21.『反逆者』
身体が嘘みたいに言う事を聞かない。
見えない鎖で縛られているのではないかと思うくらいに、指一本すらも動かない。
「....こ、れ、は...?」
ただ、唯一の救いは声が出せるという一点のみ。
自分を拘束してきたであろう相手との対話がこれで可能だった。
「"絶対拘束魔法"だ。俺の視界に入る生物は、俺より魔力が下だったら無条件で拘束出来る。そして、そいつを解けるのは魔法使用者、俺だけだ。」
告げられたのは実質的な"勝利宣言"。既にこの状況は詰みに近い事を確信させる威力を持った宣言であった。
「こんな所でセリシア騎士団フェイ・ハイル殿にご対面出来るなんて思いもしていなかったですよ、しかも、この平民である俺よりも魔力が低いなんて、何やら大変そうな所に遭遇した感じですかね?」
「本当に、最悪ですよ。さっき魔力なんて使い切っちゃいましたからね、最悪のタイミングで遭遇しちゃいましたよ。」
事実、先程セグルドから逃げ切る為、魔力を大量消費してしまったフェイには、今や魔力の容量はからっきしだった。
平民であるニックスに魔力量が負けててもおかしくない。
最悪の状況に対して、フェイは横にいるセレナへと視線を送る。
「...うん、行けると思う。」
「っ!最高です...!セレナ様!」
語らずとも察したセレナにフェイは静かな歓喜を示した。
身動きが取れないこの状況でも、セレナの魔法は使用が可能だった。
それ即ち――
「『転移』でしょ?使えると思う。」
「はい、相手は油断してます。今の内に逃げましょう。」
「でもでも、何処に!?何だか周りが騒がしくなってきたような...!」
「考えてる時間はありません!今はこの拘束魔法から脱出しなければ!とにかく、奴から逃げれればどこでも構いません!...あ、すいません。」
と、セレナに対して少々高圧的になってしまったことを一瞬で反省する。
冷静な判断が出来ない自分が嫌になるのと、騎士でありながら、逃げるしか選択肢が無い非力さに腹が立つ。
「じゃあ、行くよ?私の手に届く?」
「ギリ、ギリ...!届きました!」
「うん、それじゃあ、『転移』!」
2人の手がギリギリで繋がれ、セレナの掛け声と共に魔力が高まる。
これより、転移が行われようしていた。
「あ、言い忘れてたけどさ。」
と、転移ギリギリでニックスは口を開き、こう言った。
「捕まったら、殺されちゃうらしいからがんばってね〜。」
まるで能天気なその口調とは裏腹に血の気が引くような言葉を言い残し、2人の前から消える青年。
否、消えたのは2人の方なのだが。
――――――
「いかなる時代においても、『英雄』は存在し、それに相対する様に、『大悪党』も存在していた。世界の均衡を保とうとでもしているかのようにな。」
男は、縄で縛られる老人に向けて、世界に対する考え方を語っていた。
「新たな『英雄』が生まれては死に、また新たな『英雄』が生まれる。『大悪党』も同じだ。だが、中々珍しい方だと思うぜ?その相対する存在が、兄弟同士なんて。実に稀有な時代に生きたものだ。」
「...」
「アンタは、前の時代の『英雄』を知ってそうな年齢だよな?どんな奴なんだ?生憎、俺は『英雄』だの『大悪党』だの、全く興味が無くてだな。」
「それにしては、世の摂理について淡々と語っていたな?自分に酔っておったのか?若造の分際で。」
「あれ、なんか怒ってない?どったの、じいちゃん。」
「くたばれ、クソガキ。」
「おいおい、医者に言われるとは思ってもいなかった発言だぜ。」
密林の茂みで、そんな言い争いが響き渡っていた。
小さな岩の上で腰を据え置き、縛られる老人を嘲笑うかのように見下す白いマントを羽織る男。
セリシア騎士団ファルス・ヘーベルは医者と宣うこの老体で暇つぶしをするくらいしか、今は興が乗る事が無かった。
「つーか、面白すぎる話だぜ。ジュエリー・レルゼンを殺したのがフェイだったなんて。アイツが一番そういうのにうるさいと思ってたんだが、ちょっも見直した。」
「騎士団はクズ野郎しかおらんのか...。」
「だよな〜、アイツクズだよな?自分の出世の為ならなんでもやる鬼畜野郎だぜ?何であんなに信頼されてんのか意味不明。」
「お前含めて言っておる。クズ野郎。」
「もー、そういう類の事言われ慣れてっから効かないよーだ。ばーか、ばーか。」
「...」
口車に乗るのもアホらしいと思い、ロード村の医者である、サグレッド・ホーギーは無口を決め込んだ。
「ファルス殿」
「おう、シャイル。俺の暇潰しを遮る程だ。余程の報告なんだろうな?」
キリッとした目つきでファルスに歩み寄り、膝を着く男、シャイルは捕縛される医者を横目に、淡々と述べる。
「えぇ、本来の我々の目的に関しての報告です。」
「まるで俺が本来の目的を見失って遊んでるだけのように聞こえるが。」
「報告します。」
「無視された、本当にそういう意味かよ。」
「ロード村を囲う黒い結界ですが、我々の技量ではとても破れるモノではありません。この結界を成立させる、只者では無い何かが、この村に介入しているかと。」
シャイルは入念に調べた上で、この状況はかなりお手上げ状態に近い事をファルスに報告した。
「ふ〜む、変な結界が作られたと思ったら壊れて、また更に結界が張られたと思ったら今度は黒い。1回目と2回目の結界を張ったのは別人物と考えるべきか?」
「その憶測で正しいかと。そして、結界を破壊したのも2回目の結界の者かとも考えられます。恐らく、魔力と結界術に関してだけで見ても、群を抜いている強者であるかと...。」
「困ったな〜、セレナさえ回収すればこっちは何でもいいんだけどな。」
「――フェイ殿も、です。」
「ん?随分と彼に懐いてる様子だね。ミルーラ。」
2人の会話に横槍を入れたのは、可憐な女騎士、ミルーラ。
魔王城において、彼女は彼に対しての印象は多少なりとも変わっており、決して見捨てられる存在ではなくなっていた。
「フェイ殿が欠けることはセリシア騎士団の痛手です。どうか、そのようなご冗談はおやめ下さい。」
「わ〜ってますよ、こえーこえー。はいはい、フェイも回収するって。」
「...」
全く信憑性を持てないファルスの発言には、流石に眉毛がピクリと動くが、それで何とか我慢する。
今ここでファルスと対立していては時間がもったいない。
「つってもどーするよ、壊れねー結界張られたら外野は何にも出来やしねぇ。結界なんて、基本内側からしかどうこう出来ねぇんだから。」
「これは、我々だけではどうにも出来ない問題な気がしてなりません。故に、援軍を申し入れるべきかと.....エルガルド隊長等。」
「馬鹿言え、あんな化け物呼ぶ案件なんて、『魔王』か『大悪党』か『破壊神』レベルじゃねえと聞く耳すら持ってくれやしねぇ。俺らだけで何とかすんぞ。」
――手柄は全部、俺のにしなきゃ意味がねぇ。ここでエルガルドなんて呼んだ日には、最悪エルガルドの無駄遣いって事で降格すら有り得る。少しは考えろや、この図体だけのクソ男が。
言えない本音で罵声を浴びせ、多少気を紛らわすが、現状解決策は見つからない。
足りない頭を捻り続けても結論は出ない。
「....考えてても仕方ねぇ。ひとまずお前らもこのジジイで遊んどけ。今は休憩タイムだ。」
「...あまり、良い趣味とは言えませんよ、ファルス殿。」
「頭カチカチシャイル君も、たまには息抜きしないとだめだよ〜?真面目がバカを見るこの世界で、そんな生き方してたら一生出世できないぜ?」
この男にその様な言われようをすれば、誰だって腹が立つ。シャイルも例外では無かったが、実際全く出世出来ずにいる自分の立場を考えて、何も反論することが出来なかった。
だからと言って、囚われ人で遊ぶ趣味なんて到底腐ってるとは思っているが。
「やれやれ、フェイの野郎は何してんだ。結界の中にいる騎士はお前しかいねぇんだぞ〜。お前が何とかしなきゃ俺ら何もできねぇぞ〜。」
「...」
まるで何もかもフェイの実力不足と言わんばかりのその言動に、ミルーラは堪らず離れてしまう。
「...ですが、それは本当にその通りですよ、フェイ殿。私の上司なのだろう?何とかしてみてはどうだ?」
この点に関してはファルスとシャイルは合致していた。
黒い結界を見上げながら、シャイルは自分どころか、数多の精鋭をごぼう抜きして出世して行ったフェイに、聞こえる訳のない呟きを零した。
――――――
「――やられた。」
転移直後、それがフェイが放った最初の一言だった。
場所は近くの建物の屋根の上。普通なら人がいるわけが無いそのら場所において、当然のように待ち構えていた1人の男に突然斬りかかられたのだから。
「...フェイ・ハイルゥっ!!!!」
男は服装からしてどうやらただの村人らしいが、目に宿る殺意だけはそこらの勇者と変わらない程だった。
しかし、やられたのはその瞬間の一撃に対してではない。
転移直後の突然とは言え、騎士としての最低限の実力は持ち合わせているフェイであっても、一般人の剣くらい簡単にいなせた。
やられたのは、位置を絞られた事だ。
「どうやら、既に位置情報はある程度知られているようです。あの男が僕達を捕まえるのと同時に、全員に位置を共有したのでしょう。」
「でもっ!なんで屋根の上にいたのっ!?そんなのふつう分からないじゃん!」
フェイの考察に対して、セレナは焦った声でそう訴える。
「いるもんはいるんです、割り切りましょう。セレナ様、頼りっぱなしで申し訳ないですが、転移を...!」
「う、うん!」
本当に、自分が嫌になる。
「待てぇ!!!」
村人の雄叫びを聞きながら、再び2人は空間を歪めてその場から消える。
こんな非常時に、護るべき相手に護られているのは、さっきから自分ではないか。
「何が、騎士だよ馬鹿野郎。」
自分に対しての嫌気が、ポロリとこぼれてしまうフェイだった。
――――――
「――フェイ・ハイル!」
「――クソっ!次です!」
移動しては、消えて、移動しては、消えて。
正に転移の無駄遣いと言ってもいい。先程からもう10回以上、こうして転移した瞬間に村人に見つかり、再び転移を繰り返す事態になっている。
「う、うん!」
セレナに対して重労働を必然的に課してしまっている事は分かっているが、今の2人はこうやり続けるしか無かった。と、フェイは思っていた。
――――――
「――フェイ・ハイル!」
「――次、です!」
何度も繰り返す。何度だって、この地獄から抜けられる糸口を見つけ出してみせる。
「ちょ、っと.....待って!」
「っ!セレナ様...!」
膝を着き、小さな頭に小さな手を当てる少女セレナを見て、何度も憎んだ自分に更なる追い打ちをかける。
だが、これ以上自分を恨んだ所で結果は変わらないので、歯を食いしばりながらセレナの状態が回復するのを伺う。
「『転移』を使いすぎましたからね...!ですが、もう少しで見つかりそうです、糸口が!ですから...」
「うん!...私が、足引っ張っちゃダメだよね!」
「...」
自分が目の前にいたら、串刺しにしてやりたい。
フェイは心の中でそう思いながら、再び転移を繰り返す。
――――――
「――っ!」
「っ!セレナ様!」
「な、なんでも..な..っ!」
セレナの鼻から真っ赤な血液が垂れ流れる。
冷や汗をかきながら小さな体を丸めて膝を地面に落とすセレナの姿を見て、フェイは拳を強く握り締める。
「――クソっ!クソッ、クソッ!...僕は、何を...」
「何だか大変そうだが、ジュエリーの仇、打たせてもらう。」
その光景を目にしながらも、巨漢の男はゆっくりと2人に近づく。
何十回の転移の末、2人はどこにも逃げ場が無くなっていた事を知った。
セレナの簡易的な転移は近距離移動しか出来ず、既に包囲網を囲まれている状況には、かなり不利だった。
そして、魔力を過剰使用して体調を崩すセレナ。
――考えろ、考えろ、考えろ!ここで、僕が何を出来るか!
フェイは頭脳を全力で回す。
打開策を捻り出す為、血眼になる。
「――クソっ!」
もう、それしか方法が無かった。
だから、仕方なかった。
「――虫?」
巨漢の男は、空からやって来る無数の虫を凝視する。
それは、フェイ・ハイルの遥か頭上の上で円状になり飛び続けていた。
「あれは、フリューバエか?」
フリューバエ――異常な再生能力を持つハエとは聞いた事がある。
――だが、何故今、いきなり...
それは、フェイ・ハイルにとっての最終手段。
絶対に切りたくなかった切り札。
"正義"を誓った過去の自分に対しての最大限の侮辱。
フェイは、包囲網を逃れる為、荒業に出た。
フリューバエを自分の元に呼んだ。
ただ、それだけの事。しかし、
大量のフリューバエを呼ぶ事の真意それは、
"彼"を呼ぶ為でもあった。
この盤面を覆すには、イレギュラーな存在が必要だった訳だ。
「――ここに居たのか、"運命"の反逆者。」
屋根の上からから顔を覗かせたその、見知った顔に対してフェイはニヤける。
「いえ、どちらかと言えば、僕は"正義"の反逆者です。」




