プラシーとアルテ
ノアくんの葛藤を見届けた後、長の家で夕飯の支度をするルートさんの手伝いがてら、さりげなくノアくんの話題を振ってみた。
「ノアにはね、電撃魔法を教えることにしたんだ」
「へぇ……でも、何故電撃なんですか?」
「獣属性といえば、電撃のイメージじゃない?」
「ルートさん、どっかのネズミじゃないんですから……」
「ま、それは冗談なんだけどさ、電撃魔法は、術者の強度によって出力が変わるからね。強靭な肉体を持つ獣人と相性がいいと思ったんだ」
それを聞いて、アプリに最初に渡した魔法具が電撃系だったのも、考えあってのことだったのかな? と僕は思った。
「サムさ、お昼の僕とノアくんのやり取り、見てたでしょ?」
「気付いてましたか……はは……」
「リィとプラシーのやり取りは見てなかったみたいだけど、今日のはちゃんと見ていたんだねぇ?」
おお、根に持つなあ……ルートさん。そういえば、プラシーくん、ウィンリィに告白した後、話とか出来たのだろうか?
「あれは、その、一緒に覗き見していたアルテが思ったよりも面白い子で、その……」
「アルテか……魔力の子の家の闇のエルフの子がさ、プラシーのところから帰って来ないって心配してたな……」
あれ? アルテって、もしかして、あのままずっと畑仕事をしているのか?
「そういえば、もう一週間以上、経っていますね……」
「明日、見に行ってみたら? 少し病弱な子なんでしょ?」
確かに、アルテの容姿は、透き通るような銀髪に、灰銀色の瞳、陶器のような白い肌、小柄な体躯……といかにもか弱そうな見た目をしている。
だけど、アイスに釣られてマヴロスくんの密偵になってしまうような食い意地の張った子なんだよね、実は。
「ルートさんも騙されていますね。あの子はそんなタマじゃありません。決して」
「おや、サムがそんな風に言い切るなんて珍しい」
「まあ、一応、様子は見に行きますよ」
―――――
翌日、僕は、アルテを心配する闇のエルフ――ヘカテを連れて、プラシーくんの家へと向かった。
ヘカテは、体が治った後も心が回復しきらなかった子供のうちの一人で、一日の大半をベッドの上で過ごしていた女の子。
魔力の子の家からプラシーくんの家までは、けっこう歩くので、ベッドの上から殆ど動かない生活をしていたヘカテの体力が持つのか、僕は心配だった。
しかし、
「アルテがいなくなってから、マヴロスが外に連れ出してくれるようになったんです。だから、ちゃんと歩けます」
と本人が言うので、なるべくゆっくり、途中で休憩を挟みながら目的地を目指した。
「ヘカテは、アルテとマヴロスくんと特に仲が良いのかい?」
「……そうですね、あとは、同じ闇のエルフのメラスも仲が良いかもしれません」
闇のエルフは、マヴロスくんとヘカテとメラスの三人だけで、皆同じ綺麗なアメジスト色の瞳と艶のある黒髪、褐色の肌を持つ美しいエルフたちだ。
長ですら絶滅したと思っていた種族で、もしかすると、この世界に残る同族は彼らだけなのかもしれない。
そこに唯一の光のエルフであるアルテが加わった四人は、50人の魔力の子の中でも、何となく目を引く存在だった。
―――――
プラシーくんの家に着くと、彼の代わりに見張り役をしていたエルフのおじさんがいたので、行方を聞いてみる。
「プラシーは、川に向かったよ。今日は、川で捕まえたドジョウを田んぼに放すんだとさ」
というわけで、そのうち来るだろうと、僕らは田んぼの方へ先に向かうことにした。
おじさんに聞いた畑の方角に向かって少し歩くと、赤い果実を付けている木々が見えてきて、そこを抜けると、畑が広がる場所に出た。
畑で作業するエルフたちとグレイに挨拶をして、奥へ進むと、植えたばかりの緑の早苗が見えてくる。
そこに小さくしゃがみ込む銀色の頭を見つけて、ヘカテは、小走りにそこへ駆け寄った。
「アルテ……あなた、闇のエルフに転生でもしたの?」
「来る日も来る日もお日様の下で畑仕事してるからね」
そう、アルテの陶器のような白い肌は、綺麗に焼けて、チョコレート色になっていたのだ。
「こんにちは、アルテ。ちゃんと真面目に働いてるなんて驚いたよ」
「プラシーが、サボったらご飯抜きにするんです……全く、育ち盛りを何だと思っているんだか、あの五十路」
「アルテ、お昼ご飯、野菜ジュースだけでいいのかな? あ、サムさん、ヘカテ、こんにちは」
そこへ、バケツを持ったプラシーくんがやってきて、バシャーと田んぼにそれを流す。
黒くうねるドジョウが数匹、田んぼに放流され、元気に泥の中へと潜っていった。
「プラシーくん、こんにちは。アルテは役に立っているかな?」
「ええ、怠け者であっても、人手としては多少助かっていますよ」
「ふん、私から怠けることを取ったら、美貌しか残らないんだから」
おお、アルテ、相変わらず太々しいな……
プラシーくんはというと、ウィンリィと野いちご摘みに行って以降、どうしているのか僕は少し心配だったのだが――
「ははっ、じゃあ、その美貌とやらを守るために帽子くらい被ったら? 今は綺麗な褐色だけど、そのうち皮が剥けて、まだらになって悲惨なことになるよ?」
僕は、今日畑で見かけたエルフたちが皆、麦わら帽子を被っていたのを思い出した。
もちろん、プラシーくんも同じように帽子を被っている。
「嫌だ。帽子は蒸れるし、暑いから要らないもん」
「アルテ、それでもあるなら被った方が良いわよ」
ヘカテは、アルテの透き通るような銀髪の下の頭皮が心配なのか、細い指で頭を撫でた。
「ほらほら、アルテちゃん、あなたに似合うお帽子作ったから、今日からはこれを被って作業しましょうねー」
その時、エルフのおばちゃんがやって来て、つば広のボンネットをアルテの頭に被せた。
更に、顎下で白レースのリボンを蝶結びにすると、可愛さと防御力を兼ね備えた帽子が立派に装備されて、さすがのアルテも、喜びの声を……
「……暑い、蒸れる」
あげなかった。
期待を裏切らないマイペースぶりに、僕は、ほんの少しでも心配してここまで来たことを後悔した。
「まあまあ、被らないと更に日焼けして、皮が剥けるわよ」
「むむ……ウィンターンは寒い国だったから、この里の暑さには、慣れないんだもん」
見たところ、布製のこの帽子は、このおばちゃんが縫ってくれたものなのだろう。それなのに、アルテは、頬を膨らませて文句ばかり垂れている。ほんと、我儘が過ぎないか?
「アルテ、我儘言わないで、ちゃんとお礼言いなさい」
ヘカテが眉を寄せて注意すると、さすがのアルテも頬を膨らませるのをやめて、おばちゃんに向き直り、
「……ありがとう、おばちゃん、これ、麦わら帽子と違ってチクチクしないから、そんなに嫌じゃないよ……多分」
と、一言余計ながら、ちゃんとお礼を言った。
おばちゃんは、にっこり笑って、帽子の上から頭を撫でると、自分の持ち場へと戻って行った。
「普段から、それくらい素直にしていたらいいのに」
「むむ……うるさいなあ、五十路」
ここで、僕はあることに気付く。
プラシーくんは、田んぼの隙間に新たに苗を植えていて、アルテはずっと、浮いてしまった苗を植え直しているから、下を向いている。
だから、互いに目線は合わせていない。
なのに、言葉を交わしている時だけ、微かに二人とも笑顔なのだ。
あれ? これって、まさか……
「サムさん、何だか仲良さげですね、二人……」
こそっと、小声でヘカテが僕に呟く。
新たな関係が、僅かな淡い何かが、確かに芽生えているような、そんな気がした。
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