24.『泥試合』
ロード村を滅ぼさんとする威力を持っていたであろう黒玉をたった一人で受け止めた青年、ルイ・レルゼンの登場に、村人達は顔を強ばらせた。
そこに現れたのがロイ・レルゼンであればどれ程良かっただろう。
悪人である『新魔会』、それに相対する形で現れたのが『英雄』ではなく、『大悪党』であるとき、人々の感情はパニック以外の何物でもない。
「...ルイ、だ。ルイだ!!!」
「嘘だろ、本当に...帰ってきてたのかよ。」
「でも、何で私達を守ったの?」
十人十色の困惑が村を覆い尽くす中、相対する2人は睨みをきかせあっていた。
「会いたかったよ、ルイ・レルゼン。君には大きな、大きすぎる借りがあるからね。しっかりと返してもらわなきゃ僕としても不服なんだ。」
「なんだよ、俺に会いたかったんだろ?久々の再会にまずは涙必須のハグが足りねぇんじゃねえのか?」
「生憎、僕もそういった趣味は無くてね。僕はただ、君の事が世界で一番好きで、一番憎いだけだよ。」
「なんだそのツンデレレベル100みたいな性格。初見でこういうのも何だけど、気持ち悪い奴だなぁ。」
交わす言葉にそれぞれ悪意を乗せて、空気がピリつく。
――コイツも"ルイ・レルゼン"に何かしら恨みがあるのは間違いないが、今まで恨みを持っていた奴とは一味違うな。
今まで、"ルイ"に憎しみを持っていた人々は沢山居たが、どれも完全なる被害者のようなスタンスだった。悪の脅威に晒された可哀想な善人達だった。
しかし、今目の前にいるのは果たしてどうだろう?
見るからにヤバい黒玉を村目掛けてぶっぱなし、村人達から警戒されている。ルイに対する警戒もあるだろうが、明らかに奴も警戒の対象として見られている。
そして何より、記憶にあるあの"声"、その内容。
『――あはは!最っ高だよ!嫌われ者同士!頑張って生きようなぁ!?』
「お前、俺と同じ嫌われ者なんだってな?つまり、お前も俺と同じくらいの悪人ってことでおーけー?」
ルイから放たれた聞きなれない単語にセグルドは小首を傾げるが、すぐに不敵な笑みに表情を戻して応える。
「僕は僕の事を悪人だなんて欠片も思ってない。でも、どうやら世界には僕の考えに納得出来ない能無しがあまりにも多くてね。多数決で悪人扱いされてる悲しい存在だよ。」
「なるほど、だいぶヤバい奴ってことは分かった。お前も俺に憎悪があるらしいけど、なんかお前には償いとかそういうのいい気がしてきた。」
「償い?はっ、そんなの要らないさ。僕が君に求めるのは残酷な死のみだ。それ以外は何も欲しないよ。」
明確な殺意を向けられて、ルイも冷や汗をかく。
贖罪をする必要の無い相手ということもあり、気を配る必要は微塵も無いが、それ以上に危険な相手である事は心の余裕を壊してしまう。
「さて、ルイ・レルゼン、"運命"の時だ。決着をつけようか。」
「え〜、やっぱり宿敵的な存在なのね...。困った困った。」
「...さっきから、何だか様子がおかしいように見えるんだけど。」
と、セグルドが先程から奇妙な物言いばかりするルイに違和感を持つ。
「ん?」
ん?と言いつつ、ルイはその瞬間に思い出した。
――あ、そうだった、
「俺、記憶喪失だったわ。」
「...は?」
「「「――???」」」
セグルド含め、周囲の人々が全員キョトンとした顔をする。
ルイは忘れていた。この世界に来てから、自分を知っている人間に、一方的に知られている状況に慣れすぎていて、自分が忘れているのは当然のように考えていたが、"ルイ"が出会ってきた人々はルイが記憶喪失になったことを知らない事を。
同時に、これからもこういう場面の時には、自分が記憶喪失である事を最初に言ってから会話をしなければならないことに気づいて、思わず叫んでしまった。
「――めっちゃめんどくせぇ!」
と、そんなルイの戯言などこの場の人々は聞いていなかった。先程のルイの発言に釘付けだから。
「...記憶、喪失?は?何を、言い出す。」
「だーから、魔王城ですっぽり何もかも忘れちまったんだよ。俺は異世界転生したらいきなりルイ・レルゼンで、いきなり悪人扱いされて、いきなり覚えの無い罪を償う立場になってるって、それだけの話だよ。」
ありのまま、自分の置かれている状況をこうして言葉にしてみると、普通に可哀想過ぎて自分で自分に同情した。だがまあ、そこはキッパリと割り切って前世での行いに対する贖罪として生きていくと決めたので、今更言うことは無い。
「なんだ?つまり、君は僕の事も忘れていると?」
「当たり前だろ、誰だよお前。」
「...」
神妙な面持ちになるセグルドを見て、ルイは妙に緊張した。
忘れられて、激昂する奴もいたからだ。
魔王城の最後、ルイを追い詰めた謎の男、彼もまたルイに憎悪を向けた一人であり、自分が忘れられている事に激しく激昂していた。
彼も、激昂してくるかもしれない。そう思うと、妙に手足が強ばる。
すると、彼は長考した後、口を開いた。
「なるほど、では君からしたら僕との間には何も無い、何も因縁などは存在していないという訳か。」
「お、おう。物分り良くて助かる。そうなんだよ、俺別にお前の事知らないし、恨みとかそういうのもないから、どう扱うべきか分かんないんだよ。」
「それもそうだな。君の立場を考えると何とも耐え難い仕打ちだな。」
と、親身になってくれる彼に、ルイは何だか嬉しくなった。
「なんか、お前とはなんだかんだで友達になれそうだな。」
「確かに、今までの事を綺麗さっぱり無くせば、僕達はただの他人。友達にだってなれる関係性だ。どうだろう、なんなら今、ここで友達としてやり直さないか?僕達の関係を。」
思いもよらない提案をしてきたことに、ルイは同様する。同時に、ホッと一安心するのだった。
「た、助かるぜ!無駄な殺し合いなんてやりたくないし、友達になってくれるなら願ったり叶ったりだ!」
余計な敵を一人消せるのであれば、友達になるくらい安いものだ。是非とも友情の証として握手をしたい。と思っていたら、彼は屋根から飛び降りて来て、ルイへ近づく。
「うぉ、そんな高い所から落ちて平気かよ。」
「あぁ、心配無いよ。ありがとうね、僕を心配してくれて。」
「当たり前だろ、"友達"!なんだから!」
「ははっ、悪くないね、こういうのも。」
そう言い、彼はルイの目の前で止まり、右手を差し出した。
「友情の証として、握手しようか。」
「おう、これからよろしくな。...えーと...」
「あぁ、そうか。忘れているんだっけね。僕はセグルド・サターン。君とは色々あったけど、何だかんだで、これから友達になる男さ。」
今度は爽やかな笑みを浮かべて、ルイの目を見つめていた。
「おう、俺はルイ・レルゼン。色々あったらしいけど、新しい俺とどうぞ、よろしく頼むな。セグルド。」
ルイもこの世界で出来た初めての友人に心の底からの笑顔を見せる。
セグルドの右手にルイも同じく右手を差し出し、友情の握手を交わそうとする。
最初は、この世界における"ルイ"の宿敵だと思っていた。だが、それは言葉のあやで、本当は、ライバルのように高め合う、友人だったのかもしれない。
そんな風に考えて、彼の右手に触れた。
瞬間、セグルドは後ろで隠していた左手から紫の魔法玉を思いっきりルイ目掛けて――
「――って、なる訳ねぇたろがっ!!!」
同時に、ルイはセグルドの右手を思いっきり引っ張りあげ、自分の元まで近寄せ――
「――んぐっ!!!」
「――っぐぅあ!!」
セグルドの魔法玉がルイの胸に直撃したのと同時に、セグルドのおでこに全力の頭突きをかまし、両者腑抜けた声を零しながら後ろへ飛んで行った。
「ぶっはぁ!!!!」
「ってぇ!!!!」
両者尻餅をつきつつも、瞬時に立ち上がり、戦闘態勢に入る。
「お前、何をする!」
「そっくりそのままお返しするわ!つかあんな見え透いた嘘に騙されるバカいるわけねぇだろ!」
「な、見え透いた、だと!?」
「あんな殺意マシマシだったヤツが急に友達とか言い出した時点で罠なの明白だっつーの!魔力とかはあるのかもしれねえけど、頭は空っぽの様で一安心だぜ。」
と言いつつ、ジンジンと熱く胸に響く魔力の残穢にルイは意識を持っていかれそうで立っているのが精一杯だった。
至近距離での高魔力に良く耐えれたものだと自分で自分に賞賛を送る。
「あぁそうかい、わかったよそっちがその気なら僕も全力で行くよ。殺す、ルイ・レルゼン。」
「別に驚きもしないよ、最初からそう言ってたじゃんお前。セグルド・サターンだっけ、厨二チックな名前過ぎて痛々しいよ。」
「死ね」
全力の煽りをかますも、セグルドは動揺することなく、ルイ目掛けて再び高魔力の玉をぶっぱなす。
今度は紫一色の玉が飛んできて、ルイの視界を覆い尽くした。
「えっと、確かこうやって...」
ルイは玉から身を守る形で剣を慣れない手つきで構える。
先程、超大型の魔法玉を受け止めたのを思い出し、咄嗟に剣を構えたのだ。
この剣には、特殊な力があり、セグルドの魔法を打ち破れる特性があるのだと信じて。
その時、横から飛び込んできたのは、白い獣だった。
「ガルっ!」
「んなっ!?」
「おっ、ムム!」
飛び込んできたムムは魔法玉を丸呑みし、ゴクリとその場で飲み込んだ。
「チッ、なんだその犬は!」
「こいつはムムだ!俺の愛犬、らしい!コイツがいれば俺も無敵だ!」
全く素性の知れない犬だが、確実にルイに対しては好意的だ。それを全力で活かし、ルイはセグルドの討伐法に全力で頭を回す。
――もしかして、さっき黒い玉を飲み込んだのはムムなのか?だとしたら、俺何もしてねぇ!ムムだけに、セグルドの打開策があるって事なら、ムムに頼るしかねぇ...!
情けない話ではあるが、今のルイは魔法も剣も初心者の能無しには違いないのだ。だから、今は犬に頼るしかない、肩身の狭い飼い主である。
「よっしゃ、ムム!食って食って食いまくれ!アイツの魔法を食っちまえ!」
「ウォォォンンン!!!!!」
ルイの言葉に反応するように、雄叫びをあげる白き狼は、青い瞳を輝け、セグルド目掛けて走って行く。
「獣は嫌いだ、"運命"の条理なんて通用しない、考える事を放棄した生き物は!」
「ガルルルルゥァアアア!!!!」
鋭く尖った歯は、セグルド目掛けて飛んで行き、噛み砕かんとする。
――ブチッ
と、セグルドの頭はムムによって噛み砕かれ、胴体だけが残った残骸が、ルイの目の前に立っていた。
「――っ、う、」
目の前には、真っ赤な血が噴水のように垂れ流れ――
――ていない。
そこには、血を一滴も流さない、セグルドの胴体だけ。
首から上が無くなっているというのに、倒れる様子が全く無い、異質の存在。
そして、魔力の粒子が、大気から流れ、みるみるうちに、セグルドの頭があった場所へ集合して行く。
「――おい、嘘、だろ。」
「嘘なんかじゃないさ、これが、"運命"なんだよ。」
"運命"を連呼する狂人セグルド・サターンの頭部は、何事も無かったかのように再生し、無傷のセグルド・サターンがそこには再臨していた。
「...」
「で、どうするの?記憶を失った君に、何が出来るの?」
討伐方法は考えていた。倒さなければいけない相手だということは最初から分かっていた。村を滅ぼそうとしていた存在を、どうすれば倒そうか、考えてはいた。
まだ、打開策が見つかった訳でもなかったのに、考えている最中だったのに、
ルイの頭の中から、勝ち筋は一瞬にして消え去った。
「...ぁ、」
「死ね」
「は」
停止した思考は置き去りのまま、現実は無情にも進んでしまう。
気が付くと、ルイの目の前には黒い魔法玉が既にルイの全てを覆い尽くしていて――
――あ、やば
「――どういう事だ。」
「....っ、え、あれ?え?」
黒い玉はルイに発射され、間違いなく命中した。
命中したのだ。ルイの身体を埋めつくす程の大きな魔法玉は、既に何処にも無く、そこには先程負った胸の傷だけがあるルイ・レルゼンが立ち尽くしていただけだった。
「...何故、効かない!?」
「なんで、効かない!?」
混乱が、2人の思考を鈍らせる。
攻撃をしても無意味な相手、攻撃が効かない相手、どちらも、相手を異質な存在として捉え、打開策を全力で考え続ける。
どちらが先に相手の攻略法を見つけ出すか、それが、勝敗を分ける鍵となった。
「セグルドは攻撃しても即再生、俺は攻撃がそもそも効かない...これ、とんでもない泥試合の予感だぞ。」
攻略法を見つけ出すまで、これより、この世界において近年稀に見る泥試合が繰り広げられようとしていた。
2人の戦いの行方を見届けていた村人達は既に逃げており、大きな通りには2人と1匹だけが残されている状態だった。
しかし、屋根の上から、魔法の酷使で寝込んでしまった少女を抱き抱え、1人の青年は戦いを今も尚、見続けていた。
真っ赤、ではなく、黒い目玉で、自分の目で、しっかりと、2人の戦いを見届け、今度こそ、
「見つけ出す。」
セグルド・サターンの魔法の正体を、暴かんとして、白いマントを捨てた騎士、フェイ・ハイルは見続けていた。




