魔獣だらけの危険な旅路
森の中、僕たちは無数の敵意に囲まれていた。
元になった獣は、雪豹だろうか? 3メートルはありそうな豹のような巨体を、白と灰色のスノーレオパード柄が彩っている。
全長の三分の一ほどもある太く長い尻尾は、荒々しく地面を打っており、今にも飛び掛かろうとしていることが窺えた。
これまでの道中、カンガルーやエミュー、ウォンバットと思しき魔獣の群れに息つく暇もなく襲撃され、みんなの疲労もMAXと言いたいところだが――
「全周囲強電撃!!」
僕とルートさんの間にいたアプリが放った青白い電気の光が、雪豹型魔獣を一斉に貫いた!
『シャアアアアアアー!!!』
「っ!」
鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの高音の絶叫に、僕は慌ててアプリのウサ耳を両手で塞ぐ。
そして、目の前の魔獣からの反撃に備え、いつでも結界を張れるようにイメージを固めた。
しかし、雪豹型魔獣は叫んだ後、次々と倒れ、魔力に還り、肉体は消滅して行き――
自動的に一番近くにいた雪豹の魔力を吸収出来た僕はやっと安堵し、アプリの耳を解放した。
「まだよ!」
僕と背中合わせだった妻、コーラの声に、振り向くと、まだ四体倒れずに残っている!
「インター! 豹のお肉は美味しいのかな!?」
コーラの隣にいるウィンリィの言葉に、僕は苦笑してしまった。
戦いの最中だというのに、食べられるかどうかを気にしているなんて、なんて食いしん坊なのだろうか。
「うーん、ネコ科はねぇ……あんまりオススメは出来ないよ」
「じゃあ、やっつけて魔力だけ貰う! コーラ、半分こでいい?」
「ええ、良いわよ」
コーラの声の直後に、ウィンリィの魔力を込めた拳が、警戒して動きを止めていた雪豹の胴を捉えた!
その瞬間、腹部が丸ごと霧散する!
あっという間に魔力の帯となって、ウィンリィに吸収されていく同胞を見ても残る雪豹は怯まなかった。
そして、果敢にも目の前のウィンリィに向かって、鋭い爪を振り上げた!
「ごめんね」
桃色の大きな瞳に憐れみが浮かぶ。
次の瞬間、ウィンリィは桃色のセミロングを置き去りにしそうな勢いで、雪豹の懐に滑り込み――顎を拳で粉砕した。
ウィンリィが雪豹を倒す傍ら、コーラも、流れるような刀捌きで2体、苦もなく葬っている。
「はは、うちの女性陣、強過ぎるよねぇ……お陰で僕ら出番なしだね? サム」
「あはは……そうですね……」
それでいいとは思わないけれど、僕にはこの後、夜の野営のために堅固な結界を一晩中張り続けるという仕事がある。
そのため、日中の戦闘には、なるべく介入しないようにしているのだが、男としては、妻のコーラをかっこよく守りたい欲が無いわけでもない。
複雑な気持ちでコーラを見ると、強く美しい僕の妻は、赤紫の瞳を細めて笑みを返してくれた。
その笑みに、コーラも僕の役割を分かっているのだと感じたけれど、守ってもらいたい欲とかないのかなぁと正直、思ってしまう。
「アプリ、さっきの断末魔、耳に異常はないかしら?」
「大丈夫、サムが塞いでくれたから、何ともないよ」
しかし、目の前の妻は、娘の耳を心配そうに撫でていて、僕の男としての葛藤など、どうでも良いことだと思い直した。
「サム、日も暮れかけているし、この辺りで野営の準備しちゃおうか」
「あ、そうですね、そうしましょう」
僕は、ショコラさんに加工してもらった小さなウルツ鋼を野営地周辺の複数箇所に配置して、反転結界を発動させた。
更に、その内側にアプリから借りた魔力で、堅固な結界も張る。
これで、外部からの攻撃を吸収して維持する結界と、アプリの豊富な魔力で発動し続ける二重防壁の完成だ。
後は、僕自身が、精神力を食うような複雑な魔法を使いさえしなければ、術式が崩れる心配もない。
なので、廃国跡地を目指して旅立ってからは、僕に施された認識阻害を解く試みは一旦中止している。
「見て! アプリ、空が綺麗なグラデーションだよ」
「本当だ……凄い……」
ウィンリィとアプリの声に、僕も空を見上げた。
僕らが来た方角は赤く染まり、廃国跡地の方角へ向かって、オレンジ、赤紫、紫……群青と息を呑むほど美しい光景が広がっていた。
ここは、廃国跡地の外周を囲む森の中だ。
僕らは先ず、ウィンターンを避けてエルフの里の横に続く森を、廃国跡地の中央を目指して進んでから、大峡谷を渡った。
渡った先にあったのが、この森で、ここを抜ければ、廃国跡地中央に位置する王都跡へ辿り着く。
イオから聞いた話だと、アドが異世界転移者を最後に目撃したのが、その王都跡だったとのことで、僕らは最短ルートで、今、そこを目指しているのだ。
「インター、今日の夜ご飯、なあに?」
「今日はね、昨日倒したエミューにするつもりだよ」
「えっ!? じゃあ、唐揚げ? 唐揚げだよね!?」
「うーん。エミューはね、鳥だけど、牛や馬に近い赤身肉だからねぇ……レアか、叩きか、軽くステーキにするのがオススメだよ」
「どれも美味しそう……じゅるり」
「ああ、もう、ヨダレ垂らさないで。美少女が台無しだよ」
ウィンリィは、14歳になっても相変わらず、保護者のルートさんに世話を焼かれている。
口元をスカーフで拭き拭きされている姿からは、先ほど、魔獣を一撃で倒した面影は全く見当たらない。
そして、ウィンリィの世話を焼き、僕らのおさんどんを務めるルートさんは、彼の祖国では筆頭魔導士。
それこそ、光の差さない黒曜石の瞳で一瞥するだけで、魔獣の動きを止めてしまうような強者である。
そんな彼も、弟子のアプリに魔法を使う場を譲ってあげたいのだろう。今のところ、出番なしだ。
この時、強過ぎる仲間たちに、廃国探査での不安など感じる筈もなく、妻の前でかっこよくありたいなどと、甘いことを考える余裕すらあった僕。
しかしこの先に、特大級の危機が待ち構えていることを、僕らはまだ知らなかったのだ。
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