五話 将、燃ゆる
玉座の間にて、エリオットはカルース王に跪いた。
「この度はアルド平定、ならびにご無事の帰還、おめでとうございます」
「ああ。お前の見立て通り、アルドの平定は容易い事であった」
カルース王はエリオットに笑みを向けた。
「それで早速だが、ヴィブルはどうなっている?」
「未だに二国を相手に戦いを繰り広げていますが、間も無くメニエは落ちるでしょう」
「うむ。それで我らはどう動くべきなのだ? 無論、考えているのだろう」
「ええ。ですが、動く必要はありません」
エリオットの答えに、カルース王は目を細めた。
「ほう。考えを聞かせろ」
「メニエが落ちたとしても、すぐにカルースが攻められる事はありません」
「ケレニアがあるからだな」
エリオットは頷く。
「メニエが落ちた以上ケレニアも長くは持たないでしょうが、それでも猶予はあります。その間に戦の準備を整え、ヴィブルの侵攻を待ち受けます」
「待ち受けるのか?」
「ヴィブルの戦力とカルースの戦力では明らかにヴィブルの方が優れています。同じ条件で戦えば間違いなく負けます」
玉座の間に詰めていた家臣達がざわめいた。
「ですが」
一際大きくエリオットの声が響くと、そのざわめきも止まった。
「同じ条件で戦う必要はありません。待ち受けるのは、相手に行軍させて消耗を強い、補給線を伸ばすため。そして、地の利を得るためです」
「なるほど。自国の土地ならば、我らに有利という事だな」
「はい」
「だが、それだけで勝てるか?」
カルース王が問うと、エリオットは微笑んだ。
「いいえ、これではまだ足りません。もう一押し必要でしょう。そのために、お願いがあります」
「うむ。申してみるがいい」
「では、エミーヌ将軍が戦列に加わる事をお許しください」
「協力すると思うのか?」
「自国へ帰る事を条件に出せば、存分に腕を振るってくれるでしょう」
「帰してしまうつもりなのか? それでは、メロードとの人質がいなくなる。関係が崩れるのではないか?」
「それは大丈夫でしょう」
エリオットは迷いなく答える。
「何故そう言い切れる?」
しばしの間を置いて、エリオットはカルース王の問いに答えた。
「この条件が遵守された時は、カルースがヴィブルに対して勝利を収めた時です。彼の大国に勝利した国を攻める気概がメロード王にあるとは思えません」
「……お前の人物評は優れている。お前がそう言うのなら、そうなのだろうな。もしやお前は、この時を見越してエミーヌ将軍を虜にしていたのではないか?」
カルース王が訊ねると、エリオットは口元を羽扇で隠して笑った。
「それはどうでしょうね」
その様子を見ると、カルース王は自分の考えが正しい事を悟った。
「わかった。エミーヌ将軍に兵を貸し与える。それで良いのだな?」
「はい。それで良いのです。ありがとうございます」
ヴィブルはそれから二ヶ月後にケレニアを平定した。
それから一ヶ月の猶予を経て、ヴィブルは八万の兵士をカルースへと進軍させた。
その数は、カルースの全兵力約五万を凌ぐ規模である。
ただ、カルース側はそれを黙って見ていたわけではない。
ヴィブルの進行ルートになると思しき村々から人を避難させ、食料を接収。
運び切れなかった分は全て燃やした。
しかし軍事的な行動の一切は取らず、ヴィブルの進行を易々と許した。
そしてヴィブル軍は難なくカルース領土の奥深くまで進軍したのである。
カルース王都へ向かうヴィブル軍は、長蛇の列となって街道を歩んでいた。
その列の半ばには騎馬兵の部隊があり、軍旗がはためいている。
軍列の中にはいくつかの旗が立っているが、その軍旗だけは他よりも装飾が凝っていた。
部隊を率いていた武将は、他の将と比べても華美な装飾を施した鎧に身を包んでいた。
「あれがこの部隊を率いる総大将でしょう」
街道から遠く、部隊を一望できる丘からそれを眺め、エリオットは隣のエミーヌへ告げた。
エミーヌは、返された愛馬の頬を撫でながらそれに応じる。
純白の駿馬である。
もう二度とその背に乗る事は叶わないと思っていたので、この再会は素直に喜ばしい事だった。
「そうか」
「あなたには、これからあの部隊の側面へ突撃をかけてもらいます」
「ああ。そしてそのまま駆け抜けて離脱すればいいんだな?」
「はい。あなたなら容易い事でしょう。あの総大将は生粋の武人。気性は荒く、頭に血が上りやすいそうです。加えて騎馬部隊ですから、必ず追ってくるでしょう。そこを火計にかけ、総大将を討ちます」
今の時期、街道を外れると辺りには人の腰まで届く長さの草が生い茂っていた。
これに分け入り、そこに火をつけられればその結果を想像する事は容易い。
ただし、突撃を仕掛ける人物は実質的な囮であり、敵の只中へ突き進むため、大きな危険が伴う。
高い力量が必要な役である。
その役目を負う人物として、エリオットはエミーヌを推した。
「あなたならできます」
「それは心配していない。その程度なら容易い事だ」
「私もお供しますので」
むしろそちらの方が心配だ。
自分なら絶対に死なない自信があるが、エリオットは気付いたら死んでそうだ。
軍師としてならとても頼もしいが、武将としてなら驚くほど頼もしくない男である。
しかし、彼が大丈夫と言うのなら大丈夫な気もするから不思議だ。
いや、やっぱり心配だ。
それから……。
「……しかし、本当にこんな格好で行くのか?」
今のエミーヌは真っ白な鎧を着ていた。
昼間は日光を浴びて輝き、夜でも目視されやすい。
否応なく目立つ姿だ。
それだけでなく、兜には派手な色の羽根飾りが幾本も刺さっている。
こんな姿の人間が馬に乗って近付けば、すぐに見つかってしまうだろう。
奇襲には向かない格好である。
「はい。今回は『形』を利用したいと思いまして」
「形?」
「ええ」
詳しく答えず、エリオットはふふふと笑うばかりだった。
ただその様子から、何か悪い考えをしているのだとエミーヌは悟った。
しかしそれもいい。
敵であるならこの考えも恐るべき凶兆であろうが、味方としてならばこれ以上ない吉兆となるだろう。
「わかった。では、行こう」
エミーヌは愛馬に跨った。
丘の裏に控えた騎馬部隊を顧みた。
エリオットも馬へ乗ろうとする。
「待て」
そんな彼をエミーヌは制止する。
「何ですか?」
「こっちに乗れ」
エミーヌは愛馬の背を示して言う。
「それは……いいのですか?」
「ああ。私の愛馬は、これくらいでへばりはしない」
何より、自分よりも小さなこの男くらいならば気にも留めないだろう。
「では、お願いします」
エミーヌに引き上げられ、エリオットは馬上に乗る。
「振り落とされないよう、しっかりと鞍を掴んでいてほしい」
「わかりました」
しばし、沈黙が流れ……。
エミーヌは再び口を開いた。
「この戦で功績を立てれば、帰ってもいいという話だ」
「はい」
「……いいのか?」
何故、こんな事を訊ねたのだろう?
口にしてからエミーヌの頭にそんな疑問が過ぎる。
「……ええ。だから、存分に腕を振るわれよ」
そう答えるエリオットの口元は、羽扇で隠されていた。
エミーヌは、長柄の戦斧を強く握った。
「行くぞ! 突撃の際には声を大きく上げろ!」
与えられた三千の騎馬部隊に告げ、エミーヌは丘の上へ登った。
そこから遠くに見えるヴィブル軍へ向けて、馬を走らせた。
狙うのは総大将の騎馬部隊。
丘の斜面を駆け下り、その勢いで突撃をかける。
「我はエミーヌ・キャラダイン! 貴様のその首、貰い受ける!」
「「うおおおおおおっ!」」
エミーヌを戦闘とした騎馬部隊が雄叫びを上げ、総大将の部隊へ向けて走り出した。
「敵襲か!」
総大将が叫ぶ。
同時に、エミーヌが敵兵士へと斧を振るった。
そのまま一人二人と次々に兵を屠りながら、騎馬の足を止めずに敵部隊の奥深くまで入り込む。
「なんという強さだ!」
「一振りで五人死んだぞ!」
「化物だ!」
エミーヌの振るうたびに命を奪う戦斧に、兵士達は恐れおののいた。
その姿は白く輝き、とてもよく目立つ。
嫌でもその活躍は目に入った。
「貴様! 戦場に子供を連れてくるとはふざけた奴め!」
総大将が怒声を上げてエミーヌへ槍を振る。
エミーヌはそれを難なく受け止めた。
馬首にへばりつくエリオットを子供と見たか。
そう思うと、エミーヌはおかしさで笑ってしまう。
「何がおかしい!」
その笑みを侮りと見て、総大将は怒鳴る。
しかし、それも間違いでは無い。
事実、一合の打ち合いを経て、エミーヌは総大将に侮りを抱いていた。
槍を打ち払うと、総大将を無視して馬を走らせる。
突撃を続行し、敵陣を貫通して反対側に抜けた。
兵数に大差はあったが、今まで反攻がなかった事にすっかり油断していたヴィブル軍はすぐに迎撃へ移る事ができなかった。
故に、こちらの被害は少ない。
敵部隊を抜けると、エミーヌは止まらずにまっすぐ駆け抜けた。
生い茂る草原へと入り込み、なおも走り続ける。
「くそっ! このまま逃すものか! 追って殲滅してやる! 騎馬部隊、続け!」
言うが早いか、敵総大将は馬を走らせた。
エミーヌの部隊、その後ろを追いかける。
彼の後を直属二万の騎馬部隊が追う。
草の生い茂る草原へと入り込んだ。
「総大将自ら敵を追うとは……」
その様子を見て、敵軍の武将が苦い顔で呟く。
総大将は猛将と名高く、討たれる事はないだろうと思うが。
自分はどうするべきか。
そう悩んでいる時だった。
「今ですね」
エリオットは十分に敵の誘引が成ったと判断し、そう口にする。
すると、それを聞いたエミーヌは馬の走る速度を緩めた。
後続の騎馬部隊、その最後尾まで移動する。
それと同時に、エリオットは魔法の火球を敵の追撃部隊に向けて次々と放った。
弓形の軌道を描いて追撃部隊の中央へ落とされた火球は、直撃を受けた数人の兵士を焼き、飛び火は瞬く間に草原へ燃え広がった。
一度火の手が上がると、付近に伏兵として隠れていた味方の戦術士も敵の退路を断つ様に次々と火を放った。
敵の部隊は炎に包囲される。
炎に足を焼かれた馬は熱さで暴れ、多くの兵士がそれによって落馬。
炎の中へと身を投じられた。
鉄の鎧が熱され、無数の兵士達が見に纏った鎧に焼かれて悲鳴を上げた。
「何! 火計か!」
敵総大将は思わぬ事に馬の足を止めて驚愕する。
「なんたる事だ。陛下より預かった兵を無意味に失ってしまう事となる……。しかし、だからこそただ逃すは口惜しい」
呟くと、敵総大将は逃げるエミーヌの後姿を睨み据えた。
「俺は連中を追う! 付き従いたい者だけついてこい! 残った者はこの死地より各自脱せよ!」
声高に叫ぶと、総大将は馬を走らせた。
それに呼応して、三千の部下達が総大将の後に続いた。
「追撃してきましたか……」
エリオットは羽扇で口元を隠し、静かに呟く。
その様子を目の当たりにしたエミーヌは、彼が焦っているのではないかと思えた。
彼が羽扇で口元を隠す時は、感情を隠したい時だ。
そして彼女のその考えは合っていた。
今回の火計は、風向きを計算して行なわれた。
エミーヌ達からすれば向かい風となっており、炎が追いつけないようになっている。
逆に、炎から逃げようとすれば炎は容赦なく追い縋るだろう。
つまり、エミーヌ達を追撃する敵総大将は炎から逃れる事ができるという事だ。
この策の一番の目的は、敵総大将を討つ事。
これではそれが叶わない。
だが、手がないわけではない。
勿論、これも想定内だった。
こういう事を見越していたから、エリオットはこの作戦にエミーヌを起用した。
エミーヌが手元にあるからこそ、この作戦を執ったと言ってもいい。
取り残した総大将の首を彼女に討ち取らせる。
それが叶うからだ。
しかし、今の状況でその手は使いたくなかった。
あまりにも敵の追撃部隊の規模が大きかったからだ。
タイミングも悪い。
火計に追われる中、戻るわけにはいかない。
エミーヌに総大将を討たせるにしても、火計を脱した後にするべきだ。
それなら、孤立した総大将を安全に討てる。
草原を抜けた所で、待ち受けるとするか……。
「エリオット殿」
エリオットが考えを巡らせていると、エミーヌが声をかけた。
「何でしょう?」
「これから、あの総大将を討ち取る」
「何ですって?」
エリオットは内心で驚いて聞き返した。
それは願っても無い事だった。
けれど……。
素直に喜ぶ事ができない……。
「本気ですか?」
「ああ。でも大丈夫だ。貴殿は必ず、生きて帰す。信じ欲しい」
そういう事ではないのだと、エリオットは思った。
しかしそれは口にしない。
彼女が言うならば、きっとそれはできる事なのだろう。
何より、彼女を信じたい。
そうも思った。
「……わかりました。あなたを信じます」
「信頼に応えよう。馬の首にしっかりと捕まっておられよ」
エリオットは馬の首を抱くように掴まった。
それを見るや、エミーヌは馬を転進させた。
逆に、追ってくる総大将へ向けて走り出す。
「殿を買って出るか! その粋やよし! 直々に葬ってやろう!」
エミーヌの行動を見た総大将が声を発する。
「ぬかせ! 貴様の腕ではおこがましい事だ!」
エミーヌは叫び返す。
全力で馬を駆けさせた両者が、すれ違った。
総大将が槍を振るい、エミーヌはそれを戦斧で弾いた。
槍を弾かれた総大将は体勢を崩し、その隙を衝いてエミーヌは総大将の首を刎ねた。
あまりにもあっさりとした結末。
しかしエミーヌは驚かなかった。
討ち取る事は容易い。
あの一度の打ち合いで、エミーヌはそれを悟っていた。
まさか、ここまで強いとは……。
エリオットすら、その強さを見誤っていた。
エミーヌは飛んだ首を取ると、鞍へその髪の毛を括りつけた。
総大将の死。
その混乱が、敵の騎馬部隊に伝播するにはしばしの時間を要した。
しかしそのわずかな隙は、騎馬部隊にとっての命取りとなった。
エミーヌは馬の速力を落とさないまま、戦斧を構えて敵の騎馬部隊へ突撃する。
釘のように細く長く、エミーヌ達を追っていた敵部隊の陣形。
それを縦に裂くように、エミーヌは走り抜けた。
さながらその様は、白い稲妻がから竹を割るかのようだった。
その際に奪われた命はどれだけの数になるのだろうか。
敵の部隊を突き抜ける頃には純白の鎧は血に染まり、頭の羽飾りも赤く濡れそぼっていた。
しかしエミーヌはそこで止まらない。
火計の炎が眼前に広がる中、さらに馬の速力を上げさせた。
「どうするつもりですか?」
エリオットが訊ねる。
「このまま炎を突っ切り、敵本隊に再度奇襲を仕掛ける」
「本気ですか?」
「できると思えばこそやるまで」
そう言われると、エリオットは覚悟を決めた。
馬は炎を恐れるものである。
だが彼女の愛馬は何の恐れも抱いた様子がなく、彼女の命じるままに炎の中へ飛び込んだ。
そこには信頼がある。
今まで彼女と共に生きてきたこの馬は、彼女が自分を死地へ赴かせるはずがないと信じていた。
だから、燃え盛る炎の中へ向かうとも恐れていないのだ。
馬は全速力で炎の中を駆け抜けた。
その先に逃げ惑う兵を見つけるとその首を狩り、エミーヌは炎の中を突き進む。
少しの炎を引き摺ったまま、炎を抜けた。
「何だあれは!」
「燃える馬だ!」
「あの中を取って返してきたのか!」
炎から飛び出したエミーヌを見て、敵兵士達が驚愕する。
「見ろ! 奴の鞍にかかる首を!」
「あれは総大将だ!」
「総大将が敗れたというのか!」
ヴィブルの総大将は、統率に優れる人物ではない。
今回総大将に選ばれたのも、その武名を買われての事だ。
しかし、その武力はヴィブルでも一、二を争うと言われ、誰もが一目置く存在である。
だからこそ、彼に率いられる兵士は今回の戦に安心すら覚えていた。
その安心が、脆くも崩れ去った瞬間であった。
総大将の首を見た兵士達が声を上げると、それは瞬く間に広がっていった。
戦慄が兵士達の身を竦み上がらせ、その感情の隙をエミーヌは衝いた。
兵士達を馬蹄にかけ、戦斧の露と化し、エミーヌは敵の軍列を沿うように走り抜ける。
それを戦術士の部隊が狙おうとするが、エミーヌの走る場所はあまりにも軍列に近い。
迎撃しようにも、味方を巻き込む可能性が高かった。
陣を敷いて向かい合う戦いならば魔法は有用なものである。
しかし、敵味方の距離が近ければ無力である。
その間にも、ヴィブル軍に犠牲者が増えていく。
エミーヌが無造作に戦斧を振るうたびに、鮮血と首が飛ぶ。
そして時折大将首を見定めると布へ針を通すかの如く軍列の中へ入り込み、戦斧にて狩り取った。
まさにその姿は、戦鬼と呼ぶに相応しいものだった。
「血の赤備え……たったの一騎……。されど何故かくも此方の命ばかりが散らされるのか……」
武将の一人がエミーヌへの恐れを隠せぬまま呟く。
あれを相手にするべきではない。
ここは撤退するべきだろう。
たったの一騎に散らされ、逃げる事を強いられるとはなんと情けない事だろう。
しかしあれは尋常のものではない。
兵士もすでに心が折れ、戦意を喪失している。
無為に戦ったとして、犠牲が増えるばかりだ。
成すすべなく退く事しかできない自分の無力を悔しく思いこそすれ、その感情さえ無視してしまえば撤退の判断に迷うべき所はない。
「撤退だ!」
その武将が自分の部隊を撤退させると、それに追従して他の武将達も撤退を開始した。
総大将を失い、混乱に満ちた戦場においてその武将が取った判断は正しかった。
彼が撤退しなければ、逃げる機会を逃してさらに犠牲は増えただろうから。
「エミーヌ殿。ヴィブル軍は退き始めました。ここまでです」
「まだ追える」
「いえ、これで十分です」
この戦果はエミーヌの力量もあるが、敵が陣を敷く事もできない状況で、なおかつ奇襲と総大将の喪失によって混乱があったからだ。
深追いすればエミーヌと言えど危険である。
何より、目的は果たした。
それもエリオットの想定していた以上の結果だ。
「ここは退きましょう」
「いいんだな? わかった」
エミーヌは馬首を返し、馬を走らせた。
エリオットは考える。
敵の損害は火計にかけられた騎馬部隊二万。
これは脱出した者も少なくないだろうから、一万強といった所だろう。
あとはエミーヌ単騎に討ち取られた千余名。
大局から見ればそれは大きな数ではないが、その戦果の中には部隊を率いる隊長格の武将も含まれる。
どちらかといえば、雑兵よりも指揮官の喪失の方が、実質的な被害は大きいだろう。
兵士に一万の犠牲が出てもまだ、数ではカルースの方が劣っている。
敵は一度退き、陣を敷いて体勢を整えてから再び進軍を開始するはずだ。
その体勢が整う前に奇襲の波状攻撃を加え、相手を完全な撤退に追い込む。
それが今回の計画だった。
が、この場合はどうだろうか。
指揮官に多大な被害が出ている。
大規模な部隊だ。
司令系統が機能しなければ、軍そのものが十全に機能しない。
大事をとってこのままカルースから退く可能性は考えられた。
もしそうならば、これ以上の追撃は必要ないかもしれないが……。
いや、ここは徹底的に追いすがって叩くべきだろう。
ここで『形』を強固な物にしてしまうのもいいかもしれない。
そう、エミーヌの『形』だ。
あの目立つ格好は彼女が活躍をしたという証を立てるためだ。
エミーヌという存在の強さを強固に、相手の脳裏に焼き付ける事で敵へ恐怖を植え付けるのだ。
エリオットは微笑し、これからの策を頭の中で組み立て始めた。
その後、エミーヌとエリオットは奇襲部隊と合流して撤退した。




