アプリの魔法修行《アプリ視点》
「動を手繰り、静を与える青き瞬光、大いなるその力、その片鱗を我が前に示せ――」
呪文を唱えると同時に、体から無限に湧き出る魔力に意識を集中させる。
すると、体からパチパチと青白い光の筋が迸り――
私は、恐怖を感じてしまった。
「収束電撃……!」
魔力を絞り過ぎた魔法は、手から青白い光の筋をかろうじて解き放ったが、的代わりの木に向かって収束する前にかき消える。
これで、何度目の失敗だろう……
「アプリ、落ち込まないで。自力で生み出せただけでも、凄い進歩なんだからさ」
「ルートさん……」
肩を落としていると、ぽむぽむと頭を撫でられた。見上げると、師はにっこりと笑って、銀色の指輪をズボンのポケットから取り出した。
「今度はいつもの魔法具を嵌めたままで、発動してみよう。ただ発動させるんじゃないよ? この魔法を出すのに必要な魔力量を観察しながら打つんだ」
「はい」
この後、夕方まで粘ったけれど、けっきょく、魔法を自力で成功させることは出来なかった。
―――――
「アプリ、最近の魔法修行はどうなのかな?」
就寝前、ベッドの上で、ウィンリィにエルフ文字を教えてもらっていたら、彼女がふいに聞いてきた。
イオは用があると言って、明日まで帰ってこないので、今日は久しぶりに二人寝だ。
「あんまり進展ないよ……今日も上手くいかなかったし……」
何度やっても上手くいかないのは私の心の問題だって分かってはいる。
魔法を自力で使おうとすると、母と父を吹き飛ばしてしまった時の魔力爆発が脳裏に浮かび、恐怖から魔力を絞り過ぎてしまう。
少ない魔力でも、魔法自体は発動するが、威力を持続出来ずにすぐに消えてしまうことをずっと繰り返している。
「ふうむ。インターから、少し聞いたんだけどさ、アプリは、魔力を放出し過ぎちゃうことが怖いんだよね?」
「……うん。怖いよ。凄く怖い」
目の前のウィンリィや、親代わりのサムとコーラ、家族のノアに、師であるルートさん。
助けたばかりの魔力の子たちや、協力してくれたエルフの里の人たち。
イオは、竜だから、もし私が暴発しかけても、魔力を吸収して何とかしてくれるかもしれない――それでも、もし怪我をさせたらと思うと、やはり怖い。
「……アプリはさ、誰も傷付けたくないんだね」
「うん……」
だからって、何もしないでいたら、誰も守れないってこの前、嫌と言うほど思い知った。
血だらけのウィンリィを目の当たりにした時のことは、今思い出しても、背筋が凍る。
きっと今のまま、ルートさんに借りた電撃魔法具で打てる魔法のみでは、だめだ。
いざという時のために力を付けないと、仲間を守れない。
それに、この力を怖がらずに活用して見せて、今いる魔力の子たちの手本にもなりたい。
普通の暮らしを手に入れたい。
魔法も人並みに扱えるようになって、私たちがこの星の脅威じゃないって、爆弾なんかじゃないんだってことも、証明したい。
そこまで考えて、ふと、私は思ってしまった。
一度は生きることを諦めて、父の刃を受け入れたのに、私は、こんなにも欲張りになってしまったのかと。
「アプリが抱えている不安を払拭出来なくて……ごめんね」
「っ! そんなこと」
ウィンリィが思いがけないことを言ってきて、私は慌ててしまう。
しかし、わたわたする私ににっこりと微笑んだ彼女は、落ち着いてと言わんばかりに優しく肩に手を置いた。
「アプリみたいに、無限に溢れてくるわけじゃないけれど、僕も高魔力保持者だから、自分の力の使い所に迷うことはあるんだ。魔力暴走だって起こしたことがあるし……」
「え……ウ、ウィンリィでも?」
ウィンリィは、私にとって頼りになる姉貴分で、とっても強い魔法少女で、魔力調節に長けたサムの未来のお母さんで――
そんな彼女が、魔力暴走を起こしたことがあるなんて、信じられない。
「12の時の実地訓練でね、友達が魔物に体を食べられたんだ。その子が虫の息になってるのを目の当たりにしたら、体中の魔力が沸騰しちゃってね。
爆発的に溢れて、次の瞬間には視界が真っ白になって、気がついた時には、周りの景色が一変してたよ」
息を呑んだ。私が両親を吹き飛ばしてしまった時とあまりに似てて。
「友達――仲間たちはさ、タグが発動して、僕自身も、タグが発動したから無事だったんだけど、もし、戦闘真っ只中で、誰か一人でもタグが外れた状態だったら? って考えたら、怖くてたまらなくなって、一時、魔法がほとんど使えなくなったんだ」
それも同じだ。ウィンリィは、どうやってそれを克服したのだろう?
「あ、ちなみに、虫の息だった友達には、咄嗟にタグを付け直していたから無事だったし、その後、サムと同じ欠損回復が出来る子が元通りに治したから、今は元気なんだけどね」
本当に良かったよーと話すウィンリィに、私もその人が無事で良かったと心の底から安堵した。
「だから、これは憶測なんだけど、アプリが怖いのも、そういう事なのかなって思うんだ……間違ってるかな?」
「ううん。同じだよ、ウィンリィ……」
ウィンリィの目の前で認めると、不思議とすうっと心が少し軽くなった。
私は、誰かにこれを聞いてほしかったのかもしれない。
「そっか。怖いよね、アプリはさ、特に優しい子だから、僕よりもっともっと怖かったよね」
話しながら、ふわりと抱き締められた。
柔らかで、暖かいウィンリィの光の魔力が体を包む。
「ウィンリィの方が優しいよ。優し過ぎて、自分を疎かにしないか……とても心配だよ」
言って、何様だろうと呆れてしまう。ウィンリィは、私が本当は歳上だって知らないのに、こんなこと、妹分は言わないのに。
「あちゃー、僕、アプリにも心配かけてるんだね、不甲斐ない姉貴分で申し訳ないな……でも――」
抱きしめてくれていた腕が離れて、ウィンリィが桃色の瞳で見つめてきた。
その目が、とても優しくて、でも、それだけじゃなく、嬉しそうで、私は目を瞠った。
「僕は、自分を軽んじるようなことは絶対にしない。だって、君が心配してくれる命なんだ。絶対に大事にするよ」
そう言って、にへっと歯を見せて笑ってくれた。
私もそれに釣られて、笑ってしまう。
私は、ウィンリィのこういう仕草や行動に、たくさんたくさん救われてきたと思う。
「あ、そうだ、アプリ、魔法修行なんだけどさ、僕に考えがあるんだ。魔力をちょうど良く絞れないのなら、いっそのこと――」
最後まで聞いて、不安に駆られた私は黙ってしまったが――
「大丈夫。アプリなら絶対に出来るよ! それに、インターが側にいるでしょ? 何があっても、必ずフォローしてくれるから、安心して試してみて!」
と言われて、自分が信じる二人と、ウィンリィが信じる自分を信じてみようと決意したのだった。
―――――
そして、翌日の魔法修行。
私は、大きく息を吸い込んでから吐いて、心を平静に整えてから、呪文を紡いだ。
「動を手繰り、静を与える青き瞬光、大いなるその力……」
やってみようと昨日決めてきたけれど、その先を唱えるのには勇気がいって、逡巡してしまう。
それでも、ルートさんが静かにこちらを見守ってくれている気配を背後に感じて、呪文の続きを音に乗せた。
「余すことなく、臆すことなく」
驚いたようなルートさんの気配を感じたけれど、身動ぐ音は聞こえてこない。やらせてくれるようだ。
「全て我が前に示せ!
――強電撃!」
的代わりの大木が、音を立てて裂けて、縦に真っ二つに割れる。
それは、電撃が真上から直撃した証――つまり、成功だ。
「……成る程ね。出力の小さい魔法を発動させるよりも、大きい魔法の方が、それを受け止める術式は強固だ。アプリが恐れることなく使えるのは、最大レベルの魔法からだったんだね」
「はい」
ぷすぷすと煙を上げる木の根元にしゃがみ込んで、それをよく確認したルートさんは、満足そうに振り向き、
「うん、強電撃に必要な魔力量を出力出来ているよ。やったね! アプリ、大成功だ。僕の弟子は天才だね」
「これを勧めてくれたのは、ウィンリィだから」
すると、ルートさんは、へぇ……と口元に手を当てて、感嘆の声を上げた。
「リィらしい逆転の発想だなぁ……君の姉貴分もなかなかだね」
「あと、ルートさんが後ろにいてくれたから安心して試せた。いつもありがとうございます」
感謝の気持ちでお辞儀をする。
本当は、四六時中ウィンリィに付いていたいだろうに、私の師は、子供にとことん優しい人なのだ。
「ははっ、こちらこそ、成長を見せてくれて有難うね。一応、自国では筆頭魔導士やってるからさ。これからも僕を信じて、ばんばん打って、自信を増やしていくといいよ」
「はい……!」
怖くとも、怖いままでも、信じてくれる人がいる。そんな今の自分なら、私も信じられる気がしていた。
お母さん――私、きっともう命を諦めないと思う。
あなたが守って生かしてくれたこの命で、目標を、願いを必ずやり遂げるからね。
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