手紙
「あのね……スノークは、氷属性なのに、寒さが大の苦手なんだよ。知ってた?」
「そうなんだ? それは初耳だな……」
「ふふっ…… 息子の前では強がったのかな?……」
――ウィンリィ、父さんは僕に会ったことがないんだ。
――僕が産まれた日が、父さんの命日だったから。
言えないことを頭の中で反芻する。
それから、ウィンリィは、たくさん父さんの話をしてくれた。
僕が父さんとどんな風に過ごしたのかを一切聞かずに。
――――――――――
翌朝、ベッドの上で目覚めると、辺りに誰もいなかった。
昨晩、というか、空が白み始めた頃にベッドに戻った僕は、盛大に寝過ごしてしまったらしい。
「ふわああああ……眠い……」
目を擦りながらベッドを抜け出して、身支度を整えていると、外から楽しげな声が聞こえた。
バルコニーへ出て下を見ると、お肉を焼いて食べているみんなの姿。
もちろん、ウィンリィもいて、美味しそうに肉を頬張っていた。
朝から肉とは、みんな元気だなあ……と思いつつ、外へ出ると、いち早く僕に気付いて駆け寄ってきたのはルートさんだった。
「サム、おそようだね。もうお昼だよ」
「えっ!? そんなに寝てましたか!? 起こして下さいよ……」
「うん。でもさ、リィもなかなか起きなかったし。ここまで来るのに毎日魔獣と戦って、結界張って野営してたじゃない? さすがに疲労がピークだったのかなと思ってさ」
ルートさんは、話しながら、はい、と肉と野菜の串焼きを渡してくれた。
「転移者の行方も気になるだろうけどさ、先ずは食べて寝て、体力回復させなきゃね」
はっ……父さんと母さんのことで頭がいっぱいで転移者のことを忘れていた……
テレポート魔法の鉱石プレートを拾えたことは大収穫だったが、転移者本人に会えるならそれに越したことはないというのに。
反省しつつ僕は、串焼きにかぶり付く。
溢れ出た肉汁は、濃厚だけどさっぱりしていて、良い魔物肉を焼いてくれたのだと理解した。
「サム、おはよう! 美味しい?」
「ウィンリィ、おはよう。美味しいよ」
「えへへ! 良かった! それね、僕がインターと二人で旅してた時に倒したやつなんだ!」
「へぇ……」
前にコーラとも話したけれど、二人が旅をしていた頃の話はあまり聞いていないんだよね……
「牛っぽい魔獣でさ、大きな角がぐるぐるしてて、カッコ良かったんだよ!」
「はは、それは怖いね……」
「ふふ、牛型魔獣と言えば、サムが初めて倒したのもそれ系だったのよ。アプリ」
「そうなんだ……」
遅く起きてきた僕に突っ込むこともなく、妻のコーラも娘のアプリも、にこやかに話しかけてくれる。
「コーラ、アプリ、おはよう。そうだね、あの時はあまりの無茶振りに死ぬかと思ったな」
やれば出来る! と母さんに物理的に崖から突き落とされて、逃げ場の無い中、一人で対峙した魔獣が、牛みたいなやつだった。
今ほど結界魔法も得意じゃなくて、唯一の攻撃手段だった火薬魔法を口の中に死ぬ気で放り込んで倒したのだが、無茶振りが過ぎるなぁと今でも思う。
「ふふ、私は出来ると思っていたから、あまり心配はしていなかったわ。ウィンリィさんも、サムなら出来る! と太鼓判を押していたし」
「はは……僕も母さんの厳しい教育方針のお陰で、鍛えられたとは思うし、感謝もしてるけど、ウィンディとアプリに同じことはしないなぁ……」
「今のウィンリィは優しいけど……大人になると厳しくなるの?」
娘は、不思議そうにコテンと、小首を傾げて、僕を見上げた。
「えっ? いや、大人のウィンリィも優しいんだけどね、なんと言うか、はは……」
「ふむ……未来の僕が何を考えていたのかはよく分からないけれど、僕も、サムならなんだって出来るって思っちゃうな! きっと信頼ゆえの無茶振りだったんだよ! きっと!」
本人が言うか!? いや、厳密には違うんだけども……
しかし、ニカっと笑ったウィンリィの表情は、僕を育てた母のものと同じで、この14歳のウィンリィにも、僕は育てられたことがあるんじゃないかと錯覚しそうになってしまった。
―――――
昼食の後、昨日、ウィンリィとアプリが探索で見つけたという珍しい魔法具を見て回った。
転移者の痕跡は、やはり何も残っていなかった上に、アドが目撃してから時間も経っていることから、もう、この王宮跡地には留まっていないだろうと僕らは結論付けた。
それでも、彼の落とした鉱石プレートを見つけることが出来たのだ。
これだけでも、ここまで来た甲斐があったなあと思う。
あとは、イオの言っていた消えた竜、ルアの行方が気になるところ。
イオは、竜のことは竜に任せてと言っていたのだが、僕もコーラもアプリも、竜たちには、大変世話になっており、恩義を感じている。
だからこそ、転移者の足跡を追った後は、ルアの行方の調査もしようと、エルフの里を出る前に話していた。
「見て見て! これ、床のゴミを集めてくれる魔法具だよ!」
「あら、掃除機みたいねぇ」
「これは……空気中の水分を集めてくれる魔法具みたい……」
「あはは、除湿機ってこと?」
「これは……やばい! 害虫を集めてくれる魔法具だっ! 中にみっしり入ってるよ! 見て見て! サム!」
「……勘弁して……」
ハイテンションなウィンリィの手招きを断って、僕は、ソファに腰掛けた。
それにしても、この国の魔法具、何かを集めるものばかりだな……
今、僕らは、王様の執務室と思しき部屋に来ている。
ウィンリィとアプリの話だと、この部屋が一番魔法具が多かったとのことで、「オススメの部屋」なのだそうだ。
「サム、お疲れのところ悪いけど、ちょっとこれ見てくれる?」
「何ですか? ルートさん……」
もう、虫の塊は見たくないぞ……と思いつつ、彼の側に寄ると、机の上の四角い魔法具が目に入る。
「これさ、電波みたいに飛ばした魔力を集める魔法具みたいなんだけどね」
また、「集める系」か……と思いつつ、それの中央に埋め込まれている大きな水晶玉を覗き込む。
その黒灰色の球体は、まるで機械の液晶画面のように見えた。
「ここに、メッセージが浮かぶんですかね?」
「サムもそう思う? つまり、これって、FAXみたいなものだよね?」
「うーん、表示するだけなら、パソコンなんじゃないですかね? あれ?」
その魔法具が置かれていた机と魔法具は、よく見ると一体化していた。
そして、その下の方を見ると、羊皮紙かな? 古びて茶色みがかった無地の紙のようなものが数枚装備されている。
その紙を手に取ると、ルートさんが楽しそうに僕の顔を覗き込んだ。
「ふふ。FAXぽいでしょ? 起動させたら、何か印字するかな? やってみるかい? サム」
「ええ……危なくないですか? あ、でも……」
500年も前の魔法具を起動させること自体は、慎重になるべきだが、当時の貴重な情報を得ることが出来るのは、無視できないな……
「何か情報が得られるかもしれませんね……やってみましょう」
水晶玉の横には手形があり、そこに手を合わせて作動させる仕組みに見えた。
おそらく、ただ手を置くだけじゃなく、魔力を流すのだと思った僕は、手のひらに魔力を集中させて、そこに手を合わせようとしたが――
「あっ! これ、起動させるの!? 僕やるよ!」
ウィンリィが来て、無造作にその手形に手を置いてしまった!
ヴウウウウンと機械の起動音に似た音を立てた魔法具――発動したそれの水晶玉に、エルフ文字が浮かび上がる!
『ウィンリィ=ウィンター様、お手紙が一通届いております。書面化し、手紙を作成致しますか?』
「えっ? な、何で僕宛て??」
「ど、どういうこと??」
僕とウィンリィが混乱する中、ルートさんは即座に水晶玉に触れて、作成をお願いした。
すると、下の羊皮紙が中に数枚吸い込まれて行き、印刷音のような音がしばらく響き、水晶玉に、
『お手紙を一通、作成致しました。受け取り口から取り出して下さい』
との文字が浮かび上がり、机の下の方に空いていた穴から、封をされた手紙がぽとりと受け取り口に落ちてきた。
ルートさんはそれを拾い上げると、裏側を見て少しだけ目を細ませてから、ウィンリィへと手渡した。
「……はい、リィ」
ウィンリィは、不思議そうに、その封筒の表に印字された自分の名前を見つめている。
「……これ、本当に僕宛てなの?」
「そうみたいだよ? だって、送り主がさ……」
ルートさんが、ウィンリィの手の中の封筒を裏返しにすると、ウィンリィの桃色の瞳がみるみる大きく開かれていく。
「スノーク=スノーフレーク……」
それは、父さんの名前、だった。




