コーラルフラワーとコーラルベル①
ウィンリィは、エリィの死を自分の母のせいだと思っていて、ルートさんは、自分のせいだと思っている。
二人、膝を突き合わせて話をさせれば済む話のような気がして、夕方、栽培部から帰宅したコーラに僕らの部屋で話してみたのだが……
「そんな単純な話ではないと思うわ」
「そ、そうかな……」
即断即決の妻、コーラなら、とっとと話して解決しようとすると思っていた僕は少し面食らった。
コーラは、ベッドに腰掛け、僕が入れた紅茶を一口飲んでから、重たそうに口を開く。
「サム、あなたは、ウィンリィとルートの半年間を考えたことはあるかしら?」
僕らと合流する前の二人のことを? そういえば、あまり考えたことがなかったな……だって、未来の母親が、父親以外の男性と二人旅していた間のことなんて、考えたくもなかったから。
「ない……けど、コーラはどう考えているの?」
「敵国の魔導士の二人が、右も左も分からない"異世界"で過ごした半年よ? 互いのことを全て話しているとは思えないわ」
確かにそうだが、仲睦まじい二人の様子を鑑みるに、話していないことの方が無さそうに思えるが。
「コーラは、僕が思うよりも、二人の間には隠し事があると思ってるってこと?」
妻が長い睫毛を瞬かせる。その奥の赤紫の美しい瞳は、僕の見えないものを確かに見据えているようだった。
「そうよ。二人のことにお節介になると、今回のヘリオスのことをウィンリィに打ち明けた時みたいに、余計な憂いを生む原因になりかねないわ」
「それは、そうだね……」
「あなたがしたことが悪いということではないの。ただ、私たちが思う以上に繊細な感情の上に成り立つ関係というものが、あるんじゃないかしら」
「それは……君とルベルのことを言ってる?」
「……そうね。そうかもしれないわね」
コーラの隣に腰掛けて、肩を抱くと、彼女も僕の肩に首を預けてくれた。
それは、心許ない時にコーラがする仕草だった。
ルベルの話題は、強くて凛々しい妻の心をいつも少しだけ、弱くしてしまう。
僕は、肩に置いていた手を頭へと移し、最大限優しく撫でながら、仲が良かった頃の二人の姿を思い起こした。
サイドテールにお揃いの赤いリボンを付けて楽し気に笑い合う姿。
大人になる過程で、リボンはシンプルなシュシュへと変わったが、ルベルに言われてお揃いにしたその髪型を今でもコーラは貫いている。
そんな二人の仲は、コーラの職性魔法がルベルの父アベルと同じ刀だったこと――たったそれだけのことで壊れてしまった。
「コーラ、剣の修行は順調?」
「ええ。もう教えることは殆どないってお墨付きをもらえているわ」
「そっか……それで……君の気持ちは……明るくなった?」
ルベルの職性は、コーラの母親と同じ"剣"だった。
ルベルが、父アベルと同じ刀を欲したのと同じように、コーラもまた、母親と同じ剣を望んでいたのを僕は知っている。
「ふふ、それはまだよ。お墨付きをもらえたと言っても、フローガには勝てていないもの」
勝つ必要まではないんじゃないかな? とは言えなかった。
きっと、コーラはフローガに勝つことで、ルベル――ひいては、剣への未練を断ち切りたいのだろうから。
―――――
翌日、僕は、コーラの剣修行に久しぶりについて行くことにした。
お墨付きをもらえたとなると、コーラの上達スピードなら、フローガに勝つ日も近いと思ったからだ。
夫として、共に育った幼馴染として、コーラがずっと心に留めてきた想いが昇華される瞬間を僕も見届けたい。
「はあ、今日はサムも来たのか……」
「悪かったね。過保護な夫で」
出迎えたフローガは、あからさまに嫌そうな顔を僕に向けたが、僕は構わず、家の横のベンチに腰掛けた。
コーラとフローガは、言葉を交わすことなく、目配せすると、おもむろに互いに剣を構え――
キィンッ! と透き通るような剣戟を響かせた!
そこから、連続して、赤いレンガ造りの可愛らしい家に似合わない激しい剣戟音が広がっていく。
薄く笑んだ表情で、コーラの剣撃を受け止め、いなすフローガは、余裕があるように見えるが、対するコーラも、口の端を僅かにあげており、余裕が垣間見える。
初見で、コーラがアベル先生並みと評したフローガ相手にこれなら、今日勝ってしまう可能性もなきにしもあらずかな……と思いつつ、僕はそれを眺めていた。
眺めつつ、子供の頃のコーラを思い出す。
僕らが出会ったのは、互いに5歳の時。
チョコレート色の髪に、赤紫の瞳が綺麗に映えて、毎日、母の桃色を目の当たりにしていた僕は、その落ち着いた美しい色に目を奪われた。
「この子はコーラ。コーラルフラワーの魔法少女だよ。今日からみんなで一緒に住むからね!」
母に、肩を抱かれたコーラは、今思うと、その温もりに少し戸惑っていたと思う。
この時、アニとオーレンも同じように紹介されたのだが、記憶に残っているのは、コーラのことばかりだ。
「ルベルに似てるでしょ? 二人は従姉妹に当たるんだ。コーラ、サムと君の従姉妹のルベルは赤ちゃんの頃からのお友達なんだよ」
ルベルは、母さんの親友であるチュラさんの娘でもあるので、物心つく前から互いの家に預けられることもしばしばあった。
似てると言われて、改めてコーラを見るが、僕の目にはちっとも似ているように映らなかった。
確かに、ルベルもチョコレート色の髪に、コーラの赤紫の瞳と同系色の赤い瞳の持ち主だ。
でも、綺麗に上がった目元と、何より、微かに口角が上がっているコーラの表情は、感情の起伏が激しいルベルとはかけ離れた繊細なもののように僕には見えた。
「よろしく、サム」
紡がれた声も、ルベルよりずっと落ち着いていて、耳に心地良いとすら思った僕は、差し出された手と握手を交わすことすら、なんだか照れ臭くて、うまく出来なかったように思う。
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