22.『"正義"を捨てし男』
「...正義の?騎士である、お前がか?」
赤髪を揺らしながら、男は問いかける。
"正義"を掲げる象徴である、セリシア騎士団のマントを羽織っているその男に、問いかける。
「はい、僕はもう、"正義"を語る資格の無い人間です。こうして、貴方の様な外道すらも利用しないと、生き残れないのですから。」
フェイのその言いように、セグルドは眉をピクリと動かした。少々、聞き捨てならない発言がそこにはあった。
「利用?お前が、僕をか?めちゃくちゃな話だ。僕はこうして、自分の意思で、運命に導かれてここまで来た。君に利用されたとは思えないが?」
「ここまであなたの運命を導かせる、それが、僕の"正義"への反逆の証ですよ。」
「...フリューバエ、まさか...僕をわざと呼んだのか?」
「当たり前じゃないですか。この村で、大量にフリューバエが飛んでる地点があれば、貴方は飛んで来ると踏んでましたよ。」
「...」
「まぁ、分かりやすい囮とも考えられて悪手かとも思いましたが、そこは貴方の頭の悪さを信じました。」
「っな!」
ペラペラと語り続けるフェイに対して、苛立ちが収まらない。
何が一番腹立たしいのかと言えば、彼の思惑にまんまと乗ってしまった自分の早計さすら考慮していたのが、腹立たしい。
「お前が、何のつもりで僕を招いたのかは知らないが、利用されてやるつもりやはない。ここで、お前とそのガキを確実に殺す...いや、ガキは殺さないが、お前だけは確実に...!」
殺す、と言いかけた時だった。
フェイ・ハイルが雄叫びを上げたのは。
「やれるものならやってみろ!!!セリシア騎士団フェイ・ハイルは、絶対に倒れない!!!」
「...デカイ声だしやがって、うるさいんだよ。」
大声を出すタイプには見えないフェイには若干驚きはあったが、それでも、セグルドは殺戮の為に魔力を高める。
今度こそ、必ず息の根を止めるために。
「...まて、まて...」
「...あ?」
「まてまてまてまてまて!まて、なん、で!なんで、ここに、『新魔会』が..ぁ」
全く眼中に無かったが、よく目を凝らせば、セレナとフェイの少し離れた場所に、巨漢の男が立っているのが見えた。
しかし、セグルドがその男を見つけた時、既に彼は地面にしりを着き完全に身体が硬直している状態だった。
ただの村人である彼からしたら、こんな所に世界の諸悪である『新魔会』がいるなど、とんでもない話だった。
「どうなってんだよ、『新魔会』がここにいるなんて、それはあっちゃいけねぇだろ!?」
「お前、うるさいよ...!僕は今、そこのクソ騎士と話を――」
そう言い、せグルドは先程フェイがいた箇所に指を指すが、そこには、
「――居ない。」
誰も居なかった。
「...」
言葉を失う。
やられた。完全に、振り回された。
あの男は、本気で潰しに来た。
セグルドを、ではない。
「こっちからフェイ・ハイルの声がしたぞ!」
「ジュエリーの仇を取るぞぉ!」
「ねぇ、こっちであってるの!?」
「バカヤロー!さっきの声聞こえたろ!?」
「なるほど、ね。」
先程のフェイの大声に釣られたように、多くの村人達が走って来る。
まるで、餌に群がる虫のように。
「っ!おい、あれって...」
「『新魔会』だっ!『新魔会』が来てる!全員ここから逃げろぉ!」
つまるところ、フェイ・ハイルは村人達を囮にしたのだ。
自身で大声を出して、位置を特定させる。だが、そこには『新魔会』セグルドが立っているという、村人からしたらとんでもない話。
混乱してる中、群がる村人を虐殺するセグルドの隙を見て、逃げようとする魂胆か。
「いやいや、それは流石にバカでしょ。」
セグルドは真剣に考察をした結果、導いた結論に対してそんな感想を抱いた。何故なら、そんな作戦ただの夢物語に過ぎない。普通に考えればわかる事だ。
「逃げろー!」
「なんで、ここに!?」
「聞いてねぇよ!『新魔会』なんてっ!」
村人は確かにパニック状態だ。だが、『新魔会』を前にして常人なら身体が勝手にやってしまう事は一つだ。
「ほぉら、皆逃げる。そりゃそうでしょ、僕を相手に出来る人なんてこんな田舎にいるわけが無い。」
フェイの声で一時は集結した村人達だったが、セグルドを見るなり大慌てで逃げ惑う村人達。
「全く、どうせすぐそこで隠れてるんだ。すぐに見つかるさ。」
「やばいやばい!逃げろ!」
「早く結界解いてもらえ!村長はどこだよ!」
「騎士だ!騎士を呼べ!こんなの洒落にならねぇ!」
「...」
「クソ!どうなってんだ!平和で静かなロード村はどこいった!」
「シルフ!どこなのぉ!?ママはここよ!!!」
「早くどけよ!殺されたくねぇよ!」
「...るさい。」
「ダメだ!逃げ場がねぇ!」
「隠れろ!建物の中に隠れろ!視界から外れろ!」
「もう、フェイ・ハイルどころじゃねえ!命優先だ!」
「っ!うっるさいんだよっ!ゴミ虫共がァ!!!!」
息を荒らくし、セグルドは無数に響き渡るゴミ虫達の荒れ狂う声に苛立ちを爆発させてしまった。
刹那、その瞬間を待っていたかのように、白いマントを捨てた騎士は、少女を抱き抱えながら、人混みの中を駆け抜ける。
「まとめて殺せば、アイツも死ぬだろうがァ!」
天に高く上げた両手のその先からは、太陽にどす黒い黒と紫が入り交じった大きな魔力の玉がジワジワと浮かんで来ていた。
それは、正に、村ひとつ滅ぼすには申し分ない程の魔力を込めた玉だった。
「僕は優しいイケメンだったから、こんな手荒な真似はしたくなかったけどさ!仕方ないんだよ!全部、お前らがうるさいのと、アイツがせこせこと逃げ回るのが悪いんだからさぁ!!!」
黒い玉は、セグルドの両手を離れ、今まさに、逃げ惑う村人達の中心へと解き放たれる――
それは、世界に対して"終わり"を告げる具現化された賜物だった。
「この小さな村ごと滅べ!クソ騎士!!!」
「行けますか?セレナ様。」
「...うん」
黒に飲まれるその瞬間、2人の人影だけが、"終わり"から逃れる。
――――――
――"正義"を掲げていては、護れるものも護れない。本当に、
「騎士っていうのは、やりづらいですよ。」
セグルドの登場で大混乱の村人達を横目に、フェイはセレナを抱えて路地裏へ身を潜める。
「奴は、さっき僕達が転移してどこかへ隠れていると思い込んでいる。」
「じっ、さい...隠れてるけど...ね。」
「いえいえ、今は隠れてるのではありません!待ってるのです。奴の動きを。」
白いマントを捨て、騎士とは思えない身軽な服装になるフェイの腕の中で、セレナはギリギリの意識を保つ。
「セグルドは、『新魔会』でも特殊な存在です。彼の及ぼす被害は、波がありすぎる。壊滅した所もあれば、全くの無傷の所もあった。それは、単に彼を止められるほどの戦力があったかどうかという訳ではない。」
それだけは確信を持って言えた。単純な戦力差で、この結果になるのは少々むず痒いのだ。
あの化け物を止めるには中途半端な当て馬では意味をなさない。それこそ、
彼の被害に波があるのはシンプル。
「彼を怒らせたか、怒らせなかったか、それだけの違い。それこそ、エルガルドさんやエルダーさん並の強さでなければ...」
化け物には化け物を当てないと釣り合わない。それ以下は全て同列で、全くもって、お話にならない。
セグルドという男については、『新魔会』には珍しく、広く知られる部分が多くある。
セグルドは、過去、子供に服を汚されたという理由で、街を滅ぼした事すらある。
それほどまでに、彼は――
「っ!うっるさいんだよっ!ゴミ虫共がァ!!!!」
――彼は、超がつくほどの短気な性格なのだ。
自分本意しか考えられない、他人の気持ちなど理解出来ない。常人には考えられない所業でも、自分に少しでも不利益が生じれば厭わない。まぁ、それが『新魔会』のメンバーだと言われたら、納得するが。
「今!この瞬間!」
みるみるうちに世界が黒と紫のコラボレーションで塗り変わっていくのを見て、セグルドの規格外さを痛感する。
「化け物め...!でも、これだけの魔力なら、壊れる!」
「...本当に、これでいいの?」
セレナの一言に、フェイは決心が一瞬鈍る。しかし、なりふり構ってられない。既に、マントと共に"正義"の心など捨てた。
――もう、いい。潰す。本気で潰す。鬱陶しくて仕方なかった。
「この小さな村ごと滅べ!クソ騎士!!!」
「行けますか?セレナ様。」
「...うん。」
――無罪の自分を、殺しに来る不逞の輩。果たして、そんな奴らを護る価値などあるのだろうか?
あるわけが無い。
「邪魔者は全部、消えて貰います。」
降り注がれる"終わり"の玉をフェイは安全圏である遥か遠くから見つめていた。
セグルドの前から消えるのに『転移』を使用しなかったのは、溜めておかなければならなかったから。
来るであろうセグルドの本気の破壊に向けて、村人達のみを殲滅し、自分達だけが生き残るための『転移』の為の魔力を。
「...全部、あなた達の自業自得です...。」
黒玉に飲み込まれた場所を見つめて、フェイは静かにそう呟いた。
己の行いを正当化しているかのように。
「...ねぇ、フェイ、あれ...見て。」
「...な、にが...!」
目を細めるフェイの服を引っ張り、腕の中にいるセレナが黒玉の方向を指さしていた。
悲惨すぎる状況に胸を痛めたのだろう、と。相変わらずお人好しなセレナだと思っていたが、違った。
セレナが指を指した理由は全く違った。
そこには、黒玉が無かったのだ。
黒玉が激突して消えたのではない。
何もなかったかのように、
全くの無傷であった。
村は何も損傷しておらず、
魔力の残穢すらなかった。
「...何が起こった!?」
――――――
黒玉の魔力が全て消えた。
否、吸い取られた。
突如割って入った参入者によって。
「ここに向かってる途中でさ、お前のバカでかい声が聞こえんだわ。」
男は、固いコンクリートの地面に向けて、剣を突き刺したまま、語っている。
変な白い狼を連れて、当人も、白い髪を揺らして。
「随分と、殺気立ってるみたいだから、思わず逃げたくなったけどさ、また、あの感覚味わっちまってよ。」
『――あはは!最っ高だよ!嫌われ者同士!頑張って生きようなぁ!?』
白い世界で、ルイ・レルゼンになる前のあの男が確かに聞いた、狂気の声。
それが、再び脳裏に走ったのだ。
「...おまぇ....おまえ...おまえ..おまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえぇぇ!!!!!!」
怒りと、憎しみと、殺意と、悪意、全ての負の感情を乗せた声を、その男に浴びせたかった。
憎んでも憎みきれない。
一瞬足りとも忘れたことの無い、世界で一番憎い存在、そして――
『――ほら、言えよ。お前の大好きな、"運命"の時が来たぞ?』
――世界で一番、愛してる男だ。
「会いたかったぞぉぉ!!!!ルイ・レルゼンッ!!!!!!!!」
「生憎、俺そういう趣味ねぇんだわ!誰だか知らねぇが、久しぶりだなぁ!!!」




