スノーフレーク
「この国さ、生活魔法が発展した国だったんだけど、そのせいで、国民が怠け者になっちゃったんだって」
「ルートさん、その本……」
「図書館にあったこの国の生活史だよ。ほら、ここ、"国民の堕落防止のため、生活に関する魔法を禁止魔法とする"だってさ」
地下の禁書庫で、第三国の転移者の持ち物と思しき鉱石プレートを見つけた僕らは、今日は王宮に泊まろうと、寝室のある部屋を探した。
そうして見つけた部屋の埃を払い、整えると、ウィンリィとアプリの子供組は、お城の探検に出かけて行ってしまった。
僕ら大人組は、夕食の準備まで時間があるので、整えた部屋のソファでくつろいでいる。
「あと、"痒みを緩和する魔法も、薬師の仕事を奪うものとして、全てを禁止する"だってさ。だから、あの禁書庫、痒み関係と珍しい生活魔法ばかり集めてあったんだねぇ……」
「ふふ、ちゃんと理由があったのね……面白いわ」
全てのことには、理由があるってことか……なんて考えつつ、拾った漆黒の鉱石プレートを観察する。
ダイヤモンドよりも硬い漆黒のウルツァイトは、最硬度の鉱石プレートだ。希少な固有魔法であるテレポートの術式を組み込むのに申し分ない。
「サム、それに情熱の塊をかけて、転移者のこと探らないの?」
「組み込まれているテレポート魔法の術式が上書きされてしまうかもしれないので、やめておいた方が良いかと」
「なるほど。それもそうか」
情熱の塊も希少な固有魔法だ。
並の魔法なら、重ね掛けしても、元の術式が壊れることはないが、固有魔法同士だと、打ち消し合う可能性がある。
ここは、慎重にいかないと……と考えていると、バタン! と大きな音を立てて扉が開かれた。
「みんな! この王宮、見たことのない魔法具がいっぱいあったよ! 明日、みんなで見て回ろうよ!」
「リィ、それもいいけど、転移者の足跡は見つかったのかな?」
「うっ……それは、その……」
「ルートさん、私たち以外の足跡は何処にもなかったよ。魔力の跡も、それらしいものは感じなかった」
「そっか、ありがとうね。アプリの方がちゃんとしてるねぇ……リィ?」
「うう……ごめんなさい。お城が珍しくて、ちょっとはしゃいじゃった……へへ……」
僕らが追っている転移者は、相当用心深いのか、埃の積もる図書館の床にさえ、足跡を残していなかった。
おそらく、痕跡を消す魔法でも使ったのだろう。
「ふふ、誰も探索して来いだなんて言ってなかったじゃない。ウィンリィは、純粋に探検を楽しんで、アプリは、探検を楽しみつつ、足跡も追っていた。それでいいのではないかしら?」
「コーラ! 大好き!」
ウィンリィがコーラに抱きついた! ルートさんは、「まあ、そうだけどさ」と呟きながらその光景を眉を寄せて見ている。
アプリはというと、ウィンリィとは反対側のコーラの隣に座り、母の顔を期待を込めた瞳で見上げていた。
「ふふ、アプリ、よく見ていて偉いわねえ……」
「うん」
期待通り、だったのかな? 頭を優しく撫でられて、娘はご満悦だった。
―――――
夜、大きなベッドに全員並んで就寝した。
王族のベッドは、ダブルベッド二つ分ほどの幅があったのだが、念のため、背もたれのないソファを横に足している。
お陰で、伸び伸びと寝転がることが出来た。
が、僕は、鉱石プレートを見つけた興奮が冷めなかったのか、寝付けずに、ただ目を瞑っている。
すると、誰かがベッドから降りる気配がした。
うっすら目を開けて盗み見ると、桃色のセミロングが揺れている。
トイレかな? と思い、また目を瞑ったのだが、なかなか戻ってこなかったので、僕もベッドを抜け出して、ウィンリィの魔力を辿った。
僕とルートさんが王宮中のランプに夜でも歩けるくらいの灯りを魔法でつけておいたので、真夜中でも、真っ暗ではない。
それでも、光源を絞った廊下は、薄暗く、女の子が一人で歩くには向かないなあと僕は思った。
外に出てしまうと、それすらもない、暗闇の世界のはずだ。ウィンリィとは言え、心配になり、僕は歩みを早くする。
しかし、外に出ると、僕の予想とは裏腹に、城の壁に張り付いた光苔が淡い光を放っていて、外をぼんやりと照らしていた。
更に雲間が晴れて、月の光も降り注ぐ。
明るさが増したことに安堵して、王宮の庭園に目を向けると、しゃがみ込むウィンリィを見つけることが出来た。
「ウィンリィ?」
「わっ! サム! びっくりしたあ……」
「ごめん、驚かせて。しゃがみ込んで、何か見てたの?」
僕は、ウィンリィの隣に行き、同じようにしゃがみ込む。
すると、足元に咲く、釣鐘状の白く可憐な花が目に入った。
「スズランだね、これを見てたの?」
「うん。王宮に入る時に見つけてさ……この花……」
ウィンリィがスズランに手を伸ばす。
「スノーフレークに似てるじゃない? だから、懐かしくてさ」
「そう、だね……」
スノーフレークは、僕の父――スノークの魔法紋だ。
僕ら二国の魔導士は、草花人と呼ばれる植物と人間の間に位置する妖精のような種族の先祖返りで、魔法紋と呼ばれる花の形の魔力紋様を持つのが特徴だ。
この魔法紋を赤子のうちに固定すると、特殊な魔法を一つ、使うことが出来る。
僕らにとっては、切り札的な魔法なので、滅多に使うことはないが、これが使えるか否かで、命運を分けるほどの大事な魔法だ。
「ウィンリィは、父さん……スノークに会いたいのかな?」
「……分からない。コーラから、未来の僕のことを聞いたし、君が、未来から来た僕とスノークの息子だって話も疑ってない……けれど、今の僕は、彼に無視されたままだから……」
月明かりの下、ウィンリィの桃色の瞳は、ひどく揺らいでいる。
「……会いたいって言っていいのか、分からないんだ……」
「ウィンリィ……」
夜の冷たい風が僕らを薙いでいく。
僕は慌ててアイテムボックスからタオルケットを出して、ウィンリィと二人でそれを羽織った。
「ありがとう。あのね……スノークは、氷属性なのに、寒さが大の苦手なんだよ。知ってた?」
「そうなんだ? それは初耳だな……」
それから、ウィンリィは、スノークの話をたくさんしてくれた。
僕を育ててくれた母が、あまり話してくれなかった父の話を、14歳のウィンリィはしてくれる。
そのことが何を示すのか、僕は知っていたけれど、ウィンリィには言わなかった。
言ってしまえば、ウィンリィは、戦争に行かなくて済むこの世界から、元の世界に戻ることを選ぶと思ったから。
父が戦死する未来を変えることよりも、今、目の前にいる母が戦死せずに済む今を僕は守りたい。
そう、強く願った。
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