」
「ウィンリィは?」
「僕はね、これももらってるから」
ウィンリィは、アイテムボックスから、半透明の白く輝く頭花を出して見せた。
釣鐘状の花――父のスノーフレークだ。
「これだけは、誰にもあげられないから、だから、そのバレッタは、君が持ってて。だって――」
ウィンリィが顔を上げる。その表情が今にも泣き出しそうで、僕は息が詰まる。
「君の世界の僕も、もういないんでしょう?」
っ! ウィンリィ、君は全部、分かっていたのか……
「ふふ、その顔……君は、隠し事が苦手だよね……誰に似たのかな?」
どちらかと言うと、母さん――ウィンリィ似だと思うけれど、僕の知らない父さんの側面をいくつも聞いたからなあ……一概には言えないか。
「はあーあ! 僕らってさ、頑張って大人になっても、その頃には全盛期の力も半減しちゃうから、困っちゃうよねー。ま、コーラはそれでも強いし、サムも優秀みたいだけどさ」
「はは……コーラは魔力よりも刀技を駆使して戦うからね。あと、僕も、元々魔力は並以下だったから、少ない量で戦う術を鍛えてきたし……」
母みたいな拳闘士タイプは、最も魔力量に左右される職性だ。
10代が魔力量の全盛期である僕ら二国の魔導士たちの中だと、真っ先に現場から引退して、後継の育成にあたるべき職性で、母も、20歳で僕を産んでからは、前線から離れていた。
母が戦死した案件も、本来なら、僕とコーラが参加する筈だったものだ。
それを母は、僕らを守るためにそこに出向いて……帰らなかった。
「サムを鍛えたのって、もしかして、ガレットとリア?」
「ええとね……チュラさんとリアさんだよ」
ガレットは、僕の世界だと、ルートさんと戦って命を落とす。このことをなるべく伏せたかった僕は、最大限、平静を装って答えた。
「へぇ! チュラ仕込みの回復魔法に、リア仕込みの調整魔法か! 最強の師匠たちだね! 二人はさ、僕の自慢の親友たちなんだ!……ガレットもね」
親友の死を察したかのような悲しげな瞳。
ああ、察しの良いウィンリィには誤魔化しようがなさそうだ。
「サム、君たちの世界と、僕らの世界は違うみたいだから、僕、傷付いたりしないよ。だからさ、気を遣わないで話してほしいんだ。僕さ、君のこと、君がどんな風に生きてきたのかをちゃんと知りたい」
その時、夜風が僕らを撫ぜて行き、僕はまた、アイテムボックスからタオルケットを取り出した。
それを二人で羽織って、僕は、今度こそ、自分の話をたくさんした。
スノーク――父のいない僕の人生を。
母さん――僕を育ててくれたウィンリィの人生を。
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