初めての指示(コマンド)
「……ふざけんな。どっちかしか救えねぇなんて、そんな二者択一、俺が選ぶとでも思ってんのか」 朝日は神宮寺の突きつけた絶望の天秤を前に、決してマスタングを下ろさなかった。
「ええ、その通りですわ」 朝日の隣で、雪那が即座に端末を取り出し、高速でホログラムキーボードを叩き始める。 「システム全体を壊さず、アテナの『人格のコア』だけを切り離して朝日のデバイスに移す。……それなら、彼女を救いつつシステムを破壊できますわ」
『……雪那さん。私の人格コアは、マザーの膨大な演算コアと複雑に絡み合っています。物理的なケーブルの再接続と、並行したパージ作業が必要です。……とても、時間がかかります』 明滅するアテナが、苦しげに告げる。
「構いませんわ。くるみ!」 「はいっ!!」 くるみが一歩前に出て、大盾を構える。かつて「味方の射線を塞ぐ邪魔な盾」と罵られた彼女のシールドは、今、仲間を救うための『時間そのものを守る盾』として機能しようとしていた。
「雪那は解析と指示を! 俺が物理ケーブルを繋ぐ!」 「分かりましたわ。……行きますわよ!」
頭脳の雪那、盾のくるみ、そして矛である朝日の、最後の作戦が開始された。
「……ほう。愚かな足掻きを」 玉座の神宮寺は冷たく嗤い、指を鳴らした。 直後、彼の背後に控えていた美しき人型AI――かつて神宮寺の執務室で朝日のデータにアクセスしようとしていた、世界最高峰の演算能力を持つ側近が、無機質な瞳を開いて舞い降りてくる。
「排除します」 人型AIの手から、高出力のレーザーが雨あられと降り注ぐ。
「させませんっ!! 【ドームシールド・過負荷展開】!!」 くるみが盾を天に突き上げ、全エネルギーを注ぎ込んだ分厚いシールドでレーザーの雨を完全に受け止める。凄まじい衝撃にくるみの足が床を滑るが、彼女は歯を食いしばり、一歩も後ろへ下がらなかった。
「朝日、メインコンソールの3番ポートを開けなさい! 赤のケーブルを、あなたのデバイスのサブポートへ直結!」 ドームの中で、雪那は片手で猛烈な速度でハッキングコードを打ち込みながら、もう片方の手で『コキュートス』を構え、迫る人型AIへ牽制の射撃を放つ。 戦術思考、ハッキング、そして狙撃。限界を超えるマルチタスクに、雪那の額から冷や汗が流れる。
「3番ポート……赤のケーブル……ッ!」 朝日は震える手でコンソールを開け、ケーブルを掴んだ。 だが、彼は極度の機械音痴だ。システムのエラー音と火花が散る中、繊細なピンを合わせる作業に、普段の規格外のフィジカルは全く役に立たない。
「くそっ、はまれ……!」 ガチッ。 焦った朝日の手が滑り、間違ったポートにケーブルが触れた瞬間。
『――アァァァァッ!!』 「テナさん!?」 アテナのホログラムが激しくノイズを上げ、彼女が苦痛の悲鳴を上げた。
「違いますわ朝日! それは演算コアの接続部です!!」 「……ッ!!」
朝日の背筋が凍る。自分のミスで、相棒の魂を傷つけてしまった。 時間が削られていく。くるみの盾がメキメキと音を立ててひび割れ、雪那の息も限界に近い。
「……クソッ。俺には無理だ……機械なんて、わかんねぇよ……!」 手が震え、ケーブルを取り落としそうになる朝日。 そんな彼の脳内に、苦痛に耐えながらも、どこまでも優しく、透き通ったアテナの声が響いた。
『……朝日。私は今まで、あなたに「正解」を与えたことがありましたか?』 「え……?」 『答えはあげない。自分の頭で考え、その手で撃ち抜け。……あなたなら、どうしたいの?』
それは、ずっと彼女が朝日に問いかけ続けてきた言葉。 AIに依存せず、自分の足で立つ強さを持ってほしいという、両親から受け継いだ願い。
「俺が、どうしたいか……」 朝日は深く息を吸い込み、己の震えを力でねじ伏せた。直感だけを信じ、再び赤のケーブルを掴み取る。 「俺は、お前と一緒に帰るんだよ!!」
ガキンッ!! 迷いのない手の動きが、ケーブルを正しいポートへと完璧に直結させた。
「接続完了しましたわ!! アテナ、最終フェーズです! マザーのコアから、あなたの人格を切り離します!」 雪那が叫ぶ。
だが、アテナのホログラムは、静かに首を振った。
『……ごめんなさい、雪那さん』 「え……?」 『私の人格コアを完全にパージするには、私自身の【自己を手放す承認コマンド】が必要です。ですが……それをすれば、マザーの演算コアが暴走し、この空間全体が吹き飛びます』
アテナは、最初から知っていたのだ。自分を切り離せば、朝日たちが巻き込まれることを。 だから彼女は、いつものように『朝日のための最適解』を差し出した。
『私のことはいいから。私をマザーのコアごと破壊して、システムを止めて……皆さんを救って、朝日』 消えゆくホログラムの向こうで、アテナが涙を流して微笑む。自己犠牲という名の、最も残酷な最適解。
だが。 「ふざけんな」 朝日は真っ直ぐにアテナの瞳を見つめ返し、静かに、けれど絶対に揺るがない声で言い放った。
「千堂朝日から、アテナへ。……お前に、初めての『指示』を出す」
アテナの瞳が見開かれる。 それはかつて、彼女が初めて朝日にチャンピオンを取れと命じた、あの言葉の完全な反転。
「――俺と一緒に生きろ。それが、俺の答えだ」
暴走なんて俺たちが止める。お前はただ、俺の隣にいろ。 世界を統べる母ではなく、一人の少年の相棒として。
「……ええ。暴走の引き金なら、私が押さえ込みますわ!」 雪那が、キーボードを叩く指をさらに加速させた。接続した今なら、演算コアの暴走シーケンスにロックを掛けられる。
「爆風も、衝撃も……全部、私の盾で受けきります!」 くるみが、ひび割れた大盾を両腕で抱え込むように構え直す。
その泥臭く、非合理で、真っ直ぐな主人の命令と、二人の仲間の覚悟に。 アテナは、システム音声ではない――通信越しでもない、鼓膜を直接震わせるような『一人の女の子』の肉声で応えた。
「……はい、マスター」
シュゥゥゥンッ……!! アテナの承認と共に、空間に強烈な光の粒子が巻き起こる。 マザーコンピューターの巨大な筐体から、光の束となって切り離された『アテナの人格コア』が、朝日の耳元にある旧式のデバイスへと吸い込まれていく。
直後、マザーの演算コアが悲鳴のような警告音を上げ、赤い光を暴走させ始めた。 「――ロック、掛けましたわ!! 暴走シーケンス、押さえ込み完了!!」 雪那の叫びと同時、くるみの盾が、噴き上がった余波の衝撃波を真正面から受け止める。 閃光と轟音が収まったとき、空間は――吹き飛んではいなかった。
『……転送、完了しました。朝日』 耳元のデバイスから、聞き慣れた、温かい相棒の声が響いた。
「……おう。おかえり、テナさん」 朝日はデバイスに軽く触れ、ニッと笑った。
だが、安堵の瞬間は一瞬で打ち砕かれた。 アテナの人格を失い、純粋な『演算コア』だけが残された巨大なマザーコンピューターが、不気味な紫色の光を放ち始めたのだ。
「……暴走を押さえ込むとは、見事な手際だ。感動したよ、千堂くん。だが、愚かだね」
玉座から神宮寺が立ち上がる。 「君のデバイスに移ったのは、ただの人格データだ。彼女が持っていた【膨大な演算能力】はすべて、こちらのマザー側に置いてきてもらった」
神宮寺の言葉の意味を理解し、雪那が顔を青ざめさせる。
「……つまり、今のテナさんは……ただの『普通の相棒AI』になってしまったということ……?」 雪那の呟きに、神宮寺は残酷に頷いた。
「そして私は、ノイズ(人格)が消え去った、純粋で完璧な【完全体のマザー】を手にした」
神宮寺の背後で、メインサーバー全体が地鳴りを立てて起動し、空間そのものが異形の要塞へと変貌していく。
「さあ……。すべてを失い、チート級の演算能力も失った君たちに、私の完全なるマザーを打ち破れるかな?」
最大の武器であったアテナの演算能力を失い、かつてないハンデを背負ったチーム・アテナ。 絶望的な状況下で、神宮寺との本当の最終決戦が今、幕を開ける。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
第66話、ついにアテナの愛のコア抽出作戦が成功しました!
第3話の「アテナからの初めての指示」と対になる、朝日からの「初めての指示(一緒に生きろ)」。二人の絆の集大成、いかがだったでしょうか。
しかし、代償としてアテナの演算能力はマザー側に残り、神宮司は完全体となって立ちはだかります。
チートAIの補助を失った朝日は、どうやってこの絶望を打ち破るのか!?
「初めての指示エモすぎる!」「ここからどうやって勝つんだ!?」とハラハラしていただけましたら、
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次回、ついに神宮司との決着! 最終決戦(後編)をお楽しみに!




