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インナースペース・ネクロノミコン 〜ポケベルと白い血肉と円卓の騎士  作者: ジ・エモン


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(59) 午後の恐竜(2)





 二日後。

 もろなお町市内。



 夕暮れがやや遠く、午後の街は微妙に肌寒かった。それでいて風は生ぬるく、どこか待ち合わせの場所にしている歩道橋の下より、中途半端に上着をそよがせている。

 学校近くの駅前通りは祭りの催し物の行列で、交通整理がされていた。学校からは、ほどよくはなれ、陸上部をはじめとした運動部のランニングが行われている河川敷には、打ち上げ花火のための大規模な準備がされていた。学校の付近も、やや車でこみあっているほどで、駅とあわせて、待ち合わせには不向きだと松本の友人が言っていた。

 あんまり大人数で行動しないほうがいい、というのも経験則にもとづくものらしい。

 ゲンコは私服ではやくに来ていた。ほどなく松本の友人がやってきた。話していると、松本がちょっと遅れてやってきた、という順番で三人で合流した。

 松本は友人が多いほうで、部活にも委員会にも活動的なたちだ。

 ゲンコの手にはちょっとかたくるしい祭りの小冊子などがあった。待ち合わせにくる途中、ふるい地元商店の軒先につまれてあったのをもらったもので、戦災、災害、といった文字がおどっている。今はゲンコの上着のポケットに折りたたまれているが、待ち合わせ場所にいるあいだに、中身はほとんど読んでいた。

 そのなかで、もろなお町の名称に関する逸話なども紹介されている。中世のなかほど、室町とよばれた時代、この地に「ふかやもろなお」、という名の人物がやってきたそうだ。

 一本歯のゲタ、ぼろぼろの黄色い貴人の衣、背中に琵琶を背負った奇人で、顔は面でおおい隠していた。一説にはこの面はテングである。

 もろなおという名前がどこからきたかはさだかではないが、この男は漁村であったこの村の長を驚愕させるほどの剣の腕前を見せたと伝えられ、室町の政権であった幕府にて要職についていた貴人の縁の者であると名乗っていた。

 もろなおは当時、この地に出没していた巨大な蛸の怪物のことを言い当て、村長にその退治をするかわり、自分をこの地に住まわせてくれるよう言った。この蛸の怪物は足が八十四本もあり、人二人ぶんほども巨大で、海に出る船を襲って沈めたり、海辺を歩く人間をさらっていってしまったりして、ついには、若い娘を生贄に差しだすよう要求し、村を脅しあげた。

 すでに一人、二人と実際にささげていた村は窮しており、もろなおの言うことにうなずいた。

 もろなおは女物の衣を上からはおり、生贄の輿に乗って怪物のもとへ運ばれた。そして三日も帰らなかったが、やがて、ほうほうの体で現れ、怪物を殺した、確認されたし、と述べた。

 村人はおそるおそる人を向かわせ、すぐにもろなおの言うとおり、人二人ぶんの大きさより三倍もふくれあがった怪物の死体を確認し、突きささっているもろなおの刀を持ってきたという。

 もろなお町の名前はこの伝説にもとづいている。

 もっとも、ゲンコの知っているかぎり、この話には続きがある。

 もろなお町、という名前自体は戦後の復興期、「不吉である」「旧来的すぎる」として、あらたな名称が考えられた。

 実際、変更される寸前まで行ったそうだ。

 が、そのころこの改定にかかわっていた人物が数人も、短期間に不慮の死をとげたり事故にあった。

 そのうちの一人である薬指と人指し指を切断する重傷を負った当時の副町長がいたのだが、こう証言した。怪我を負う事故の直前、夢に黄色い衣の人物があらわれた。

 この地の名を変えることあたわず、もし撤回せぬとなれば、汝らは不幸にあうであろう、何人も何人も、何年先も……この地の名を変えることあたわず。変更を撤回せよ。

 夢の人物は言い、その直後に変死や事故があいついだ。

 変死した自治体の役員だった男が、偶然にも、同じ夢を見たと、死ぬ前に話していた、とこの副町長はさらに証言した。

 都市伝説。あるいは噂話というやつだ。


「深矢師直」


 と、この都市伝説をよんで言う。深矢、とは「ふかや」、あるいは「ふくや」の変化したものであるらしい。

 「もろなお」がその臨終におよんで発した言葉とも、この地の人々を呪って言った言葉ともされる。

 これらの話は、菅原大附属の校舎の幽霊話とあわせて、事前に調べたもののなかにあった。

 深や、福や、深矢、については、ふかやもろなおのもともとの伝説に続けて語られた話がもととなっている。怪奇じみていてどこか露悪的で話がなまなましい、という点でよくある寓話のたぐいという可能性もあるから、あえてここではふれない。

 ゲンコら三人が駅に近づくにつれて、人は多くなった。祭りばやし、というらしい和製の笛や太鼓の情緒的なメロディが無造作に鳴りひびいて、遠くの喧騒を、まとめて運んでくるようだ。

 ゲンコはそっちに興味をもったが、松本のようすを見つつ、話にさらに上げるのはやめておいた。屋台の香ばしい品々の匂い、活気、渋滞したような車の雑多なざわめき。

 今はちょうど踊りの行列、まあパレードが通ったばかりで、その余韻が薄情な昂揚感とともに千々(ちぢ)に散ったり、べつのあらたな緊張感にわだかまったりしていて、今からもさらに何事かやるのだと、言わずもがな伝えてきている。


「へえー」


 祭りの解説など聞きながら(松本の友人がよくくわしく、だいたいのことは答えてくる。親が地域の祭りであるとして、何度も催しに関わっているらしい)、ゲンコは心から感心していた。こういうことにはとにかく感心しておくものだ。それから自分の感情をつけくわえればよい。

 祭り、イベント、フェスティバル、というのはそうして羽目をはずし、大きな声で酒を飲み、行儀わるくテーブルを叩いたりしてもよい。ゲンコはそういう経験に未熟だったが、母から教わってはいた。

 実際のイベント事にゲンコを連れていったこともある。まあ、ゲンコはそのころ見ての通りだ。あまり人ごみに行くには自分の足が目だつこともわきまえていた。

 祭りの雰囲気は車の中から遠く見ただけだ。とても楽しそうで、華やかだった。人が笑っていたのは怖かったが、それ自体を苦手とは思わなかった。

 母が買ってきてくれたあたたかいミルクティーと、キャロットケーキ、かたいソウルケーキはあとから持ち帰って紅茶にひたしてなんとか食べた。

 あのときはハロウィンで、天気も寒かった。日本の晩秋ごろはあたたかい。

 老若男女、ビデオカメラや一眼カメラを片手にシャッターを切っている人もちらほらいる。

 松本と松本の友人はあちこちと行って、ゲンコをよく連れまわした。気づかいもあるが、単純に地域をよく知らない人間をひっぱるのが楽しいのだろう。ゲンコも素直に楽しんだ。

 花火を見るのにおすすめのスポットだという、ちょっとした駐車場を貸しきった広場を横目に通りすぎ、近くの神社に通りかかる。

 もろなお町は意外と由緒ただしい神社が二、三も点在している土地柄で、この神社もこしらえが立派だった。

 大きな朱のトリイ、境内に祭りにあわせて林立する露店。

 いかめしく、壮麗な屋根の神社の建物を奥にして、人が道の両側にばらばらにいりみだれている。


「おっと。知り合いいた」


 と、松本が言った。そちらを見やると、ゲンコらと同じ年ごろのやや色黒な少女と、長身で、いかにもスポーツをやってそうなメガネの少女。それからゲンコたちとはちがう学校の制服姿の金髪の少女がいた。なにかひとこと、二言、言葉をかわしている。金髪の少女を見たとき、ゲンコはそれが顔見知りであるのと、顔見知りでないよう、よそおうべきか、を、反射的に算段しなければならなかった。

 松本は長身のメガネの少女に近よっていって声をかけた。

 黒髪をストレートロングにしているのがさっぱりとした印象で、髪型を落ちつかせているヘアバンド、よく見ると洒落た衣装のメガネがなんとなくはしっこそうな感じである。甲斐、と松本を通じて自己紹介した女子は、ゲンコをめずらしそうに見て、ぱっと笑った。


「ああー。B組の人? よろしく。私、甲斐 君代(きみよ)っていいます。はじめまして」

「よろしく、守井伊留子といいます」

「聞いてる、聞いてる……おっと。海外の人と話すのははじめてじゃないけど。年が近い人ってほぼいなかったから」


 甲斐は三人の喋る担当らしく、色黒の女子は大人しそうに水泳部の月見里(やまなし)、一年生です、と言ったきり、黙っている。もうひとり、口をおさえてもくもく、とやっていた金髪の、ややルーズな着こなしの学生……エメ・ルナールは、かるく口周りをぬぐってから丁寧そうに自己紹介してきた。


「『エメ・ルナール』です。こんにちは。はじめまして」


 ひらひらと手をふる。今日はにこにことはしておらず、年相応の愛想に見えた。


「エメっちはフランスだっけか?」


 と、月見里がマイペースそうに言っている。そうそう、と、ルナールは適当そうに頭を左右させた。


「守井さんも留学生なんですね。よろしくお願いします」

「ええ。よろしく」


 ゲンコは言った。

 そのとき、ちらつきはじめていた雨が、そっと粒を大きくしはじめた。

 止まないようだったので、ゲンコらとルナールたちは、ちょうど連れだって喫茶店に入った。


「守井さんとお話したい」


 ということで、四人と二人で席をわけて座った。ルナールと相席したゲンコは、他人の目を気にしたわけではないが、口元をゆるませてルナールと挨拶した。


「仕事なの? とか言わないんだ?」


 とは、ルナールが言った。英語である。とはいえ、初対面のときから、この少女が、きれいな英語を話すところは見ている。

 ゲンコはあんまりわからなかったように、ちょっと首をすくめた。


「なによ。仕事なの?」

「まさか。野暮なこと聞かないでね」

「そうですか」


 ゲンコはお手上げと言ったように、なげやりに言った。甘めのアイスコーヒーをすする。


「甘いの苦手なのに、大丈夫?」

「このあいだ、おしるこ渡したやつの言うことかな……」

「お近づきのしるしだっての」


 ルナールは悪びれもしない。かと思うと、ぼそりと言った。


「まあ、初対面の人に失礼だったとは思ったわ。ごめんなさい」

「べつに……」

「うん? 失礼な対応をされることには慣れているってこと?」

「いいえ。そのくらいなら、気にしないていどのことよ」

「嘘ばっかり」

「本当よ。私は、恨みが深いほうじゃないの。謙遜や自慢じゃなくて。そう、ちゃんと腹は立ったから。気にしないで」

「ふん」


 ルナールはうなずきとも、鼻で笑ったともとれないようすで言った。わかりにくい女だ。


「まあ、いつまでもツンツンしていても仕方のないことだし。日本に来て驚いたことでも語りあう?」

「日本の人って大事な用でもなかなか声かけてこないわよね」

「それは思った」


 二、三言いいながら、会話する。意外と、とぎれなかった。やってみるものだ。


「おお……」


 と、目をかがやかせながら、ルナールが外を見た。ゲンコも喫茶店の大きなガラス張りごしに、外の通りを見た。似たような反応で、口をちょっととがらせる。感心のため息。通りを、踊りのパレードと、大きなミコシが通っていく。沿道に人がごった返していて、その山の上を、ミコシのてっぺんや人の頭がいくつも左右に流れていく。


「すごい音楽」


 ルナールが言った。生の演奏だか、カセットやCDプレイヤーを通してだか、どっちともとれる演奏が、音高く迫力をもって鳴っている。


「和楽器ってやつ?」

「よくわからないけれど、たぶん、厳密には違うとかじゃないの?」

「そ? まあいいか」


 ルナールは言った。向こうの席でも、通りのほうを見て、会話がされている。月見里が、ガラス越しにカメラを構えている。そういうのが趣味らしく、最初に会ったときも、手にカメラだけは持っていた。

 そこでふっと音がとぎれた。

 ゲンコは、ただ一人になったのを感じると、席に手をかけてすばやく立ち上がった。

 左脚のふとももを指がこすっている。

 なにか黒いものが、一瞬で、人のいなくなった通りを横切り、なぜか、店の入り口から入ってくる。それは髪の毛のように触手をなびかせ、かぎりなく速い。

 ゲンコは液体のようにぬるりとそれが入ってきて、ゲンコの目の前まで来るのに、あわせて席をひっくり返した。板のように立ちふさがったテーブルが、黒くて大きな身体の動きに、ひと動作ではねとばされる。そのあいだに、怪物の視界(と思われるもの)とテーブルとのあいだに、自分の動きがおさまるように動いて、ゲンコはまたたきのあいだぶんだけ姿を消した。あらわれた、と思ったときには、怪物の側面から蹴りを見まっている。怪物は、ぼろ布にしたように、軽々とふきとんだ。

 が、ゲンコの後ろにすでになにかが回っていた。それは、いま蹴り飛ばした怪物が、店に滑り込んだときに、分裂するようにわかれてできたようだった。

 ゲンコは反射的に倒れ込んだ。肘が地面にべったりつくほどに。肉と、触手が殴りつけるように、ゲンコの上をかすめ、それと交差するように、ゲンコは身体をひねって、低いところから思いきり蹴りをくりだした。怪物のかたわれの肉が、ひるんだように後ろにたたらを踏む。ゲンコは低空から、一気に伸びあがると、かたわれが地面に放ってきた触手をかわした。立ち上がり、強引な体重移動で、すぐさま放った回し蹴りが、かたわれを吹き飛ばす。

 しかし、そこまでだ。

 二対一である。ガラス張りが、一気にぜんぶ割れた。割れたところから、店内に黒いものがずるずる、身体を引きずって滑り込む。

 完全に囲まれていた。

 ゲンコは、水中にいる心持ちだった。

 ぜんぶ叩き殺さなければ、自分は、ここから出ることさえできないだろう。


「オブライアン?」


 ふと、声が聞こえた。

 ゲンコははっとした。ルナールの、けげんな顔がこちらを見つめている。

 ゲンコは、いつのまにか、拳を強く握りこんでいた。手のひらに、べっとりと汗をかいている。それでいて、身体はすこしも熱くなかった。

 むしろ、寒気に襲われた。ゲンコは小さくくしゃみをした。


「大丈夫? ……雨にでもぬれた?」

「いいえ」


 ゲンコは身ぶるいしてから、答えた。顔の血の気は引いていたが、メガネを外してこする。ふう、と、少し体温が戻ってきた感触を得る。


「なんでもない」

「そう。ぼうっとしてたけどね」

「そう……ねえ」


 ゲンコは言い訳して、メガネをかけ直した。 

 動揺がおさまっていく。

 幻……である。そうであって、そうではない、というか。


「疲れてるんじゃない?」

「そうね」

「そうねえ……」


 ルナールはどうでもよさそうに言った。なにも気がついていないようだ。よかった、と、ゲンコは少しそう思った。


「ま。今日はおたがい関わらないように、適当に遊びましょう。なにもないときって、部屋で閉じこもって寝ていたいと思うものだけど」

「私もそう思うほうかな」

「なら私とはあわないわね」


 ルナールは、表の通りを見た。ガラス張りの窓が、雨上がりめいて陽に輝いている。が、雨はぱらついていて、天気雨、というなんともすっきりしない状態のようだった。

 たしかに、自分にはこういうのは合わないのかもしれない、と、胃を軽くえぐられるような感触で、ゲンコは思った。

 それはむなしすぎることだった。


「すっきりしないわねぇ……」


 皮肉を言ったルナールは、日本語で言った。「そうね」と、ゲンコも日本語で答えた。踊りの行列は、なおも騒がしい音楽をかかげて、はなやかに通りすぎていく。


「じゃあさ、神社んとこ行って」

「そうね。その前に」


 と、しばらくして雨が上がった。また降りそうかどうか、外に出て確かめると、甲斐という女生徒と、松本がいろいろと段取りはじめた。

 が、二人とも手際がよく、ほとんど口をはさむ余地がない。ゲンコは松本をちょっとは知っているが、甲斐という美人の知人といると、そのてきぱきと要領のいいところが、二倍くらいになって現れていた。

 トイレでこっそり精神安定剤を飲んだゲンコは、そのせいであくびを出さないようかみ殺しながら二人のペースに付き合わされるようだった。松本の友人や、写真が趣味らしい月見里という後輩の女生徒は、二人のようすに慣れているようで、松本の友人などは、学校でもいつも二人でいるだけあって、すっかり加速した松本のペースには慣れっこのようだった。

 甲斐は、松本と同じ放送委員会に所属していて、非常にスポーツが堪能なタイプで、松本たちに泳ぎのコツなど聞いてくる仲ではあるらしい。

 大声でうわさする暇人はいないが、ちょっとした有名人で、下級生と同級生に人気である、といういらない情報も会話で察せられた。


「踊りの行列は、向こうが見やすくて」


 と、松本と甲斐が話しながら、六人で移動する。行列は、時間がたまに空くこともあるらしく、そんなときは今日限定のキッチンカーに寄って「ハシマキ」、というたぶん粉っぽいものをハシに巻いたのだろうと思われる軽食を買って食べる。

 祭りの屋台ものらしく、味が濃く、ゲンコの舌にも合うものだった。空腹は感じなかったが、非常に美味しいものではあった。

 イギリスといえば、軽食のフィッシュ&チップスがそれこそ有名だが、油に難があって、美味しく食べるのには慣れがいる。

 それに比べると、未知のもので、やや舌が七転八倒とはしかけた。

 名物のサイダーで、それを流し込みながら、ゲンコはそれなりに雰囲気を楽しんだ。こういうものは、食べ物でなく、空気を食べるところがある、とは母も言っていた。直情的で、鼻歌が下手くそで、詩的な感性もあまりないのがたまにキズだった母だが、言葉じりにはそういう情緒がうかがえた。

 数か所もまわって、十分に祭りを楽しむころ、ゲンコにも多少、気分に余裕ができていた。リラックスしているというのは、いいことだった。

 最初のほうに言っていた神社までやってくると、これまで周ってきたのよりひときわ立派な正面が見えた。屋根に向かって進行していくと、ここの出店にはシャテキやくじといったゲームが出ていた。実物を狙う射撃となると、ゲンコの腕はいまいちだった。くじでは当たり、と店側が言いはる品を当てて、しかたなく持ってきていた小型のナップザックを圧迫した。うさん臭くきらびやかなおもちゃとアクセサリーを横目にひやかして、境内にしつらえられた舞台へいくと、面や着物でぎらぎらと豪奢に仮装した演者が、朗々とセリフを演じていた。

 黄色いきらびやかな衣にテングの面、背中にビワを担いでいる人物は、どうやら、祭りのパンフレットに解説されていた、深矢師直ふかやもろなおであるらしい。おどろおどろしい、オニの面をかぶった人物が、怪異役としてそれに対峙し、舞っているのだった。

 舞い、とは言っても、日本固有のリズムでおこなわれる厳粛なものだ。ひと動作ひと動作が重々しく、どこか珍妙でもあり、くわしい考察をのべる人があるなら、ぜんぶに意味を見出してくれるだろう。だが、今はそういう人はゲンコらにはいなかった。

 ゲンコらは、女子高生であるから最初のほうしか真剣に見ていないようではあった。その後は、茶化さないように静かに見ていた。

 そのあいだ、ゲンコは奇妙な感じを覚えたことがあった。なんとなくだが……テングの仮面の人物、深矢師直が何度かこちらを見たように感じたのだ。

 このような演劇ものにありがちな気のせいではあっただろう。だが、妙なことに、ゲンコには強い確信を持ってそうである、という認知があった。自分の感覚に違和感を覚える。





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