王宮図書館
転移のヒントになりそうな古代の魔導書と、第三国からの異世界転移者を見つけるために、エルフの里を出てから七日が経った。
魔獣だらけだった森を抜けると、岩石を積んで造られたと思われる外壁が広がっていた。
しばらく壁伝いに歩くと、崩れている場所があったので、そこから廃国へと足を踏み入れる。
「わあ……500年も昔の建物なのに、こんなに綺麗に残ってるんだね……」
ウィンリィが感嘆の声を上げ、僕らも頷く。
足元に広がるのは、綺麗に整備された石造りの歩道。
そして、下は石造り、上はレンガで出来た茶色の建物が道なりに等間隔で建てられている。
よく見ると、多くの建物はひび割れてはいるものの、大きく欠けたり、崩れたりしている様子がない。
ルートさんが建物の壁に手をつき、そのひび割れを撫でながら、口を開いた。
「解けかけてはいるけれど、これ、状態維持の魔法かな? ねぇ、サム?」
ルートさんに言われて、僕もその壁に触れた。
触れた指先から、微量な魔力を感じて、間違いなく何らかの魔法がかけられた痕跡が見てとれた。
「……そうですね、この土地――星の魔力を吸い上げて発動させているみたいです」
「500年も発動させ続けることが出来る術式か……ここの魔導書、かなり期待できそうだねぇ」
にやりとした笑みを浮かべたルートさんを見て、僕も期待を込めて、王都中央に見える高い建物――王宮跡に視線を向けた。
イオの話だと、あの王宮の内部に、巨大な図書館があるとのこと。
500年前の魔導書に、元の世界への帰還に繋がるヒントがあることを祈って、僕らは歩を進めた。
―――――
魔獣だらけだった森の中とは打って変わって、街中は静かなものだった。
恐らく、ここの建物には、状態維持だけでなく、魔獣忌避の魔法もかけられているのだろう。
王都の端からでも、目に見えていた王宮跡は、歩いて向かうと、案外遠くて、時間がかかった。
辿り着いた王宮の庭園は、四方八方に自由に伸びた草木で覆われていたが、薔薇やダリアなどの美しい大輪の花が咲き乱れていて、皆、目を瞠った。
薔薇の棘を避けて、時にはコーラが刀で切り開き、僕らは庭園を抜けた。
「王宮も綺麗に残っているのね……この国の住人は、ここに戻ることを前提に移動したのかしら?」
「……そうかもしれないね」
イオの話によると、竜が土地浄化を始めた時、この廃国の民たちは、海岸沿いへ大移動を開始し、引き潮で現れる細く長い一本道を通って、四季の大陸の外にある島国へ去って行ったのだそうだ。
ふと思う。島国へ去った彼らがまだこの土地のことを覚えていたら、今、帰りたいと思うのだろうか?
子々孫々語り継がれていたとしたら――と想像してみたが、流石に500年という時は長過ぎる。
きっと今は、新天地に根を張り、そこを故郷として大事にしているのではないだろうかと思う。
だが、住み慣れた土地を離れるしかなかった彼らと、見知らぬ世界に飛ばされた自分たちが重なり、何とも言えない感情が胸の奥で疼いた。
「わっ、見て見て! このお城、オータンの王宮よりも、めちゃくちゃ壁が分厚いよ! アプリの身長くらいあるんじゃない!?」
「ほんとだ……」
重厚な扉を開けて、中に入ったウィンリィの第一声に、僕は拍子抜けしてしまった。
アプリまで、ウィンリィの言葉を検証しようと、壁の厚みを測るために開け放たれた入り口で仰向けに寝転がり始めている。
「こらこら、二人とも、ここまで何も起こらなかったからって、気を抜かないで。中に仕掛けがあるかもしれないよ?」
「うっ……ごめんなさい」
いつかの迷宮探査の時と同じ苦言を呈するルートさんに、さすがのウィンリィも、バツが悪そうに肩を竦めた。
アプリも、コーラに助け起こされて、急いで立ち上がる。
「この廃国は、海から来る侵略者に度々襲撃されてきたってイオが言っていたからね。攻撃に耐えうる頑丈な作りにしているんじゃないかな?」
「「そうなんだ……」」
廃国の隣に位置するウィンターンが軍備に力を入れているのも、同じ理由なのだろう。今は険悪なサマーンとも、5年前の獣人大脱走までは、友好関係にあったらしいし。
中に入ると、僕とルートさんとコーラは、先ず玄関ホールに留まり、内部を観察した。
探査魔法も作動させたが、どうやら危険はなさそうだ。
「あなた、手分けして書庫を探すのかしら?」
「うん。その方が良いかな」
「サム、あれ……」
アプリが指差す方向に目を向けると、玄関ホールの端に案内板だろうか? 大きな板が立て掛けてある。
「ふむふむ、この絵だと、ここの地下に王宮図書館があるっぽいね……」
ルートさんが、案内板の埃を手で落とすと、現れたのは、王宮の簡単な図解。
僕らは、それを頼りに、ホールの端にあった地下へ続く階段を見つけて、下り――難なく王宮図書館へ続く扉を見つけることが出来た。
扉を開けて、ルートさんが魔法で出した炎で、中を照らすと――
「うわあ……」
「アプリ、落ちないように気をつけなさい」
「うん」
「これは……」
「手強そう、だね?」
遥か下まで続く螺旋の階段――その壁にびっしりと収まっている数え切れないほどの書物が目に入った。
僕は、ルートさんから炎を受け取り、螺旋階段に設置されていたランプ全てに灯りが行き渡るようイメージして分散の魔法を発動させた。
先ほどよりも明るくなった階下を見渡すと、僕の祖国の国立図書館とは比べ物にならない蔵書数が目に入る。
これを全て改めていたら、いくら時間があってもきっと足りない。
僕の持つ高難度探査魔法――情熱の塊ならば、部屋のどこに何の本があるのかをまとめた調査書も出せるのだが……
「うーん……ここで、ファン・ジンを使うと、今日はもう大きな魔法は使えなくなるし……どうしようかな……」
「えっ? とりあえず、底まで行くんじゃないの? お宝は最深部にあるものじゃない?」
ウィンリィの若干、能天気とも取れる意見に、僕は、自分を育てた方のウィンリィを思い出す。
残り物には福があるとか、おみくじやくじ引きは、底のやつを狙うとか、よく言っていたなあと僕は苦笑した。
「ふむ、案外、リィの意見は正しいかもよ。ほら、サム」
「何ですか? ルートさ……!」
遥か底に向かって、ルートさんが、自身の漆黒の魔力を一滴、ぼとりと、落とす。
すると、地面に到達したであろう魔力は、床に留まらず、すうっと吸い込まれるように消えて行った。
「底に……部屋がある?」
「だろうね……古代の希少な魔導書なんかはさ、やっぱり秘されて然るべきということなんじゃない?」
僕もルートさんと同意見だ。僕らは、互いに目線を合わせて頷き合い、底を目指して、長い階段を下り始めた。
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