認める
「疲労感が……半端ない……」
朝目が覚めた後も、僕は起き上がれずにベッドの上で暫くもぞもぞしていた。
昨日、トトを含めて、六人に回復魔法を施したのだが、六人目の治療が終わったところで、頭の中が真っ白になり、何もイメージ出来なくなってしまった。
みんなの前では平静を装い、夕食もまたウィンリィのいる女性陣の部屋でみんなで食べたのだが、コーラと二人、部屋に戻ったところで力尽きてしまった。
「あなた、栄養ドリンクを作ったわ。はい」
「有難う……コーラ」
重だるい体を頑張って起こして、グラスを受け取る。
コーラが渡してくれたのは、赤いフルーツを使ったジュースだった。
子供の頃、母がよく僕らに作ってくれたものだ。
天井を仰ぎ、グラスを傾け、ごくごくと一気に飲み干すと、ザクロだろうか? 酸味と仄かな甘みで、真っ白だった脳内が、すーっと晴れていった。
「っはあ。やっと頭が動き出したよ……」
「随分消耗するのね……それに、気絶して帰ってきたばかりの身体で高難度魔法を連発するのは、軽率だったのではないかしら?」
「うっ……そうだね……」
責めるような妻の口調に、これは怒っているなあ……と思ったが、後悔はしていない。
トトやアプリが泣いて喜んでくれた姿も、治療を終えた子供たちの笑顔も、それを見つめる子供たちの希望に輝く瞳も忘れられない。
早く、早く治してあげないと。
その時、ガチャッ!と音を立てて竜のイオが部屋に入ってきた。
「サム、案の定、その様ですか」
「イオ……ごめん」
昨日、イオからは、「今日のところはあなたも休むべきですよ」と言われていたから、言うことを聞かなかった上に、この様では合わせる顔がない。
イオは、スタスタと僕とコーラの前まで歩いてくると、びしっと僕に人差し指を突きつけて、口を開いた。
「サム、あなたには、今日から三日、休養を命じます」
「ええっ!?」
「魔力の子たちの治療計画は、私とルートで組んでおきました。目を通しておいて下さい」
僕の手の中に一枚の大きな紙が置かれる。
「え、あ、でも!」
「異論は認めません。計画の日程も子供たちには伝えてあります。あの子たち、魔法に関する高度教育をきっちり受けていましたよ。なので、あなたの使う魔法がどれだけ高度で、消耗の激しい魔法なのか、ちゃんと理解してくれました」
有無を言わさず、一気に捲し立てると、イオはコーラに目配せをして部屋を出て行った。
「そんな……三日も休んでいたら……」
治療が遅れてしまうのに。
「サム、イオの言う通りよ。あなたにしか治せないのに、あなたが無理を通しては元も子もないでしょう。それにまた、アプリを心配させるつもりかしら?」
ぐっ……! それはダメだ。
「うう……分かった。ちゃんと休むよ……」
話しつつ、僕は治療計画に目を通す。
「一日に三人まで!? しかも、一日置き!? そんなに頻度を下げなくても――」
唇に妻の人差し指が押し当てられた。
コーラの赤紫色の美しい瞳が、射抜くように僕の目を覗き込み――
「あなた、何か文句があるのかしら?」
「……すみません、ありません……」
僕は諦めて休むしかないのだと思い直したのだった。
―――――
「サム、タグ付け魔法について教えてほしいんだけど」
朝食も昼食もベッドの上で済ませ、各々、修行やらリハビリの助けやらで出払った午後。
ふいに部屋を訪れたのはルートさんだった。
「ルートさん、あの時、真剣にウィンリィにタグを付けようとしていたんですね……てっきり、キスしたいだけの変態だと思っていましたよ」
「そんなわけないでしょ」
ベッドに腰掛けたルートさんは、黒曜石の瞳に重たさを足すように目を伏せてから、ゆっくりとそれを僕に向けた。
「あの時、タグさえ付いていれば、リィが死にかけることはなかったからね」
それは、その通りだ。だけど――
「毎朝付けてもらう度、術式を観察して、仕組みは分かってるんだ。でも、何度試しても作動しない。固有魔法でもないのに」
ルートさんは、悔しそうに下唇を噛む。
一度だけ、どんな攻撃も防いでくれる結界を張る魔法――タグ付けは、僕とコーラ、ウィンリィの祖国の魔導士が子供のうちだけ使える高難度結界魔法だ。
そんな高度な結界魔法を二国の魔導士全員が使えるのには、理由がある。
「うちの国に、結界魔法の名家、ライト家というのがありまして、タグ付けは、ライト家の魔導士たちが十人がかりで施す贈与魔法なんです」
「贈与魔法……」
ルートさんの目が見開かれる。
「ええ。譲渡ではないので、付けた本人から魔法が失われることもありません。ただし、どんな攻撃も一度だけ防ぐ高難度結界魔法ですからね、大人になると使えなくなる制約付きです」
つまり、僕とコーラにとっては、使えなくなって久しい魔法だ。
「成る程。合点がいったよ。職性魔法以外、苦手なリィが使えるのも不思議だったからさ」
「二国の魔力持ちは、5歳になったら軍の訓練の始まりと共に贈与してもらうんです。一人でも多く、戦場で生き残らせるために」
元の世界に残して来た娘のウィンディも、来年度からは訓練が始まる。
側にいたかったけれど……それまでに帰れるとはさすがに思えないし、時渡りの迷宮で見た未来が本物なら、僕とコーラは、あの子の結婚式に出席することも叶わないはずだ。
「一人でも多く……か。子供を戦場に送ること自体理解できないけれど、その取り決めの中で最大限守ろうとはしてるってことか……」
「そういうことです」
祖国に関しては、母の過去をこの目で見てからというもの、以前と同じ信用を僕は抱いていない。
だからこそ、ウィンリィには、この世界で人生を歩んで欲しい。
何も失わずに済むはずのこの――
「どうしたの、サム? 神妙な顔で僕のこと見て」
「はあ、やっぱり、ルートさんしかいないのかな……」
「? 何の話?」
この人の……隣でって、思いたくはない。だけど、僕は知っている。昨日の夜、ウィンリィがルートさんの部屋に入って行ったことを。
シュルンのことで傷付いている筈なのに、昨日、ウィンリィが素直な胸の内を吐露することはなかった。
だから、夜遅くにルートさんの部屋に入って行くのを見ても、止める気になれなかった。
ウィンリィが素直に甘えられるのがルートさんだけなのだと目の当たりにしたのだから。
「ルートさん、ウィンリィは、シュルンのこと、何か言っていますか?」
「ん? 話が変わったね? まあ、いいけど……やっぱりショックを受けていたよ」
「そうですか……ルートさんには話せていて安心しました」
ルートさんは肩を竦めて見せた。その仕草は、ウィンリィが傷付くのを防げなかったことに対する自嘲のように見えた。
「サム、シュルンは無事だと思う?」
「エリィのお陰で、解除が早かったので、無事だと思います。消耗はしてるとは思いますが……」
ガレットがルートさんへ使った魔法毒は、使用者の命まで奪うほど強力だった。
けれど、シュルンは高魔力保持者じゃない。
だから、同じ魔法毒でも、そこまでのものではないはずだ。
「ウィンリィは、何て言ってます?」
「魔法毒を使われたことまでは気付いてないみたい。僕たちからも、言わないほうがいいと思う」
確かに、胸を貫かれた上に、毒も仕込まれていましたとあっては、さすがのウィンリィも立ち直れないだろう。
「分かりました。魔法毒のことは、胸の奥にしまっておきます」
「うん。そうしてね」
ふと思う。あの時、ルートさんは離脱を最優先にして、電閃道を唱えたのかと思ったが、もしかして……
「ルートさん、あの時、治療よりも離脱を優先したのは、ウィンリィのためだったんですね」
彼の黒曜石の瞳が瞬く。
そして、僕をその目で捉えた時には、瞳からは光が失われていた。
「うん。早く離脱しないと……シュルンを殺してしまいそうだったからさ」
「まあ、そうなりますよね……」
あの時、また会えた母を失うかもと思ったら、かくいう僕も、その考えに囚われそうにはなった。
ウィンリィが血だらけの手で、ルートさんの銃口を塞ぐのを目の当たりにして、冷静な対応が出来ただけなのだ。
「もうさあ、君のお母さん、どうしてああなの? 攻撃してきた相手に笑顔まで向けてさ……信じられないよ。リィは強いからって、油断してた僕も悪いけどさあ……」
「ははは……」
「笑い事じゃないよ、笑うしかないけど……もうさ、監禁でもしないとあの子を守れないんじゃないかって思うよ、僕は……」
そういえば、ルートさんの子孫のルーン君も、うちのウィンディを監禁してやるとか何とか言っていたなあ……
「インター家は、執着と監禁の血筋なんですかね……」
「僕とルーンのことを言ってる? それを言うならさ、ウィンター家が無茶し過ぎでしょ。僕の血のせいだけじゃない。リィが僕をそうさせているんだ」
「うわぁ……重いですね……」
無茶をし過ぎるウィンリィには、ルートさんのような過保護過ぎる人が良いのかもなぁ……なんて納得してしまったことは、スノークの息子の矜持として、黙っておこう。
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