(63) グリニザ(2)
一九九五年。
三月。イギリス、ロンドン市内。
組織から許可のでる、十四才のころゲルトヒーデルは組織での作業へ参加した。
このため、このときゲンコ・オブライアンに初めて会ったとき、彼女と経験日数についてはほぼいっしょだった。
近接型の(エイブリーが遠距離にも対応する例は少ないとはいえ)エイブリーをもつゲルトヒーデルにとって、現場とはひとつ一つが苦行であり、壁であり、障害ではなかった。
障害ではないものをこなしていくのは想像をほんのすこし絶するほどだった。死にかけたことはなかったが、自分のせいで、被害が拡大し怪我人が出たり、あるいは変異体というものに対して知らされ、エイブリーを持つ人間はそうなる確率がひくいと教えられたり、あるいはその経験は鮮烈で、狂躁で、断絶的なことがいくつもあった。やめてしまいたい。そう思うことが前に出る原動力となりえるのだということを、ゲルトヒーデルは否応なく知らされた。
研修のようなもの、としてグリニザ本部へ出向し、必要な現場へおもむきながら、そのとき、ゲルトヒーデルはだいぶ憔悴し、神経を、冷静な対応がとれなくなるぎりぎりまですりへらしていたころだった。
ゲンコ・オブライアンの第一印象は、要領のわるい子、ということだった。
ゲルトヒーデルは自分がいい人間でないことを、はやくから自覚していた。それには家庭環境が影響したのは否めないが、そのことは誰にでもありそうなことだから脇にのけておくとして。
そのため、周りがちやほやしているように見えるこの少女に、内心ではいい思いをいだいていなかった。
経験が同程度で、エイブリーとしての相性もよい、周囲がフォローしやすい環境に置かれるためにゲンコとゲルトヒーデルは、現場を共にすることが多々あった。
そのときから、この子とはちがう、とひややかでこずるく、また冷静に思っていた。
見下していたといえば、そうなるだろう。ゲルトヒーデル自身も、自分がそういうことをする人間だとわかっていたから。
変わるきっかけのようなものはあった。
それは皮肉にも何度か同じ現場に行けて、彼女が自分自身よりも他人や、他人であるゲルトヒーデルを優先する人間であることがわかってきたからだ。誰もがきびしく、とげとげしくならざるを得ない極限状態で、それに気づくというのもあんまりな話だったが……。
そう感じていながら、あるとき、ゲンコにかばわれた。
余裕のなくなっていた現場での一幕だった。うかつだった。近接戦闘が危険であることを知りながら、まちがいなく、慣れで油断をしたのだから。
死体の確認をおこたった一体が、その身体つきにふさわしい強烈な一撃をゲルトヒーデルの背後から見まったのだ。
ゲルトヒーデルとともに前に出ていたゲンコが、それに気づいて彼女を突きとばした。それでゲルトヒーデルは無傷にひとしくすんだ。
ゲルトヒーデルを庇ったゲンコのほうは、するどい爪で脇腹をもろにえぐられ、ふせいだ腕が折れた。重傷で、傷跡はのこり、その後三ヶ月ほどもまともに動けなかった。
ゲルトヒーデルはその穴埋めとして、出向期間をのばされたが、さすがにそれだけでは足りないと思い、ゲンコを見舞った。
親しいとは言えなかったが、なにか言わなければと思った。何か言うということが、おそらくは自分のためであろうとも思い、慎重に言葉をえらんだ。
が、病室で謝罪するゲルトヒーデルに、ゲンコは言った。
「よかった……あなたが、無事で。本当に」
ゲンコは涙ぐんでいた。
人の足ばかりひっぱる自分が、ようやく少し役に立てた。
ゲルトヒーデルは傷ついた。
そして、気づいた。この子は自分と同じ歳で、同じ経験期間で、本当に心からそう考えている。
あの厳しい、冷徹な現場作業で本当に他人のことばかり思いやっている。
自分が傷つくことで誰かの助けになるのなら……誰かを救えるのなら……重荷をわずかにでも動かせるのなら……。
それでいい。
自分などいらない。
それは奉仕の精神とも言えない、言い方を悪くすれば、がむしゃらで一途な自己満足だった。いらない人間など存在しないのだ。他人を無視できないから人間はかろうじて自我を保てるのではないか。平然と他者を見捨て、ふみつけにし、自分で優越するばかりが人間であったなら、ゲルトヒーデルはもっとゆがんでいる。
こざかしい自己計算などこの作業にあたる人間にとって、些末なことだ。そうでなければ、正気をたもったまま仕事などできない。
打算を持ちこんでいるひまなどない。
そうでなければ、完遂できない……。
そのなかでひたむきに、はいつくばって、自分をなげうつことができるゲンコは、ゲルトヒーデルにとってとんだ侮辱だった。
同時に、放っておけないとは思った。
何度か病室に足をはこんでいるあいだに、そんな彼女と親しくなっていった。
ゲンコが復帰する前には、ゲルトヒーデルはイギリスから日本へと帰国していたが。
いつかまた会いましょう。
再会を願って、病室で握手をし、親愛のキスをかわした。
それからおよそ一年ほどが経過した。
もろなおちょう市で怪物の出現が予測され、ゲルトヒーデルにもその情報はもたらされた。
日本支部の壊滅。ただならぬ事態にゲルトヒーデルの神経も、「ある事情で」またすり減ってはいたが。
再会を楽しみにしていたのだ。
内心、心のすみで。
諸事情に忙殺されながらも、運命的にひかれあうのを感じるロマンチックな心があった。そんな心の余白が自我の支えになっていたことは否めない。
怪物の出現が起こる路地に、彼女はいた。
そして、ゲルトヒーデルを見も知らぬ他人を見る目で見た。
一体どうして、なにが。
どうしてそうなり、どこでどうなって。
そうなってしまったのか。
ゲルトヒーデルにはわからない。
だが、彼女には、わからないことよりも目の前の現実だった。
それこそが優先された。
ゲンコ・オブライアンは自分のことを忘れ、完全な初対面の人物だと思っている。
目の前の物事を遂行するために、重要なのは気づいたそれであって、ゲルトヒーデルが過去に彼女に抱いた感情や、なにげないやりとりや、小さな友情にも似た尊敬や、そういう優先されないものごとは些末に伏すのが肝要だった。
当然、疑いから周囲を探索したことはある。
どうにかして、それが起こっているのはなぜなのか、糸口をつかもうともこころみた。
そのうえで面とむかって彼女に聞かなかったのは失策というのか、間がぬけている、片手落ちであるというのか。
面と向かって否定を突きつけられるのが、怖くなかったかといえば嘘になる。
等身大の少女として、いい友人として、ゲルトヒーデルが愛したゲンコ・オブライアンは、そこにはもういない。
今そこにいるのは、ゲルトヒーデルの知らないゲンコ・オブライアンという少女だった。
心当たりはある。
ただ、それを探るには、やはりゲルトヒーデルの今の立ち位置ではできないことだった。
彼女、ゲンコと仕事をしている人間のなかにそれを知っている者がいるはずだ。
この現場が終わって、ゲルトヒーデルが自分のなすべきことをしたのなら、それを聞きだせる機会はくるだろう。
なぜなら、人生というのはこのあともずっとつづくものだから。
頭のすみでなぜか、関係のないはずの記憶の一コマが思い出される。
もう一ヶ月半も前のことか。
今はもうそこにはいないゲンコ・オブライアンという少女と、よく似た雰囲気をもった少女。
ゲームセンターでその少女と友達になった記憶。
クレーンゲーム。
景品のキーホルダー。
もうあそこにこっそり通っている暇もなかったが、彼女にももう会えないのだろうか。そんなことをなぜか思った。




