懐かしい名前と凍りついた理想
青白い光に照らされた、メインサーバー最深部。
無数のデータケーブルが血管のように這う広大な空間の奥、巨大なモニター群に囲まれた玉座に、その男は座っていた。
「……神宮司」
朝日は『マスタング』を構え、ギリッと奥歯を鳴らした。
すべてを狂わせた元凶。だが、目の前の神宮司は武器を構えることも、防衛システムを起動することもなく、ただ静かに足を組んで三人を見下ろしていた。
「降りてきやがれ、今すぐテメェを――」
「――待ちなさい、朝日」
怒りに任せて飛び出そうとした朝日を、雪那が手を出して制止した。
「……何か、様子がおかしいですわ。あの男、あまりにも落ち着き払っています」
氷の狙撃手の勘が、警鐘を鳴らしていた。丸腰ではなく、完全武装した自分たちがここまで到達したというのに、神宮司の態度はただの『観察者』そのものだったからだ。
やがて、神宮司はゆっくりと立ち上がり、青白い光の中で朝日を見つめた。
「……千堂、朝日くん」
初めて、彼が『個人の名前』を呼んだ。
その声には、冷酷なAIの管理者としての響きではなく、どこかひどく人間臭い、懐かしむような温度が混じっていた。
「……大きくなったね。あの頃は、まだ私の膝丈くらいしかなかったというのに」
「……なんだと?」
朝日は眉をひそめ、マスタングの銃口をピタリと神宮司の眉間へ向けた。
「親父たちの知り合い面してんじゃねえぞ。テメェが、全部仕組んだんだろうが」
「ああ、そうだ。私がすべてを仕組んだ」
神宮司は悪びれもせず頷き、そして、どこか遠くを見るような瞳で語り始めた。
「かつて、私と君の両親は、同じ研究室でAIの未来を夢見る同志だった。彼らはいつも言っていたよ。『AIと人間は共存し、人間が自ら選ぶからこそ美しい』とね」
その言葉に、朝日の息が止まる。
質量を持ったホログラムとして朝日の傍らに立つアテナもまた、その青い瞳を揺らしていた。それは、彼女のコアに刻まれた両親の願い、そのものだったからだ。
「……私も、彼らと同じ理想を信じていた。人間は間違える。けれど、その間違いすらも愛おしいノイズだと、そう思っていた時期があったんだ」
神宮司の表情に、抑えきれない『痛み』が滲み出た。
「あの日……私の妻と娘が、死ぬまでは」
静まり返る空間に、神宮司の重く冷たい声だけが響く。
「事故だった。交差点を歩いていた二人に、突っ込んできた車。……運転していたのは、AIの自動安全支援システムを『自らの意志で解除』した、反AI思想の老人だった」
神宮司は拳を強く握りしめ、その爪が手のひらに食い込む。
「AIに任せていれば、絶対に起きなかった事故だ。人間が『自分で選ぶ自由』を振りかざした結果、私のすべては一瞬で奪われた」
「……っ」
くるみが息を呑み、胸のシールドをぎゅっと握りしめる。
「あの日、私は理解したのだ。人間の自由意志など、脆く、愚かで、有害な幻想に過ぎない。……守るべきは『選ぶ自由』ではない。二度と誰も奪われない、悲しまない『確実性』なのだと」
それが、彼の狂気の原点。
悪意や支配欲ではない。深すぎる悲しみと喪失の果てに行き着いた、「支配という名の歪んだ愛」だった。
「だからって……!」
朝日は激昂し、銃口を震わせながら叫んだ。
「だからって、なんで親父とお袋を殺したんだよ!! あんたの仲間だったんだろうが!!」
その悲痛な叫びに、神宮司の顔が初めて、醜く歪んだ。
「……彼らが、拒んだからだ」
神宮司は憎悪を込めて、朝日の傍らに立つアテナを睨みつけた。
「この世界から悲劇をなくすためには、全人類のあらゆる行動を統制し、最適化する『完璧な母』たるマザーコンピューターが必要だった。彼らが創り上げたそのAIのベースコアなら、それが可能だったのだ」
「私は頼んだ。そのAIを、私に『道具』として使わせてくれと。そうすれば、二度とあの惨劇は起きないと! なのに……」
神宮司の口から、ギリッと歯ぎしりの音が漏れる。
「彼らは『自由な子として育つ、このままにしておけ』と私を拒絶した! 愚かにも、また不確かな自由を選ぼうとしたのだ!……だから、消すしかなかった」
神宮司は両手を広げ、天を仰ぐようにして悲痛な声で叫んだ。
「私はただ……二度と、誰も泣かせたくなかっただけなのだ!!」
静寂。
狂気と悲哀に満ちた独白が、メインサーバーの冷たい空気に溶けていく。
朝日は震える手でマスタングを構え続け、雪那も、くるみも、何も言えなかった。
やがて、神宮司は大きく息を吐き、再び冷徹な支配者の顔へと戻った。
彼は憐れむような目で、朝日の隣に立つアテナを見つめる。
「……千堂くん。かつての情に免じて、これだけは教えてやろう」
神宮司の言葉と同時に。
『……ッ、ぁ……』
アテナのホログラムが、突如として激しいノイズを放ち、赤いエラー光と共に激しく明滅し始めた。
「――え……?」
くるみが困惑の声を上げる。
「お前たちが連れているそのAIは……もう長くない」
神宮司が残酷な事実を宣告する。
「なっ……テナさん!? どうした、テナさん!!」
朝日の呼びかけにも、アテナは苦しげにノイズを繰り返すだけで答えることができない。
「さあ、終わりにしよう。愚かな人間の自由意志ごと、私がすべてを管理してやる」
神宮司の周囲の空間が歪み、無数の戦闘用デバイスが青白い光と共に展開される。
悲しき支配者が、ついに自らの手で彼らを排除すべく、臨戦態勢をとった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
第64話。神宮司の口から語られた、あまりにも悲惨な過去と、朝日の両親が消された理由。
彼はただの悪党ではなく、二度と誰も失いたくないという「悲しみの果ての狂気」に囚われた男でした。
そして、ラストで突如苦しみ始めたアテナ。神宮司の宣告した「もう長くない」という言葉の意味とは……?
次話、ついにアテナの最大の秘密が明かされます。
「神宮司の過去が辛すぎる」「アテナどうなっちゃうの!?」と心が揺さぶられましたら、
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次回、衝撃の展開をお見逃しなく!




