母の事実①
アプリを迎えに行った帰り道。
アプリは打ち明けてくれた。実年齢が、4歳でも9歳でもなく……16歳なのだということを。
しかも、12歳まで成長しても、全属性魔力による身体崩壊が起きなかったことも。
シュルンは言っていた……同じ魔力の子である王は大人なのに身体崩壊が起きていなかったと。
それは、王とアプリの体に起きていることが同じ事象から来るものだということなのだろうか?
「ウィンターン王とアプリ――人間と獣人……何か引っ掛かるな……重大なことを見落としているような……」
あと!
「まさか、アプリが今、16歳だったなんて! どうしよう……思春期真っ只中の娘の親になるなんて、まだ先のことだと思っていたのに!」
思春期時代の自分のことを思い返す。
僕の祖国では、15歳まで混浴可能で、特に回復士は人体構造への理解を深めるために、大浴場に行くことが義務付けられていたのだが……
「お、恐ろしい……もし、アプリが同じ年頃の男子に興味なんか持ってしまったら……!」
当時の自分が考えていたことを思い出し、そのろくでもなさに、ベッドの上でゴロゴロと転がり悶絶した。
すると、ドアが開いて、妻のコーラが入って来る。
「あなた、ドアの外まで漏れているわよ」
「うっ……すみません、ごめんなさい、もう考えませんし、見ません……」
「? 見ませんって、何の話かしら?」
しまった! つい、あの頃の懺悔を……
「な、何でもないよ。それよりもウィンターン王のことが気になっててさ……」
「誤魔化したわね。まあ、いいわ。私も王のことはアプリの母親として気になるもの」
アプリ、ごめんよ、娘を盾にして……思春期を引きずっている情けない父をどうか許しておくれ……
―――――
翌朝の日曜日。
この日は、誰も修行には行かず、各々、自由な時間を過ごすこととなった。
長は、勉強熱心な子たちにエルフ文字を教えて欲しいとせがまれたらしく、魔力の子たちの家に行き、
イオは、教材の調達に行くと言って出掛け、
コーラは、アプリとノアくんを連れて、プラシーくんが所属している栽培部にグレイに会いに出掛けて行った。
最初は、魔力の子たちのお世話をしていたグレイだったが、大きい体と切れ長の吊り目が一部の子供たちを怖がらせてしまい、今はプラシーくんの家で寝泊まりして、栽培部の仕事を手伝っている。
グレイが栽培部に行く代わりに、栽培部からは、優しい雰囲気のエルフのお姉さんが、魔力の子たちのお世話を手伝いに来てくれた。だから人手としては問題なかったのだが、アプリとノアくんは寂しかったと思う。
今頃、同じ獣人の村で育った三人でのんびり過ごせているといいな。
「ルートさん、昼食の準備手伝わなくて本当にいいんですか?」
「作り置きがあるから大丈夫だよ。サムはさ、リィと親子水要らずでくつろいでて」
そう言われて、ルートさんをキッチンに残し、リビングのソファで風の魔導書を読んでいるウィンリィの隣に腰掛けた。
「ウィンリィ、どこまで読んだの?」
「もう全部読み切ったよ! 今はね、気になるところを読み込んでるの、ほらここ」
分厚い魔導書の後半のページを指差すウィンリィ。
僕はそのページの文字を目で辿り、成る程と思った。
「ウィンリィは、空を飛びたいんだね」
「うん! コントロールが難しい魔法なんだけど、マスターしたいんだ!」
ウィンリィがその魔法に惹かれる理由は痛いほどよく分かる。
ウィンリィが子供の頃に亡くなった彼女の母――僕の祖母ヘリオスは、祖国でただ一人の浮遊魔法の使い手だったから。
「……ウィンリィは、お母さんが見た景色を見たいのかな?」
「やっぱり、知ってるんだね……お母さんのこと」
本を見つめるウィンリィの桃色の瞳が揺らいだ気がした。
それを見て、アイスエッジに行く前に探査魔法で知り得たヘリオスの事実を、ウィンリィに話す頃合いかもしれないと感じた。
僕は、キッチンの方へ目を向ける。
半個室キッチンとはいえ、ここで話すと、ルートさんの耳まで届くかもしれない。
「そのことで、話しておきたいことがあるんだ。場所を移動しよう」
―――――
ウィンリィと二人、女性陣の部屋へ移動した。
ベッドに腰掛けて、僕は口を開く。
「ヘリオスのことは、僕も母さんから何も聞いていないんだ」
「……そうなんだ」
「でも、自分で調べて知り得たことがある」
僕は、アイテムボックスから一冊の本を取り出してウィンリィに渡した。
「これは?」
「あの"市街地戦闘"のことが全て書いてある調査書だよ。読んでみて」
ウィンリィは、この本に書かれている事実が、自分にとって悪いものなのではないかと思っているのだろう。
重苦しい表情で本を持ったまま、固まってしまった。
口頭で説明した方がいいか。
「ウィンリィ、大丈夫。ヘリオスは故意に市街地戦闘なんか起こしていない」
「で、でも……教科書には、お母さんが一国とのライン戦線上から市街地に侵入して、魔法弾を放ったって……」
僕らの祖国である二国が、何故そんな記述を教科書にしたのかは、何となく予想はつく。
非道な市街地戦闘であっても、"敵国民を守って戦死したという不名誉な事実"よりはマシだと判断したのだろう。
祖国ながら、胸糞過ぎて反吐が出る。
「ヘリオスが、自ら市街地へ踏み込んだわけじゃないんだ。彼女は、押し込まれたんだ」
「え……?」
本当に、僕ら――二国も一国も、"あの国"には振り回されているなあと思う。
「二国と一国のライン戦線上に乱入してきた第三国によってね」
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