ウィンリィと恋②
ルートさんへの良い言い訳が思いつかないまま迎えたその日の夕食は、グラタンだった。
エルフの里産のチーズがふんだんに使われたそれは、酸味あるミルクの香りがして、とても美味しそうだ。
治療が終わって一週間が過ぎた今、魔力の子たちへの食事介助は、ほとんど必要がなくなり、僕らは、彼らとほぼ同じ時刻にご飯を食べられるようになっていた。
心が回復しきらない子供たちへの介助はまだ必要だが、全快した子たちが、率先して世話をしているので、僕らの出番はほとんどなくなっている。
それでも一応、夕食の必要がない長が、何かあった時のため、子供たちのところへ行ってくれてはいるのだが。
ほかほかと湯気をたてるグラタンは、久しぶりで、大人の僕も少し心が躍っていた。
子供たちの顔を見ていくと、ウィンリィは好物のチーズに目を輝かせ、アプリもノアくんも美味しそうに口に入れていて、心が和む。
「ふふ、本当にウィンリィはチーズが好きよねぇ。その幸せそうな顔がまた見られて私も幸せだわ」
「へっ? そ、そう? コーラが幸せなら、僕も嬉しいよ」
あのカミングアウトから、コーラは、僕らを育てたウィンリィと、この目の前の子供の姿のウィンリィを区別することがなくなったように思う。
子が親に向ける愛情をストレートに受けて、ウィンリィは戸惑っているが、その様子ですら、うちの妻は愉しんでいるようである。
「みんな、お代わりたんとあるからね」
「ん、ありがと、インター」
あれ? いつものウィンリィなら、食べかけでも、食い気味に「お代わり!!」と言って追加をお願いするはずだ。
なのに今、ウィンリィはバツが悪そうにグラタンに目を落として、丁寧な手つきで残り僅かとなったそれをスプーンで綺麗に集めて食べ切ってから――
「インター、お代わり欲しいな」
「了解。チーズ増し増しで用意するね」
お代わりをお願いしたのだ。
いつもとは違うその態度に、やはり、プラシーくんとの間で起こったことが、尾を引いているのではなかろうかと勘繰ってしまう。
ああ、あの時、アルテに気を取られている場合じゃなかったなあ……
ルートさんにも、早く報告しないといけないのに、何て話すべきか定まらないし……
悶々としながら、グラタンを口に運んでいると、隣のイオから感じる視線。
本来、普通の食事など必要のない竜のイオだが、いつの間にやら僕らと食事を共にするようになって久しい。
「サム、さっきから食が進んでいませんね。私が代わりに食べましょうか?」
「いや、いいよ、イオ、お腹空いてるし、ちょっと考え事してただけだから……」
子供たちもお代わりをするだろうし、僕はこの自分の分を取られるわけにはいかないので、急いで口に運ぶ。
「サム、ウィンリィですが、何だか落ち着かない様子ですね? 何か知っていますか?」
イオの疑問は小声だったが、動揺した僕は吹き出しそうになってしまった!
「ぐっ……イオにもそう見える?」
「ええ、何だか、ルートとの間に流れる空気もいつもと違うように感じます」
「そ、そうかな?」
「ふむ……私としては、二人の仲が進展することはメリットがあるのですが……」
「えーと、イオ、魔力の子たちのさ――」
何でイオにとってメリットがあるのかは気になるが、ルートさんとウィンリィに気付かれては困るので、別の話題を強引に振る。
しかし、イオから見ても違和感があるとは、僕の感覚も間違ってはいないのかもしれない。
おそらく、ウィンリィはルートさんにプラシーくんとの間で起こったことを相談したのだろう。
そして、それを聞いたルートさんは、ウィンリィの好物を食卓に出した。
ウィンリィは、ルートさんの気遣いを感じたから、丁寧にスプーンで掬って食べ切ってからお代わりをお願いした、ということなのかな。
―――――
その日の夜、僕は、意を決して彼の部屋のドアを叩いた。
が、返事がない。
そっと開けてみると、不在だったので、僕は外に出て、辺りを見渡した。
すると、最近、長が設置してくれた家の近くのベンチに腰掛けるルートさんを発見。
近づくと、それまで、ぼーっと虚空を見ていた黒曜石の瞳が僕を捉えた。
「ルートさん……」
「ああ、サム、プラシーがさ……」
僕は彼の隣に腰掛けて、続きを待つ――
「リィにキスした上に、告白までしてきたんだって?」
ま・さ・か! キスと告白両方だったとは!
驚いて目を見開いているであろう僕を、ルートさんは、小首をかしげて不思議そうに見つめている。
「あれ? サム、見てたから僕に報告するのが気まずかったんじゃなかったの?」
「違うんです……見逃してしまったから、気まずくて言い出せなかっただけなんです」
正直、驚いた……プラシーくんは僕が思うよりも、大分思い切りの良い少年(50歳だけれど)だったようだ。
「あはは、何のために君を派遣したんだろうね、僕」
「面目ありません。それで、ウィンリィは何て言ってるんですか?」
ルートさんは、顔を歪ませて、星が瞬く空を見上げた。
彼の漆黒の瞳に星が映り込んだが、それは、さらに彼の暗闇を際立たせただけだった。
「……友達に好意を向けられたことに戸惑っていたよ。しかもあの子さ、プラシーにキスをされた時、タグを付けて欲しいのかと思ったんだって。防御魔法のことをプラシーは知らないのにね」
「タグを知らない人にも付けてしまうの、僕らあるあるですね……付けることが日常過ぎて、無意識なんですよ」
「そうなんだ……それでさ、僕、プラシーを消そうと本気で思ってたんだけど」
「消さないで下さい」
「うん、やらないよ。そんなのもうどうでもよくなっちゃったからさ」
それまで暗い夜のようだった彼の瞳が和らいだ。
その様子に、ウィンリィとの間に、何か彼を喜ばせるようなことがあったのだろうと僕は思った。
が、そのことを、スノークの息子として受け入れて良いものなのか、僕は迷って――
「母さんは、無意識に相手の心に自分を刻みがちでした。真に受けると後が辛いですよ」
思わず、辛辣なことを言ってしまった!
「分かってる」
しかし、ルートさんから返ってきた声音はとても落ち着いていて、ウィンリィのやる事に特別な色など含まれていないのだということを理解していると如実に語っていた。
「あの、ルートさん」
「なあに? サム」
「ウィンリィは、どう返事するつもりなんですかね?」
「前にも言ったけど、今のあの子の心を占めるのは、君のお父さん――スノークのことだけだよ。だから、プラシーの気持ちには応えられないだろうね」
「そう、ですかね……」
ルートさんは、下を向いて、ふう、とため息を吐いた。
ルートさんにすら、ウィンリィは、どう答えを出すのか言えていないということか?
それとも、ウィンリィの中で、まだ答えが出ていないのだろうか。
どちらにせよ、僕らにはどうこうする権利はないのだと思う。
未来から来た15歳年上の息子と、同じく15歳年上の保護者の男――
大人の僕らには、黙って子供たちの青春を見守るしかないんだろうなあ……
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