母の事実③
「サム、リィとゆっくり話せたみたいだね?」
「ええ、たくさん話せました。ありがとうございます」
ウィンリィは今、昼食を終えて、外でトトたちとドッジボールを楽しんでいる。
僕とルートさんは、木陰に腰掛けて、それを見守っていた。
あの話の後、ウィンリィは、しばらくの間苦しそうに眉を顰めていたが、
『教えてくれて有難う。お母さんが仕掛けたわけじゃなかったこと、知れて良かったよ』
と言って、本を閉じて僕に返した時には優しい笑顔を向けてくれた。
あの表情は、息子の僕に向けたものだったと思う。ウィンリィは、行き場のない気持ちを息子に向けちゃダメだと、子供が良かれと思ってしたことを咎めてはいけないと自分を律したのだろう。
ウィンリィ自身も、まだ子供なのに。
その後、ウィンリィが見たいと言うので、娘のウィンディの画像や、僕とコーラの子供時代のものを見せた。
そうして、楽しい昔話をしていたら、部屋を出る頃には元の明るく元気なウィンリィにすっかり戻っていて、僕は安堵した。
今、目の前でトトたちと遊ぶウィンリィは、無邪気な子供そのもので……僕が正体を明かしたせいで、さっきあの子に母親役までさせてしまったのではないかと、僕は明かしたことを少し後悔していた。
「リィ、あのままでいてくれないかな……」
その時、隣のルートさんから不穏な言葉が聞こえてきた。
「ルートさんはロリコンなんですか?」
「そんなわけないでしょ。前に君が見せてくれた大人になったリィがあまりにその、大人っぽくて、今とかけ離れた姿だったから、ちょっと気持ちが追いつかないだけだよ」
確かに、元気にボールを投げているお転婆なウィンリィの姿は、顔こそ美少女だが、立ち居振る舞いは男の子そのものだ。
数年後、息を呑むほど大人びた美人に成長するとはちょっと思えないかもしれない。
この時、エリィの姿が頭を過った。そういえば彼女も、ルートさんの妻というには――
「エリィも大分幼い容姿でしたねぇ……やっぱりロリコンなのでは?」
「ん? ちょっと待って、君の目にエリィはどんな風に映ってるの?」
瞬間、またあの他人が頭の中を横切る感覚に襲われた!
「ぐあっ! ルートさん……突然読むのやめて下さいよ……げええ、気持ち悪い……」
「ほんとにエリィだ! でも、この姿、僕が出会ったばかりの頃の姿だよ! 13歳の時の!」
「13歳……やっぱりロリコンじゃないですか。てか、僕にかける時だけ、認識阻害系の魔法使わないの何でですか! 吐き気が治らないんですけど!」
「大人の男相手に気を遣うメリットってあるのかな? てか、13のエリィには何もしてないよ。僕はちゃんとエリィが成長するまで虎視眈々と待っていたんだからね」
「うわあ……」
自信満々に力説する姿に、僕は本気でドン引いた。
「あとね、僕とエリィの歳の差、たったの3つだからね。ロリコン扱いは心外だよ」
「はあ、まあ、然るべき年齢まで待っていたなら、まともですね、失礼しました」
「然るべき年齢……まあ、待ったよ」
「あれ? これ、待ってなさそうだな」
「待ったってば! ただ、待ってる間にエリィが幼馴染の彼氏作っちゃったから、腹が立って……」
「腹が立って?」
「……何でもない」
この人、やらかしたんだな??
「ルートさん、三人目のお子さん、今おいくつですか?」
「やだなあ〜サム、逆算しようとしないでよ」
「確か、真ん中くんがウィンリィと同い年でしたっけ」
「そうだねって、探り入れないでくれる?」
「はあ、とりあえず、エリィも大変だったってことが見えてきましたよ」
だから、エリィはウィンリィに優しいのかも、なんてね。
「……それは否めないね。僕のせいで彼女は大変な目に遭ったから」
その言葉と共に、ルートさんの黒曜石の瞳から光が失われていった。
失言だったと僕は後悔した。手帳の中のエリィの存在が当たり前になってしまっていて、忘れていた。この人はエリィ――奥さんを失っているのだ。
「サム、聞かないの? どうして僕がそう思うのか」
「聞かなくても、分かります。きっとルートさんのせいではありません」
「あはは、ところがね、本当に僕のせいなんだ。あの日、エリィは僕のために遠出して……出先で戦争に巻き込まれた」
第一国で戦争に巻き込まれるって……まさか!
「よりによって、史上初の市街地戦闘が起きた日に、そこで一番大きな被害を出した軍病院にエリィは向かったんだ」
息を呑む。
「普段、そんなところに行くことなんかなかったのにね。エリィは、その日、どうしてもそこに用があってさ……そして、その用は僕のためだったんだ」
隣で目を伏せるルートさんから、視線をウィンリィへ移す。
楽しそうに子供たちとボールを投げ合う今のウィンリィに翳りはなく、心の底から楽しそうに見えた。
けど――
「ルートさん、それ、ウィンリィは知っているんですか?」
「言ってないよ。言うわけないじゃない? あの子優しいからさ、気に病んじゃうよ、自分は悪くないのにさ」
「そうですか……」
ルートさんは、僕なら話さないと信頼して、話してくれたのだと思う。
しかし、
『お母さんのおかげで、たくさんの命が助かったんだとしても、死んでしまった人の家族にとっては、そんなの関係無いと思う』
『サムはもし、コーラが同じ目にあっても仕方なかったって思える!?』
『思えないよね!? 僕だって無理だよ。きっと憎むし、許さない……』
『インターには話さないで』
おそらく、ウィンリィはもう知っている。
これは……僕は、本当にただただ余計なことをウィンリィに教えただけだったのか?
僕が事実を話すまでは、エリィの死因は、ヘリオスの起こした市街地戦闘だったということまでだったはず。
でも、話してしまった今、それは明確に、ヘリオスが使った魔法の余波で、エリィは軍病院ごと消滅したという事実を決定付けてしまったのではないか?
慕っているルートさんの奥さんの命を自分の母親の魔法が奪っただなんて、そんなこと、ルートさんに知られたくなくて当然だ。
「ウィンリィー! 決めろー!」
大きな声援が子供たちから上がって、僕とルートさんは、そっちを見た。
ドッジボールは、あと一人、トトに当てればウィンチームの勝ち、というところまできていた。
味方チームの声援に、ウィンリィは屈託のない笑顔で応えてからトトに向かってボールを投げる。
トトは避けたが、ボールは外野にいたマヴロスくんがキャッチして、すかさずトトに当てた。
「勝ったー! やったね、みんな! やったよ! インター!」
ルートさんに笑顔で手を振るウィンリィに、同じく笑顔で手を振り返すルートさん。
僕は、そんな二人を胸が詰まる思いで見ていることしかできないのだった。
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