番外編①ウィンディの叔母たち
『ウィンディ、誕生日おめでとう!』
「わあ! みんなありがとう!!」
柱の影に隠れている私の目線の先には、ミルクブラウンの髪に、キャラメル色の瞳の美少女がいる。
彼女、ウィンディちゃんは、私の従姉妹の娘。
今日12歳を迎えた彼女は、仲間たちからのプレゼントを満面の笑みで受け取っていた。
ここ、flowersの訓練棟の屋内庭園は、私も訓練生だった頃によく訪れた場所で……従姉妹のコーラとよく遊んだ場所でもある。
コーラとサムが、帰らぬ人になって、ウィンディちゃんが一人になった時、私は何も出来なかった。
本来なら、唯一と言ってもいい血縁者なのに、何もしなかったのだ。
だから、このプレゼントも、本当は渡す資格がない。
それでも毎年、ウィンディちゃんを引き取ったオーレンを介して渡してきた。でも、本当はずっと手渡ししたくて――今年は勇気を振り絞ってここまで来たのだ。
「……嬉しそうね」
目の前のあの子は、楽しそうにプレゼントの包みを開けていて……その中に私が入るのは気が引けた。
やっぱり、やめよう。でも、せっかくここまで来たのだから、息子のポーチェに託してから帰ろうか……
庭園を後にし、踵を返そうとしたその時――
「待って、ルベルさん」
「えっ? ネム君ママ!?」
目の前には、少女と見まごうような外見の柔らかな赤い髪の女性。
エッジのきいた大きな桃色の瞳は、吊り目がちなはずだが、眠そうに伏せられている不思議な表情だ。
「あの、何か?」
「それ、ウィンディちゃんに渡すのでしょう? 私も同じなの。一緒に行きましょう」
言い終わらないうちに手首を掴んで、歩を進めるネム君のママ!
「ちょっ! だ、だめ!」
私は、慌てて彼女の手を振り払った。
「わ、私、は……ポーチェに渡してもらうから、息子のところに行くわ」
「ポーチェ君なら、今日は先生とマンツーマンで居残りよ。待っていたら渡せないわ、観念なさい」
「っ……で、でも」
「あなた、ウィンディちゃんの従叔母なのでしょう? プレゼントくらい、気軽に渡しなさいな。私なんて、ただの友達のお母さんレベルよ? それでも、あの子にこれを渡すことに何の躊躇いもないわ」
私だって、そうしたい……でも、あの子のお母さんに、コーラに意地悪ばかりしてきた私にそんな資格あるのだろうか……
「ネムママ、あの……」
「リジーよ、ルベル」
突然の呼び捨てに、私は驚いて、ネムママ――リジーさんの顔を見た。
「ルべ、あなたがウィンディちゃん――ひいては、あの子の親世代のコーラさんと何か確執があったとしても、あの子には関係のないことよ」
え!? そんなこと、この人に話したことなどないのに。
コーラの名に動揺する私にお構いなしで、リジーさんは話を続ける。
「あの子にとっては、自分を気にかけてくれる大人がいたということだけ。だから、ここでうだうだしているのは、無駄なこと、だわ」
「あ……」
その通りだ。私は自意識でいっぱいになって、目が曇っていたのか……。
大人になったというのに、あの少女だった頃と何も変わらない。
コーラの代わりになれなくても、養親になれなくても、出来ることは何だってしようと決意したのに!
「リジー……さん」
「リジーで結構よ。私、あなたの一つ下なの。だから、ほぼ同い年よ」
「あ、リジー、私、あの子に優しくしたいの。でも、その、この歳で恥ずかしいけれど、素直になれない時があって……」
「ああ、あなた、あの、ツンデレで有名なチュラさんの娘さんだったわね。母親似なのね、羨ましいわ」
か、母さん……恥ずかしいけれど、あなたの悪癖は、退役後も有名みたいです。
「それで、申し訳ないのだけれど、私が変な態度を取ってしまったら、フォローをお願い出来るかしら……」
「いいわよ。ほら、早く行きましょう」
「え、ええ」
思いの外、長く話していたのか、ウィンディちゃんを囲んでいたたくさんの仲間たちは、皆、解散していた。
残されたウィンディちゃんは、ベンチに座り、もらったプレゼントたちを笑顔で大事そうに手に取っていた。
もらった品を慈しむように眺めるその姿は、幼い顔立ちなのに、妙に大人びて見える。
私はこの期に及んで、話しかけるのを躊躇っていたが、リジーさんが声をかけながら近付くと、こちらを見て、手をぶんぶんと元気に振ってくれた。
二つの大きな包みを手渡すと、大きなキャラメル色の瞳がキラキラと輝く。
「わあ! リジーさん、ポーチェのお母さん! ありがとう!」
満面の笑顔で告げられたありがとうに、微笑み返したが、上手く笑えているだろうか?
ミルクブラウンの髪もキャラメル色の瞳もサムにそっくりで、顔立ちはウィンリィさんそのものなのに、笑顔に品があるところに、やっぱり、コーラの面影を感じて、胸が苦しいのに。
「どういたしまして。そうだわ、ウィンディちゃん、ルべはあなたの従叔母よね?」
「うん、そうだよ! お母さんの従姉妹なんだ!」
「なら、ポーチェのお母さんではなく、『叔母ちゃん』と呼べばいいのではないかしら?」
何を言い出すのだろう、この人は!
私はリジーの顔をきっと睨みつけた……けれど、彼女は、私の方を涼しい目でちらりと見ただけだ。
人の気も知らずに、何て人なの!?
「叔母ちゃんかあ……とっても綺麗なポーチェのお母さんを叔母ちゃんと呼ぶのは抵抗があるなあ……あ、そうだ!」
考え込む仕草をして俯いていた顔が、私に向けられて、
「ルベルさんって呼びたいな! いいですか? ポーチェのお母さん!」
「え、ええ、いいわよ」
こんな笑顔を向けられては、拒むことなどできるわけない。
「えへへ、ルベルさん、名前、アベル先生に似てて良いですね! でも……
顔は、うちのお母さんに似てますね……」
その時、それまでの笑顔とは打って変わって、寂しげな笑みを浮かべたこの子に、手を差し伸べそうになった。
だめだ、コーラの代わりにこの子を抱きしめたりなどしては――
「ウィンディ、待たせたな」
「お養父さん!」
ウィンディちゃんばかり見ていたからか、オーレンが近付いていたことに全く気付かなくて、私は驚いて振り返った。
それと同時に、ベンチから立ち上がったウィンディちゃんが、オーレンに抱きつく。
抱き留めたオーレンは、穏やかな笑みを浮かべて、ウィンディちゃんの頭を撫でた。
それを見た私の胸の内には、ほっとしたような、残念なような複雑な思いが去来した。
「お養父さん! リジーさんとルベルさんが誕生日のプレゼントをくれたんだ!」
「そうなのか。それは良かったな」
「オーレンさん、あなたでは到底選べないセンスの良い可愛い服をプレゼントしたわ」
「ふ、相変わらず手厳しいな……レアとネムの母親は」
え!? リジーさん、司令官にまで上り詰めたオーレンにこの態度なの!?
戸惑う私を他所に、リジーさんは涼しい表情をしているし、オーレンも微笑んでいる。
「ルベル、今年は手渡ししてくれたのか」
「っ……そ、そうよ、悪い?」
「悪くない。毎年ありがとうな。この子のことを気にかけてくれて」
子供の頃、無愛想で、私を見るたび、眉を顰めていた奴が笑みを浮かべていた。
……オーレンのやつ、私が昔、コーラにしたことを知っているくせに、ウィンディちゃんのためなら笑えるのね。
「別に、あなた一人じゃ、可愛い服も選べないと思っただけよ」
そんなオーレンのことが私は羨ましくて、憎まれ口を叩いてしまう。
「あはは! お義父さん、言われてるねー。でもね、二人とも! お義父さんはね、世界一のお義父さんなんだ! 側にいてくれるだけで充分なんだよ」
ニッと笑ったウィンディちゃんの顔はとても良い表情で、オーレンが注いでいる愛情が本物だと如実に語っていた。
「知っているわ」
「ええ……」
これから二人は、ジーニアス君を加えた家族三人でレストランに行くそうだ。
「家族水入らずの邪魔はできないわね」
「そうね」
リジーさんと二人、ウィンディちゃんとオーレンを見送った後、帰路に着く。
「あの、リジーさんはどうしてウィンディちゃんを気にかけるのですか?」
「そうねぇ……ネムが組み手でお世話になってるからかしら」
それだけで毎年プレゼントを送ったりなどするだろうか?
「どのみち、こちら側に理由があったとしても、あの子には関係がないもの」
「ふふ、さっきも同じことを言ってましたね……」
この人の物言いは、淡々としてはっきりしていて、冷たく突き放しているように感じるけれど、不快ではない。
それどころか、すっと心の底に届くような言葉だった。
「まあ、理由があるとしても、それはね、墓まで持っていくしかないの。
だから、私はただの友達のお母さんとして、全力でお節介を焼くと決めているのよ」
意思の強そうなエッジの効いた目元――その桃色の瞳の中に、濃ピンクの花びらが散ったような気がした。
高魔力の証である瞳の中に散る花びら――これが一般市民であるリジーさんにあるはずがないのに。
「リジーさん、あなた……」
「ふふ、あなたともね、ただ、魔法少年を目指す息子の母親同士というだけの間柄よ。だけど、個人的には仲良くしてほしいと思っているわ」
私もそうしたいと、この短時間の間にそう思ってしまっていた。
ただ、そうするためには、きっと勘繰ってはいけないのだと思う。
彼女の燃えるような赤い髪と、桃色の瞳、その中に散ったように見えた花びらのことを――




