最終防衛層と3人だけの弱点
【――警告:これより先、最終防衛層】
血のような赤色で刻まれたホログラムの警告。
重厚な黒鉄の扉が重々しい音を立てて開いた先には、先ほどまでの回廊とは一変した、不気味な空間が広がっていた。
無機質な灰色の壁面に囲まれた、どこまでも続く一本道。
警備ドローンの駆動音も、サイバーハウンドの遠吠えも聞こえない。鼓膜が痛くなるほどの、異質で完璧な『静寂』だけがそこにあった。
「……おかしいですわ。敵の気配が、なさすぎます」
雪那が『コキュートス』を構えながら、油断なく周囲を警戒する。
『ええ。私のスキャンにも物理的な兵器の反応はゼロです。ですが……この先の防衛システムは、これまでとは質的に異なります。気をつけて』
アテナの静かな警告がインカムに響いた、その直後だった。
ガコンッ!!
突如、三人の足元のパネルが強烈な光を放ち、天井から分厚い隔壁が一気に落下してきた。
「なっ……!?」
「朝日さんっ!」
咄嗟に手を伸ばすも間に合わない。
一本の通路は、一瞬にして三つの完全に独立した『密室』へと分断されてしまった。
「雪那! くるみ!! クソッ、通信も遮断されてやがる……!」
朝日は壁を叩くが、分厚い隔壁はビクともしない。
『――対象の個別隔離を完了。これより、パーソナル・パージ(精神的弱点の排除)を開始します』
システム音声と共に、三人が閉じ込められたそれぞれの部屋で、神宮司の悪意に満ちた『知性型トラップ』が静かに起動した。
***
「……悪趣味なトラップですわね」
雪那の閉じ込められた部屋。ふと、空間にノイズが走り、見覚えのある複数のホログラムが浮かび上がった。
『お前のせいで、俺たちはプロリーグから落ちたんだぞ!』
『血も涙もない機械女! お前なんて、誰からも必要とされてないんだよ!』
それは、かつて雪那が「効率が悪い」と切り捨てた、元チームメイトたちのデータだった。雪那の心の奥底に眠る『孤独への恐怖』を抉る、悪意の精神攻撃。
雪那の美しい顔が、微かに歪む。
『お前はどうせ、今のチームもいつか切り捨てるんだろ? お前はそういう奴――』
「――ええ、そうかもしれませんわね」
雪那は冷たく言い放ち、一切の躊躇なく『グングニル』を構えた。
「私は血も涙もない、傲慢な狙撃手ですわ。……でも、今の私には、そんな私を『最高の相棒』だと笑ってくれるバカな前衛と、優しい盾がいますの」
ズガァァァンッ!!
放たれた極太の閃光が、元チームメイトの幻影ごと、部屋のホログラム投影機を完全に粉砕した。
「過去のデータで私の心を折れると思ったのなら……舐めすぎですわよ、神宮司」
氷の狙撃手の瞳に、もはや一切の迷いはなかった。
***
「あ、うぅ……っ!!」
くるみの部屋には、四方八方の壁から無数のレーザー砲台が出現し、彼女に向かって絶え間ない猛烈な連射を浴びせ続けていた。
「【ドームシールド】……出力最大っ!」
青い光の盾を展開して耐え凌ぐくるみ。しかし、この部屋のレーザーは殺傷力こそ低いものの、シールドの『エネルギー』を異常な速度で削り取る特殊な仕様になっていた。
『シールド残量、30%……20%……』
このままでは、盾が割れる。
『お前が戦犯だ』『臆病な盾のせいで負けた』『前に出ないなら消えろ』
かつて彼女を壊した、心無いバッシングの声がフラッシュバックする。盾が割れれば、また私は『守れない役立たず』になってしまう――。
「ちがうっ……!!」
くるみは涙を浮かべながら、ギリッと奥歯を噛み締め、大盾のデバイスを強く、強く握り直した。
「私はもう、逃げない……! 朝日さんと雪那さんの盾は、絶対に、絶対に私なんだからぁぁっ!!」
『シールド残量、ゼロ。――強制リブート』
盾の限界を超えたその瞬間。システムがダウンするのではなく、くるみの気迫に呼応するようにデバイスが眩い光を放ち、部屋のレーザー砲台を衝撃波で一斉にショートさせた。
煙を上げる砲台の中で、くるみは荒い息を吐きながら、しっかりと両足で立ち続けていた。
***
そして、朝日の部屋。
バチィィッ!
強烈なEMP(電磁パルス)の閃光が弾け、朝日のインカムからアテナの声がプツリと途絶えた。
『――電磁フィールド展開。サポートAIとのリンクを完全遮断。標的の出現速度を、人間の動体視力を凌駕するAI対応速度(マッハ2.0)に設定』
部屋の空間に、肉眼では捉えきれないほどの超高速で移動する無数の的が出現する。
「AIの補助なしでは絶対に撃ち落とせない的」。それが、システムが朝日に突きつけた絶望だった。
だが。
「……ハッ」
一人残された朝日は、焦るどころか、獰猛に口角を吊り上げた。
「俺が、AIの補助がないと弾を当てられない軟弱者に見えたか?」
朝日はゆっくりと目を閉じた。
頼るのは視覚でも、AIの予測演算でもない。
血反吐を吐くまで振り抜いてきた、自身の『泥臭い直感』と『筋肉の記憶』。
「そこだ」
ズガァンッ!! ズガァンッ!!
目をつむったまま放たれた『マスタング』の二連撃。
アナログの鉄と火薬が放った鉛玉は、超高速で移動する的のど真ん中を、コンマ1秒の狂いもなく完全に撃ち抜いていた。
『――ターゲット沈黙。防衛システム、機能停止』
***
ガゴォンッ……。
三つの密室を隔てていた壁が上がり、再び一本の回廊が姿を現す。
「朝日! くるみ!」
「雪那さん! よかった、無事だったんですね!」
互いの無事を確認し、駆け寄る三人。それぞれが自らの弱さと向き合い、それを完全に叩き伏せてきた彼らの顔には、晴れやかな自信が満ちていた。
「へへっ、どんなトラップかと思えば、大したことなかったな。……なぁ、テナさん?」
朝日は復旧したインカムを軽く叩いた。
『……ええ。お見事でした、朝日、皆さん……』
アテナの声が響く。だが、その音声には微かな、ジリジリという不自然な『ノイズ』が混じっていた。
「テナさん? どうした、さっきのEMPの影響か?」
『……ごめんなさい。少し、演算にノイズが……』
アテナのホログラムが一瞬だけ不安定に明滅する。
『メインサーバーの最深部に近づくにつれて……私のシステムが、この空間の何かに強く【共鳴】しているようです……』
「共鳴……?」
雪那がいぶかしげに眉をひそめた、その時だった。
彼らの目の前、一本道の突き当りにある『巨大な扉』が、音もなく独りでに開いた。
扉の向こうから溢れ出す、冷たくも神々しい青白い光。
そして、これまでの防衛機構とは比較にならない、空間そのものを押し潰すような圧倒的な『気配』。
光の奥、無数のサーバー群に囲まれた玉座のような椅子に、一つのシルエットが浮かび上がる。
『――ようこそ、私のホームへ』
ノイズを通さない、生身の肉声。
振り返ったその男の顔には、すべてを計算し尽くしたような、冷酷で底知れない笑みが浮かんでいた。
神宮司。
すべてのデスゲームを仕組んだ黒幕との、初の直接対面。
チーム・アテナの最後の戦いが、ついにその幕を開けた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
第63話、いかがだったでしょうか。
分断された3人が、それぞれ己のトラウマや過去、そして強みと向き合う熱い展開! AIの計算をことごとく粉砕する3人の絆と成長の集大成でした。
そして、メインサーバーに近づくにつれて発生したアテナの「共鳴」。
ついに姿を現した黒幕・神宮司。
次話から、物語は最大のクライマックスへと突入していきます!
「3人の成長に感動した!」「いよいよ神宮司戦、どうなるの!?」と少しでも心が熱くなっていただけましたら、
ぜひページ下部の【☆】を【★】に変えて、応援していただけると最大のエネルギーになります!
絶対に見逃せない最終局面、次回もお楽しみに!




